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二人の過去 2

 カムイが、自分は死ぬべき人間だと言ったという。


 それは再びウェルラントの手を煩わせることへの罪悪感からきた科白なのだろうか? それにしては少し言葉が強すぎる気がする。


 ターロイが黙って視線で続きを促すと、ウェルラントは僅かに逡巡してから軽く話を仕切り直した。


「……あの日、孤児院とは名ばかりの実験施設では、それまでに見付かっていた前時代の遺物や薬品を使った大々的な生体実験が行われていた。お前がガイナードの核を埋め込まれたのもその時だな。……神の託宣があったからついでにその実験をしたのか、それとも実験の痕跡を消すために託宣を出したのかは分からないが」


「……そういえば、あの日は夕暮れを過ぎた頃から教団の人間がたくさん孤児院に来ていたっけ。カムイはすぐに一人だけ別室に連れて行かれた。俺たちは三部屋くらいに分けられて……」


 そこまで言って、胸くそが悪くなって止めた。

 その部屋にいたターロイ以外の子供は全て死んだ。教団員は自分が全て殺した。あの光景を思い出すだけで、未だに発作を起こしそうなほど血が煮えてくる。


「あの日のカムイも、コネクターゆえの特殊実験をされていた」


「……ルークとの適合実験?」


「違う。正直、あの男はどうしてカムイの中にいるのか分からん。もちろん実験中に入ってきたらしいが、何かの手違いか、偶然か、とにかくいつの間にか居たらしい」


 ……そんなことあるのだろうか。いや、まあ、そう言うのだから実際あったのだろうけれど、粗忽過ぎやしないか。


「じゃあ、カムイがされていた特殊実験って?」


 改めてウェルラントに訊ねると、彼は言いづらそうに視線をしばらく泳がせて、それから小さく唸って眉根を寄せた。


「……前時代に研究されていた実験だ。詳細は控えさせてくれ。少し……いや、かなり、ナーバスな内容でな。……何にせよ、その実験を受けたカムイは、自分が生きていると大変なことになると……自分はここで死ぬべきだと言ったんだ」


「つまりカムイは実験で何かとても危険なものを身体に仕込まれたってことか」


 端的にまとめると、ウェルラントは頷いた。


「そうだ。……あいつが教団に渡ったら恐ろしいことになる。だからカムイは私に迷惑を掛けないためにも、教団に利用されないためにも、ここで死ぬと言い張った。……しかし、私はあいつを置いていくことができなかった」


 危地に子供を置いて逃げるなんて、確かに彼にはできないだろう。それが、自身が可愛がっていた子供なら尚更だ。

 意図的ではないとはいえ、自分がカムイをその状況に送り込んだのだし、救い出したいと思うのは当然といえる。


「そういや、ウェルラントは突入の時に教団の人間を蹴散らしてただろ? 姿を見られたのに、よくその後に守護者をけしかけられることなく、無事にカムイを助け出せたよな」


「……いや、そこに留まろうとするカムイを連れて行こうと焦っていたところに、守護者が現れて戦う羽目になった」


「え!? 守護者と対峙したのか!? よく無事だったな……」


 ウェルラントが強いとはいえ、相手は不死、そしてサーヴァレット持ちだったはずだ。あのグレイですら接触を避けて逃げの一択だったというのに、戦って逃げ果せたとは。


 感心したように言うと、彼は肩を竦めて大きくため息を吐いた。


「これを無事だと言っていいのか……。この時、守護者との戦いで、私とカムイは最悪の関係になったのだ。……これもカムイの実験で仕込まれた能力の話だから、詳細は避けるが」


「最悪の関係ってどういうことだ?」


「……それを一言で説明するのは難しい。とにかく、以来カムイは私に対して酷く負い目を感じるようになり、自分の存在が私にとって害悪であるとすら考えるようになった」


 カムイの仕込まれた前時代の能力とやらが何なのかは分からないが、それがあの日、ウェルラントに何らかの悪影響を与えたということだろうか。


 だとすれば、もともと彼に対しての悔恨の念を植え付けられていたカムイにとって、万死に値するほどの悪行を犯したも同然だったに違いない。


「ウェルラントとしては、どうだったんだ? カムイを疎ましく思ってるわけじゃないんだろ?」


「……私は、自分の勝手な判断でカムイを手放したことが元々の発端だと思っている。あいつが引け目を感じる必要はないんだ。もちろん疎ましく思ったことなどない」


「だったら、なんであんな態度すんの? カムイに対してすごい威圧的じゃないか。あれ、カムイは絶対自分は嫌われてるって思うぞ」


 そう指摘すると、ウェルラントは少しばつが悪そうに眉根を寄せて、視線を逸らした。


「最初は私もあいつの罪悪感を払拭しようと、できるだけ優しく接していたのだ。しかしカムイはずっと自罰的なままで、私の言葉に効果はなかった。……その無力感にいい加減苛々していた時、問題が起こってな」


「問題?」


「カムイが屋敷から逃げ出したのだ。……その頃はあいつを地下に隠してはいたが、鍵をかけて閉じ込めるようなことはしていなかった。あいつ自身、教団に捕まると大事になると理解していたから、出て行くことはないと思っていたのだが」


「逃げ出したって……、理由は?」


「……わからない。……見つけ出した時、つい逆上してカムイを叩いてしまってな。平手だしそれほど強くはなかったんだが、余程精神的に衝撃だったのか、そのままあいつは気を失ってしまったんだ」


 ターロイは少し驚いた。

 苛々していたとはいえ、ウェルラントが理由も聞かずに子供を叩くというのは、どうも彼らしくない。教団に捕まると困る、それだけでウェルラントほどの男が逆上するだろうか? 二人の間には何か別の因縁があるような気がする。


「まあ、理由も聞いてもらえずに叩かれたんじゃ、ショックもでかいだろうな」


「……その時、初めてルークが私の前に姿を現した。あいつにも同じ事を言われたよ」


「ん? それまでルークは表に出たことがなかったのか?」


「あいつがカムイといつからコンタクトを取っていたかは分からないが、私が会ったのはその時が初めてだった。……以来、ますます萎縮したカムイは私が食事などを持って行くと、最初からルークに隠れてしまうことが多くなった」


 そう言えば今回も、ウェルラントがカムイを呼んだ時にはすでにルークに替わっていた。元々彼に会う予定だったのに、不愉快そうな顔をしたのはそのせいか。


 そしていつまでも心を開いてくれないカムイに苛ついてのあの態度なのだ。そんな期間が長く続きすぎて、自分たちではどうにもできなくなっている。


「……もしかしてルークをカムイから追い出したいのって、カムイが隠れないようにするため?」


 ルークがいけ好かない、と以前ウェルラントは言っていたけれど、ルークの性格がどうこうというよりは彼がカムイの盾になるのが気に食わないだけなのかもしれない。

 確認するように訊ねると、ウェルラントは一瞬言葉を失って、それから小さく唸った。


「……っ、そういうわけではない。以前も言ったが、ルークがいるとカムイが余計な術を使いすぎて、身体に負担が掛かるからだ。あの男が知ったような口をきくのも腹が立つ」


 きっとルークからもカムイに関して小言を言われているのだろう。

 カムイを通して事情を詳しく知るルークだからこそ、鋭い指摘も入っているはず。それがまた気に食わないのだ。

 視線が泳いでいるのは、自分でも図星だと分かっているからに違いない。


 ターロイは思いの外大人げないウェルラントにため息を吐いた。


「あんたがカムイとの関係を改善したいというのは分かった。でも、おそらく今のままでルークがいなくなっても何も解決しないと思うぞ。あんたが変わらないと」


「……私が変わったところで、解決するとも思えないのだが」


「逆だって。他人を力尽くで変えることの方が無理なんだよ。まずはウェルラントが今のままのカムイを受け入れることからだ。あんたが今のカムイを全否定してるから、あいつは何とかあんたの役に立とうとして無理をしてるんだぞ」


 推察するに、ヤライから助け出したカムイを、ウェルラントはきっと昔のように扱おうとしたのだろう。まるでカムイがヤライの孤児院にいた事実がなかったかのように。


 それはつらいことを思い出させないための彼なりの気遣いだったのかもしれないけれど、カムイにとっては今の自分を否定されたにも等しかったのだ。

 生体実験をされた上にルークを内に宿すカムイは、その自罰的な性格ゆえ、今の自分ではウェルラントに受け入れられない存在なのだと思い込んだ。


「もちろん、カムイも変わらなくちゃならない。でもそれはウェルラントや俺が主導することじゃない。当然あいつとも話はしてみるけど」


 結局思い込みを払拭できるのは当人だけなのだ。

 ウェルラントがするべきことは、自身の態度を変えて、彼の心の回復を支えてやること。それにつきる。


「これは長期戦覚悟だろ。今度また時間作って来るよ。あんたがいる時でいいから、ちょくちょくカムイと話をさせてくれ」


「……分かった。……ところで、私はとりあえずどう変わればいいんだ? あいつを受け入れろと言われても、何からしていいか……」


 珍しく困った顔をしているウェルラントに、ターロイはしばし考えた。


「そうだな……まずはあのカムイに向けての仏頂面を止めたら? カムイにビビられてることに苛々しないで、普通に会話ができればまずは十分じゃないかな」


「……ふむ、善処する」


 いきなり笑顔で接しろと言ったら難しいかもしれないが、これくらいなら許容範囲のようだ。ウェルラントは少し安堵したように頷いた。歩み寄る気持ちがあるのなら、ゆっくりでも二人の関係に良い変化が起こるだろう。


 彼らの関係の変化が自分を取り巻く情勢に何ら関わりがないとは思いつつも、ターロイは二人のためにもできるだけ仲間としてフォローをしてやろうと考えていた。






 そう、ターロイはこの時は知らなかったのだ。

 実はこのウェルラントとカムイ二人の関係が、教団と戦う上で後々重要なファクターになるということを。


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