書庫にて
「教団を潰す目的が同じなら、俺に協力する気はないか?」
手を止めてウェルラントに身体を向けて、まずは様子見の言葉を投げかける。
身分の違いを蹴っ飛ばして対等の関係を持ちかけるターロイに、彼はどう対応するだろうか。
「協力? ほう、どんなことだ?」
難色を示されるかと思った青年の提案に、領主は意外なほどあっさりと乗ってきた。
なるほど、はなから立場の違いを押し付けて優位に立ちたがるような、頭の固い男ではないらしい。こちらを利用できるなら利用したいのはあちらも同じ。条件さえ合えば交渉の余地があるということだ。
「俺がディクトを従えたと言っただろ。あいつらを真っ当以上に鍛え上げるつもりなんだか、元々山賊だからどこの街にも入れず物資が調達できない。だから、一人分だけでいいから手形を発行して、ミシガルの城門通行を許可して欲しいんだ」
「山賊を街に入れろと?」
「元・山賊な。もし悪さをしたら切り捨てていい。そう言っておく」
それから、とターロイは続けた。
「ここには前時代の古文書が処分されずに多くあると聞いた。それも見せて欲しい」
「前時代の古文書か。……まあ、いいだろう。それで、君に協力すると、ミシガルにどんな利益がある?」
当然の質問だ。青年は一つ頷いた。
「そうだな、とりあえずこれを提供する」
壁に立てかけてあった長物の荷物を取ってきて床に置き、包み布の紐を解く。ターロイはそれをウェルラントの前に広げた。
先だっての戦いで手に入れた充魂武器だ。
「古代武器……! それも充魂されて使用できるようになっているのか。教団の所蔵の物だな……」
「剣一本は後々使うから渡せないが、他の四本はやる。これでどうだ?」
とりあえずの取っ掛かりとしては悪くない取引だと思う。基本的に領主側が失う物は何もない。その上強力な稀少武器が手に入るのだ。
そしてターロイとしても使わない充魂武器を管理する手間が省ける。実力の伴わない自分の配下に渡しても危険なだけだし、隠しておくのも不安があった。ここで相応の実力者に使ってもらう方が良い。
「なるほど、君はこの数の充魂武器持ちと渡り合って、易々と奪ってくる実力があるということか。あいつの言った通りだ」
しかしウェルラントは、武器の方よりもターロイを評価した。
「いいだろう、君と協力しよう。立場は対等で構わない。今後、何かあったら頼ってくれ。私の方も、依頼することがあるだろう」
「わかった。これからよろしく頼むよ」
これはターロイの目的を達成するための重要な布石だった。
そろそろグレイの下を離れ、動き出せるかもしれない。
自由に動けるようになったなら、まずは封じられた能力の解放からだ。再生師の力を全て取り戻せば、きっと神だって殺せる。
その為には、ガイナードの能力封印に関する情報を得なければいけなかった。
「それでは私は失礼する」
「あ、ちょっと待ってくれ」
椅子に座っていたウェルラントが、用件は済んだとばかりに立ち上がって退室を告げる。それをターロイは呼び止めた。
「できれば今から前時代の文献を見せて欲しいんだが」
「今から? ……いや、あそこには……。悪いが、明日にしてくれ。その……、少し散らかっていてな」
青年の要請に、何故か領主が動揺を見せた。
おそらく何かターロイに見せたくないものがあるのだ。
少し気になるが、それを探って不興を買うほど愚かではない。明日には見せてくれるというのだし、おとなしく従おう。
「そうか。じゃあ明日でいい」
「すまんな」
了承すると、彼は小さく安堵した。
翌日、ターロイは朝から地下にある書庫で前時代の古文書を眺めていた。
貴重な物のため監視の騎士を一人付けられたが、問題ない。
前時代の書物は今と文字も言語体系も違う。どうせ横から見られたところで、ターロイが何を読んでいるのか見当もつかないだろう。
歴史研究者なら少々読めるかもしれないが、教団によってほとんどが焼き捨てられ、残存数が少ない書物だ。
完全に読み切れるのは、ガイナードの知識を持つターロイと、その知識を学び取ったグレイくらいに違いない。
『創世神話』『病理一覧』『世界の真理』など色々な文献がある。
正直どれも興味があるが、まずはガイナードが活躍した頃の戦記、没後の記録、大戦の終結に関する古文書が欲しかった。
「あ、これだ。……?」
書庫の文献を片っ端から探して行かなくてはと思っていたら、部屋の片隅にある小さな机に、ターロイの目当ての本がまとめて乗っているのに気が付いた。
ウェルラントが部屋の片付けついでに用意しておいてくれたのだろうか。
……いや、彼はターロイが何の情報を探しているか知らないだろうし、そもそもこの文字を読めるはずがない。前時代の言葉でも一番難解な、魂言で書かれている。
偶然? ……そんな馬鹿な。
まあ、でも何にしろ、ありがたく拝読しよう。
大戦後期の戦記、偉人伝、封印術について。ターロイが欲しかった情報だけでなく、関連の文献まで置いてある。
ターロイは小机の脇のスツールに腰掛けて、一番上の戦記を手に取った。そして表紙を開き、最初からどんどん読み進めていく。
しかし数十ページ進んでガイナードの名前が出たところで。
ターロイはそこに挟まっているメモのようなものに気付いた。
それに思わず手を止め、目を丸くする。
だってそれは文献と同じように魂言で書かれたものだったが、内容は明らかに前時代の物と違っていたのだ。
メモにはまず、こうあった。
『いらっしゃい、ターロイ』




