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拗ねるスバル

 拠点には全員はぐれることなく、無事に着いた。


 みんな到着した途端に、安堵と共にどっと疲労に襲われて、とりあえずこの日はそのまま休むことにした。

 イリウとティムには客室棟の個室を提供して、後は各々の部屋に戻る。ターロイも部屋に戻ると、すぐにユニとスバルが出迎えた。


「お帰り、ターロイ! ひよたんも! 無事で良かった!」


「ああ、ただいま。俺たちがいない間、何も問題なかったか?」


 わんこのようなユニの頭を撫でながら訊ねる。女の子として生活するようになってから、彼女は随分明るくなった。


「ここは何も問題ないよ。ね、スバルさん」


 にこにことユニがスバルを振り返る。

 しかし、何だか様子がおかしい。


「……ちょっと待つです。これは大問題じゃないですか? ……ターロイからエロい女の匂いがするです……」


「エロい女!?」


 眉間にしわを寄せていると思ったら、スバルがいきなりユニに誤解を与えそうな科白を言いおった。

 その匂いというのは明らかにルアーナのものだろうけれど。……いや、だとするとエロい女で間違ってもいないか。


「そ、そう言えば何だかターロイから良い匂いがするような……」


 ユニもこちらに鼻を寄せてくんくんと匂いを嗅ぐ。


「待て待て待て、それは多分ひよたんの匂いだ。エロい女にずっと接触してたからな。俺はひよたんから匂いを移されただけ」


 変な言いがかりがつく前に、ターロイは慌てて弁明し、ひよたんをユニの鼻先に持って行った。


「あ、確かにひよたん、良い匂い」


 スバルも寄ってきてひよたんの匂いを嗅いだけれど、彼女の眉間のしわはまだ取れない。その瞳がじとりとターロイに向けられた。


「ひよたんにこれだけしっかり匂いが付いているということは、ターロイがそのエロい女としばらく同行していたということですよね? ……今回は女は不要とスバルたちを置いていきながら、エロいお姉ちゃんを連れ歩いていたとは……なんたる侮辱!」


「いや、それは何というか、不可抗力でだな……」


 どうやら置いて行かれた不満に、行った先で女を連れていたというファクトが乗っかったせいで、機嫌を損ねているらしい。


「スバルさん、どうして匂いでエロい女の人って分かるの?」


「この蠱惑的な匂いは昔から使われている動物性香料の一種で、男を誑かす女がつけるものなのです。濃度を強めると、魅了の毒になるものですよ。大体ボインでエロいお姉ちゃんがつけると相場が決まっているです」


 うむ、間違ってない。なんとなくボインに偏見がある言い方ではあるが。

 思わず肯定するように頷くと、再びスバルにじとっと睨まれて、慌てて一つ咳払いをした。


「……まあ何だ。ボインでエロい女と一緒にいたのは確かだが、少し手を借りただけだよ。あいつは最後には俺たちを裏切ったし」


 裏切った、というのは少し語弊があるかもしれない。ターロイはルアーナを信用していたわけではないから。

 しかし、スバルに説明するにはこの方が効果的だろう。


「裏切った?」


 案の定、ボインでエロい女から裏切りへと、彼女の関心がシフトした。

 獣人族はそういう行為を酷く嫌うのだ。


「そいつはディクトの能力を『食べ』ようとしたんだ。どうやるのか知らないけどな。俺はそれを阻止して離脱してきた」


「……能力を『食べる』? この匂いといい……ターロイ、その女は……獣人族だったです?」


「いや、人間族だ。コネクターだし」


 コネクターは人間族にしか発現しない魂術の使い手だ。獣人族ではありえない。


「そう……」


 スバルは何故か難しい顔をして黙り込んでしまった。


「……何か気になることでもあったか?」


「ん~……能力を食べるスキルは、極まれに獣人族に発現するですが、人間には現れないはず。あの魅了の毒も、獣人族の体内で生成される分泌物を加工した秘薬のようなもので、現存数も少なく人間社会に出回っていないはずですが……。どういうことですかね?」


「つまり、心当たりはあるが、両方とも獣人族じゃないと説明がつかないってことか。……そういや、あいつはキメラの被検体だ。だとすれば……」


 キメラとは、一つの身体に多種の体組織や能力を植え付けた生物のことを言う。

 本来は異種族の能力を移植しようとしても身体が拒絶反応を起こして死んでしまうが、特殊な素養を持った人間……ターロイやルアーナのような、キメラ・ベースと呼ばれる人間は、それを受け入れることができるのだ。


 もしかすると、ルアーナは獣人族の能力をその体内に持っているかもしれない。


「……他にも色んな能力が埋め込まれてるのかもな。どうにかして研究記録を見ることができればいいんだが」


 記録媒体に彼女のデータは入っているが、映像を再生する装置がなかった。今後、探すか、作るかをしなくてはなるまい。


「とりあえず、スバル。この匂い覚えておいてくれる? あいつ……ルアーナという女だけど、グラン王国に入ってきているはずなんだ。合流する気はないが、居場所は把握しておきたい。匂いに気付いたら教えてくれ」


「了解です。だったら次以降はスバルをちゃんと連れて行くといいですよ!」


「……まあ、善処する」


 強く連れてけアピールするスバルに苦笑をして、ターロイは肩を竦めた。


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