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カライル村へ

 以前ユニが住んでいた村は、カライルという。

 住人の仕事は農業と畜産が中心で、こじんまりとした村だ。


 ご多分に漏れず保守的な村では、異質な者やよそ者を敵視する住人が多く、進んで新しい情報を受け取ることもない。

 村の外との接点が唯一行商人による作物の買い付けだけという村人は、国王の戴冠すら知らなかったらしい。


 モネが潰されてしまってからは収穫物などの取引も半減している。その理由も分からず、収入の減った住民の心は以前にも増して余裕がなく、攻撃的になっているという。


「そんなところにユニを連れて行って大丈夫かな……」


 グレイから村の現状を聞いたターロイは顔を顰めた。

 モネでのイリウの手伝いも一段落して、拠点にグレイを連れてきたはいいけれど。


「彼女が了承してくれたのだからいいでしょう。スバルも同行すると言ってますし、最悪私が村人全員麻痺毒で黙らせますから」


「後々問題になるからそういうのはやめろ。ていうか、ユニのことどうやって説得したんだ? 行きたくないって言ってたのに」


「あなたの役に立てるかもって言ったら、二つ返事でしたよ。ふふ、好かれてますねえ」


「俺をダシに使ったのかよ!?」


 呆れた声を上げたターロイに、グレイはにこりと笑った。


「もちろん、ちゃんと色々説明はしました。それが決定打になったというだけの話です。……それに、あなたの役に立つというのも、適当に言ったわけじゃないんです」


「……何?」


「約束はできませんが、上手くいけば、ユニの歌える『魔歌』が増えるかもしれません」


「『魔歌』が? カライルにあるっていうのか?」


「そのあたりは、行ってから説明します。あまり時間がありませんからね」


 確かに、安穏としている時間はなかった。


 実は先日イリウとモネに行ったら、地下にいた守護者が死んでいたのだ。……正確には灰になっていた。

 もちろん、それ自体は歓迎すべきこと。

 しかしそれが誰の仕業かを考えると、とても心穏やかにはいられなかった。


 間違いなくルアーナがモネに来たのだ。目的は分からないが、彼女がすでに動いている。

 それだけでも脅威なのに、さらに彼女は封鎖されていたはずの街の入り口を無視して、易々と侵入しそれを成し遂げていった。


 グランルークに従っていたルアーナだ。おそらく、前時代に各街に転移方陣を設置していたに違いない。それは恐ろしい事実だった。

 つまり、いつどこで彼女が何かを起こしても不思議はないのだ。


「……仕方ない、ユニには我慢してもらって、できるだけ早く村での謎解きを終わらせて来よう」


「いい心掛けです。あ、ターロイ、拠点にテレポートポインターを刺して行きなさい。カライルに転移方陣を置くつもりはないでしょう? あれがあれば用事を終えたらすぐに帰って来れますからね」


「そうだな。何かあったらユニだけ先に返すこともできるし」


 そろそろユニとスバルも旅支度を済ませて来るころだろう。

 ターロイは鞄からテレポートポインターを取り出すと、彼女たちが来る前に転移方陣の脇にそれを刺した。




 今回のカライル行きの同行者はグレイとスバル、そしてユニ。

 村の謎解きが目的だから、それほど危険なことはないだろう。

 四人はモネまで転移すると、そこから村へと向かった。


 道中はまるで平和なものだ。けれど、ユニがずっと浮かない表情をしているのが気掛かりだった。


「……ユニ、村には誰か一人くらい仲のいい人間はいなかったのか?」


「うん……、村の人は顔を合わせても話をしてくれなくて。以前は世話をしてくれた人がいたんだけど」


「その人は今は?」


「……わかんない。ある日突然いなくなっちゃったの」


 そう言ったユニはへにゃんと眉尻を下げた。

 村人が話をしてくれないのでは、その理由を聞くこともできなかったのだろう。それからは一人で作物を育てて生計を立てていたのか。


「……ユニを世話していた人間ですが、私に心当たりがあります。あんなところで行方不明になっているとは思いませんでしたけど」


「へ? グレイに心当たりがあるってことは教団の人間?」


 ユニの話にグレイが思わぬ言葉を乗せてきて、ターロイは目を丸くした。

 でも考えてみれば不思議な話ではない。教団はカライルが謎のある村だと認識して、滅ぼさずに残していたはず。だとすれば調査に誰かを送り込んでいてもおかしくない。


「ええ。おそらくユニを養っていたのは教団の研究機関の人間です。名前はラウル」


「そう、ラウル! グレイさんの知り合いだったの?」


 自分を養ってくれていた人間を知るグレイに、ユニは少しテンションが上がったようだった。


「ラウルは私と少し似た人種でしてね。決して仲が良かったわけではありませんが、優秀な男だったので意見交換などをすることがあったんですよ。金や名声よりも研究第一の男です。……ずっとエルフ関連の研究をメインにしていました」


「エルフ関連の……。ということは、ユニが住んでたって家には、そのラウルって奴の研究に関する文献なんかが残ってるわけか。エルフ語の本があったのも納得だ」


「彼は確かどこかの有力貴族の四男でしてね、家にも教団にも大して縛られることなく、自由に動き回っていた。しかしそのうちぱったりと見かけなくなったんです。それまでは研究成果をまとめに月一くらいで教団に戻っていたんですけど、カライルを拠点にしていたんですね」


「……そいつがカライルを拠点にしたのって、ユニを見付けたからかな」


「おそらく。彼はよそ者とはいえ、教団員ですし素性もしっかりしている。ユニと違って村でもそう邪険にはされていなかったでしょうし、カライルに拠点を構えてもそれほど問題なかったんでしょうね」


「そいつは問題なかっただろうけど、ユニが村で無視されてんのに……。何でユニと住むならモネかインザークにしなかったんだろ」


 ターロイが少し苛立ったように言うと、グレイは一つ頷いた。


「それも謎の一つです。モネやインザークの方が交通の便もいいし、教会もある。物資の調達も早い。貴族の息子である彼なら、わざわざカライルで農業で生計を立てる必要もなかったはずです。それなのにわざわざ村を拠点にした。……つまりラウルはあの村にいる必要があった。カライルの場所に何かがあるのです」


「カライルの場所に何か……? ユニ、村に何か変わったものあるか?」


「……あの村に?」


 問い掛けると、ユニは小さく首を傾げる。ぱっと思いつくような特殊な場所はないのかもしれない。

 横からグレイも重ねて訊ねた。


「もしくは、ラウルがよく行っていた場所はありませんか?」


「えっと……それなら、村の奥にある森の中、かも。呪いの森っていうらしくて、村の人も入らないとこ。以前ラウルはそこの話をよくしてたの」


「呪いの森ですか?」


「うん、何か、人みたいな形をした木がいっぱいあるんだって」


「ほう、それは是非行ってみたい」


 何度も村を訪れているはずのグレイも初耳らしい。それだけ村の人間はよそ者を信用せず排他的だということだろう。




「……そろそろ村は近いですか?」


 不意に、ずっと黙っていたスバルが口を開いた。

 さっきからすんすんと周囲の匂いを嗅いでいる。


「ええ、もうすぐですよ。人間の匂いがしてきませんか?」


 答えたグレイに、スバルは首を振る。


「それよりも強い匂いがするのです。……この匂いは……ターロイ、ルアーナというエロい女の香りがしてるです」


「ルアーナの!? あいつが近くにいるのか?」


 出てきた名前に驚いて問い掛けた。

 それにスバルが再び鼻をくんくんする。


「すぐ近くではないです。少し離れた風上から流れてきているですよ。……ん? 待って、匂いが消えた?」


「消えた? ……ってことは、転移方陣で移動したのかもな。遭遇しないならそれに越したことはない」


 こんな辺境の村の近くに何の用事があるのか分からないが、とりあえずはルアーナと鉢合わせなかったことに安堵する。

 もう教団とは接触したのか、何の目的で動いているのかは気に掛かるけれど、できればもう少しこちらの準備が整ってから相対したい。


「ここまで香るくらい強い匂いということは、村でルアーナが魅了の毒を撒いた可能性がありますね。……余計なことをしないでいてくれればいいですが」


「村人を恭順させて何をするっていうんだ?」


「村には謎があると言ったでしょう。……カライルの住民は、よそ者には絶対明かさない秘密を抱えているようなのです。それを吐かせた可能性がある」


 グレイはそう言って考え込むように黙った後、すぐに気を取り直したように前を向いた。


「ま、考えるより確認した方が早いですね。この林を抜けて開けたところにカライルの村がある。急ぎましょう」


 確かにその通り。彼らしい切り替えの早さだ。

 村の謎とやらがどんなものかは分からないけれど、ここで考えていたってどうせ答えは出ない。


 それがユニ……延いてはエルフ族に関係する事柄ならば、それを解明した上で、彼女の封呪輪も解いてやろうじゃないか。

 ターロイもそう考えて、グレイの後に続いた。


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