復活の理由
「ターロイのレベルが高い分には問題ないが、直近の脅威はルアーナだな。過去の文献を調べても、彼女の行動は読みがたい。しばらく教団のグランルーク本体の方にかかずらってくれていればいいのだが」
ウェルラントが腕を組んで難しい顔をする。
「だから行動を把握するために、確実にルアーナと接触できるガイナードの試練の機会を逃したくなかったのだ」
ルークは呆れたため息を吐いた。
「ルアーナはもしかすると教団側につくかもしれぬ。もちろん僕の抜け殻に近付くための手段としてだが。あれは敵に回すとかなり厄介だ」
「……確かに厄介そうだよな……。自分の体内で毒を生成できるし、魅了をはじめとした状態異常はかなり脅威だ。それから、あの召喚する黒い魔剣」
「黒い剣……ソウルバイカーであるな。随分重くなっていたはずだが、まだ使用しているのか」
「重い? ……そういや、ルアーナが守護者と戦う時に『これで随分軽くなる』って言ってたな」
何の気なしにそう言うと、ルークが目を丸くした。
「守護者と戦った? アルディアでの話か?」
「ああ。結構な数だったよ。アルディアにある宮殿の地下に棺があってさ。ルアーナはあいつらをボーイフレンドだとか言ってたけど」
「……まあ、ルアーナの知り合いであることには違いない。そうか、アルディアにいたのか。彼らを現世の縛りから解放してやったのだな……」
ルークはそう独りごちて、小さく息を吐く。どこかほっとしたような様子だ。
あの剣の効果がどんなものかを知っているのだろう。
「あの魔剣を召喚する魂方陣を作ったのってあんただよな。あの剣って何なの?」
「ソウルバイカーは不死者を正しく魂の輪廻に戻す剣である。あれはルアーナ自身の精神世界で作られたもので、彼女にしか使えない」
今ひとつ意味が分からない。
とりあえず昔からあるアイテムなどではなく、ルアーナ専用に自ら作った武器だということか。
「あの剣は魂のあるものにしか効果がないと言っていたけど、具体的にどういう効果があるんだ?」
「さっきキメラ・ベースが他者の能力を取り込むという話をしたろう。ソウルバイカーは、他者の魂データから能力を剥ぎ取り読み込む剣である。剣自体が魂の記録媒体のようなものになっていて、ルアーナはそこから自在に欲しい能力を出し入れすることができる」
「てことはあの時、まさしくあの剣でディクトの能力を剥ぎ取って、自分の糧にするとこだったってわけか」
能力を食べる、とはそういうことだったのか。……スバルは獣人族の持つ能力だと言っていたけれど、違うってことだよな?
「ルアーナが教団に回って、あの剣とサージのサーヴァレットで攻めてこられたらちょっときついな……。まあ、教団では男と女が行動を共にすることは滅多にないけど」
「その点は心配いらない。ルアーナはあの剣を普通の戦闘で使うことはほとんどないのだ。普通の人間相手にはあまり殺傷能力がないからな。彼女の怖いところは罠と毒、躊躇いのない行動力、善悪にとらわれない決断の早さである」
「……ルアーナは本当に行動を読めない怖さがあるもんな。とりあえずあんたには早く本体に戻ってもらって、彼女を制御してもらわないと」
「彼女は正直僕でも制御できないのだが」
「でもあんたの言うことは聞くんだろ? ……単刀直入に訊くけどさ、あんたをカムイの中から本体に移すのはどうすればいいんだ?」
ターロイがルークに訊ねると、ウェルラントも食いついてこちらに身を乗り出してきた。ルークとカムイの分離は彼の希望でもある。
「ウェルラントもよくそれを訊ねてくるが……僕がそれを言うべきではないと考えている」
「お前はいつもそう言うな。かといってカムイに訊いても何も言わないし……どうしろと言うんだ」
ウェルラントが苛立たしげに眉根を寄せる。
するとルークも不愉快そうに眉間にしわを寄せた。
「カムイがお前に何も言えないのは、そうやっていつもむっつりして威圧するからだ。たまには優しくしてやればいいものを」
「……ふん」
ルークの言葉にウェルラントは横を向いてしまう。
おそらく彼は、ルークの物言いで、あまり喜べない方法だと分かっているのだ。ルークの口からもカムイの口からも言いづらい、そんな方法。
それでも彼らが斟酌して自分に明かしてくれないことに苛立っている。
これでは彼らの溝は深まるばかりだ。
ルークが仕切り直す。
「僕の持つ方法は最後の手段だと思って欲しい。ガイナードの核や僕の魂データを身体から分離する方法は、我々のあずかり知らぬところで開発されたもの。他にもやり方はあると思うのだ」
「結局、未開の遺跡から研究文献を探してくるしかないのか……」
「もう一つ、望みがある。それは君だ、ターロイ」
「……俺?」
突然何を言うのか。ターロイは目を瞬いてルークを見た。
「ガイナードの封印、最後の能力。魂再生の能力だ。もちろんそこまでたどり着くにはかなり難渋するだろうが、その力はきっと使い方次第で我々を救ってくれる」
「え? この能力って大戦の時みたいな特殊事例にしか役に立たない力だけど……」
ガイナードの最難度の能力、魂再生。これは大戦時に、魂破壊を仕掛けてくる種族と戦う時以外使ったデータがない。正直、取りこぼしてもいいと思っていたくらいなのだが。
「……君はそもそも、僕たちがなぜ過去からこの時代に送られたのか、不思議に思わないかい? 今、僕もルアーナも目を覚まし、そしてアカツキもまもなく復活するだろう。これが必然じゃないと言えるだろうか?」
「何だよ、突然。あんたたちが、何か目的を持ってこの時代に来たってこと? 一体、何の……?」
「僕たちにも分からない。しかし、僕が眠らされる前、大戦は終わっていなかった。じゃあ誰が終わらせた? もしかして、まだ終わっていないんじゃないか? 終わらせるために、僕たちはここに来たのではないか?」
ルークの推察は荒唐無稽に思えた。
だって、大戦以来千年間、いざこざはあるものの世界は平和であったのだ。
この平和の裏で、まだ大戦の火種がくすぶったままだなんて、考えたくない。
「それだったらわざわざこの時代に来なくても、当時そのまま終わらせられたはずだろ。別の理由じゃないか?」
「当時、大戦を終わらせることは困難だった。何故なら、大戦の半ばでガイナードが戦線から消えてしまったからである」
「……ガイナード?」
そこで何で、英雄パーティーの一員でもないガイナードの名前が?
「大戦を終結させるには、ガイナードの力が必要だったのだ。……今、ここに我々とガイナードの能力を受け継いだターロイがいる。これが偶然だと思うか?」
「……ちょっと待って、何か話がでかくなってきた。ルークをカムイから分離させる話だったよね?」
思わずこめかみを押さえると、向かいでルークが頷いた。
「総じて言えば、ガイナードの力はすごいから、それで我々を救ってね、ということである」
「……うん、まあ、善処する」
総じると随分軽い。
ターロイはその落差に戸惑いつつも請け合って、結局ガイナードの封印は最終試練まで行くしかないか、と一つため息を吐いた。
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3月からは更新頻度を緩めたいと思いますが、間を空けすぎないようにしていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。