盗まれた村の宝
カライルに到着すると、住民はひどく慌てた様子だった。
よそ者が来たことに警戒は見せたけれど、一応見知ったグレイがいるおかげか無理に追い出そうとはしないようだ。
というか、そんなことにかまけていられないほど何か大きな問題があったのだろう。村人同士で集まってああでもないこうでもないと話合っていた。
ユニがターロイの陰に隠れているのも気付かないようだった。少女の格好をしているせいもあるかもしれないが。
「何がありました?」
その集団に、グレイが自分から近付いて行って声を掛けた。
白いひげをたくわえた村長らしき人物がちらりとグレイを見る。周囲の村人も、同様に彼を見た。
「……村長、外のことは俺たちにはわからん。この人に訊いてみたらどうだ」
村人の一人が老人を促す。それに眉を顰め、しばし逡巡を見せたが、村長は結局グレイに向き直った。
「グレイさん、ちょっと訊きたいことがある。……さっき、一人の女がここを訪れたのだが」
「ルアーナのことですか?」
「あ、あの女を知っているのか!?」
ルアーナの名前を出した途端、村人たちが色めき立つ。やはり彼女はここで何かをしていたようだ。
「まあ、我々の間ではちょっとした有名人ですからね。私は直接会ったことはないのですが、先日モネに現れたという話を聞いていましたので。……彼女が、ここで何を?」
「我々を変な術で誑かして、村の宝を盗んでいったのだ!」
「ほう……村の宝とは?」
「そ、それは……」
グレイに訊ねられて、彼らは顔を見合わせて口ごもる。秘密を明かすのを躊躇っているようだ。当然か、長年口外せずに隠してきたものなのだから。
それを強引に聞き出そうとするのは逆効果。グレイは無理に突っ込まずに一度さらりと流した。
「その宝を持って、彼女はどこに?」
「村の裏門から出て、呪いの森に入っていった。……我々もそれを追ったのだが、途中で忽然と消えてしまったのだ」
ルアーナが呪いの森で消えた、ということは、その森に彼女の転移方陣があるということだろうか? 何故村ではなく、そんなところに?
ラウルも通っていたようだし、その森には何か秘密があるのかもしれない。
「……呪いの森、ねえ……。そこは何かいわくのある場所なのですか?」
初聞きを装ったグレイに、村長は躊躇いがちに小さく唸った。
「ううむ……我々もほとんど足を踏み入れない場所だからよく分からぬ。しかし、昔からあの森に入ると神隠しに遭うとは言われている。実際、森に入って行方不明になった者が何人かいたが……」
「ではルアーナも同じように神隠しに遭ったという可能性もありますね」
「それは困るのだ……! 村の宝が……」
困ると言われてもこちらはどうしようもないし、どうにかする義理もない。
けれど、グレイは躊躇いなく勝手に彼らの問題を請け合った。
「よろしかったら、我々が森を調査してみましょうか? ルアーナを見付けて宝を取り戻したら、きちんとこちらにお返しします」
「ほ、本当か!? それは願ってもない!」
「その代わり、先にあの外れにある家を調べさせて頂きたい。実は私、ラウルという男の行方を捜しておりまして」
「え……!?」
ラウルの名前を出すと、彼らは見るからに動揺した。
何かを知っているのだろうか。ラウルの失踪した理由とか、彼の研究についてとか。
「あの家を……? あんた、ラウルさんと知り合いだったのか……」
「彼とは以前親交がありましてね。あなた方も、ラウルが貴族の子息だということは知っているでしょう? その親御さんから、彼を捜すように頼まれたのです。ここからどこに移動したのか、手掛かりが欲しいだけなのですが……、何か問題ありますか?」
グレイはいけしゃあしゃあと嘘を吐く。
まあ、この村の人間に彼の話が本当かどうかなんて分かりはしないだろうけれど。
ラウルが神隠しに遭ったのでは、と話を振らないところも作為的だ。……おそらくグレイは彼らの反応から、ラウルの失踪に村が関わっていると考えているに違いない。
「こんなへんぴな村に何しに来ているのかと思ったら、あんたはラウルさんを捜していたわけか……」
グレイの嘘を真に受けた村長たちは、数人でこそこそと何かを囁き合った。
それから周囲の者に目配せをして、再びグレイに向き直る。
「……良かろう、あの家へ入るのを許可しよう。それが終わったら、森の調査をしてくれ。そして、なんとしてもルアーナから村の宝を取り返してくれ!」
「分かりました」
取り引きは成立したようだ。
グレイが村長に一礼してこちらに戻ってきた。
「……相変わらず、息を吐くように嘘を吐くな」
ターロイが呆れたように言うと、グレイはにこりと笑う。
「嘘も方便、ですよ。おかげでユニを彼らの前に出す必要が無くなって良かったでしょう」
「それは確かに……」
ユニはまだ黙ったままターロイの陰に隠れて息を殺していた。
村人たちはまた集まって話し始め、もうこちらを見ていないけれど、それでも彼らを恐れるようにぎゅっと身体を強張らせている。
……村にいた頃は無視されていただけじゃなく、もっと酷い嫌がらせもされていたのかもしれない。
ターロイはさりげなくマントを開いて、その中にユニを隠してやった。
「とりあえずユニのいた家に行こう。あの少し外れたところに立つ石造りの家だな?」
マントに入り、ターロイの庇護下に収まったユニは少しほっとしたようにこちらを見上げると、小さく頷く。
そんな二人の後ろにいたスバルに、グレイが近付いた。
「……スバル、さっき彼らが囁き合ってた話、聞こえました?」
小さくこそりと訊ねる。
「もちろんです、しっかり聞こえてたですよ。あいつらは『あのことを探りに来たわけではないようだ』『どうせ彼らにはあそこは開けられない』『宝さえ取り戻せば問題ない』と言ってたです」
「……ふむ。村の宝と関連した秘密がまだあるのでしょうか。まあ、どうせそれを彼らの口から聞くのは難しい。まずはラウルの残した研究資料を探しに行きましょう。何か手掛かりが見えるかもしれない」
スバルから村長たちの内緒話の詳細を受け取って、グレイはすぐに切り替えた。今はまだ、バラバラの情報が点在している状態だ。それが線になるまでは、もう少し情報の数を増やさなければならない。
四人は村人たちに背を向けて、ラウルとユニが暮らしていた家へと向かった。




