虚空の記録
スライムの核に魔力が注がれると、遠隔でもゾルへの影響があるようだ。
透明だった流動体の中に、砂嵐のような画像が見える。
タブレットゴーレムでも見た、映像を表示する前のノイズだ。
あのタブレット自体は前時代の後期のもののようだったが、もしかするとこのスライムの太古の技術が応用されているのかもしれない。
やがてスライムの中に、色の付いた映像が浮かび上がった。
音声はなく、ところどころにノイズが入ったままで、少し粗い。
「ん? 何か、見たことがある場所だな……」
そこに映った街並を見たイリウが目を眇めてそれを凝視する。
スライムにもう少し近付きたいところだが、魔力を補充した核の影響でいつ暴れ出さないとも限らない。少し離れたところから眺めるしかなかった。
「おい、あれ、王都じゃないか……?」
「そうだな、あの奥の建物は王宮と教団本部……酷いな、街中が破壊されて炎上している。これはいつの映像だ……?」
ディクトとロベルトがその映像を王都だと特定した。確かに王宮と、画像の右端に教団の塔が見える。映像では映る街並の至る所が破壊炎上していた。
「前時代の光景かな? ルアーナなら分かる?」
ターロイが訊ねると、ルアーナはそれを興味深そうに眺めてから、軽く首を振った。
「あなたたちが王都と呼んでいる街並……見たところ、私のいた時代に人間族の研究施設があったところだわ。当然だけど、こんな建物はなかった。あなたたちが見慣れた場所なら、今の時代の映像ね」
「前時代じゃないのか。変だな、罠が作られた時代から考えると……何か仕掛けがあるのかな? まあいいか、それより前時代以降で王都が街並を飲み込むような戦火に包まれたこと、あったかな。前国王が暗殺された時に教団と王国軍で戦闘があったっけ?」
「あれは局地的なもので、こんなふうに王都全部を巻き込むような戦争にはならなかった。サイ様が幼かったし、無駄に戦力を減らさないようウェルラントが気を配っていたし。だからこれはその時の映像じゃない」
イリウにも首を振られて、ターロイは眉根を寄せた。
「じゃあ、いつの映像だ……? わざわざここに残されている意味も分からないし……」
すると、黙ってその映像をまじまじと見ていたティムが、何かに気が付いたようだった。
「王宮の上に誰か立ってる……何か、背中に羽根が付いてるみたい」
「背中に羽根? それって、天人族ってことか?」
見ていると、だんだんと映像がその人物に寄っていく。なんとなくどこか見たことのあるシルエットだ。
その人物はマントをまとってフードを目深にかぶり、一見では誰だか分からなかった。
しかし、王宮の屋根の上でその人物がハンマーを振りかぶったことに、皆が目を丸くした。
「ハンマー……?」
困惑するこちらを余所にして、映像の中の人物は王宮の屋根を破壊する。切破による鋭利な断面が、その人物がガイナードの能力の持ち主だと物語っていた。
もしかして、自分の前にもガイナードの核を埋め込まれた者がいたのだろうか?
ざわざわする気持ちのまま眺めていると、映像は王宮に入ったその人物を追って建物内部に下りていった。
廊下を走るその人物の背後から映像が追う。どうやら謁見の間に向かっているようだ。
「……この王宮、間違いなく最近の映像だな。俺がサイ様の戴冠祝いに送った絵画が飾ってある」
イリウの呟きに、ターロイはさらに驚いた。
「ちょっと待て、戴冠祝いって、本当に最近じゃないか! じゃあこの映像って、いつの……」
まるで事実と整合性のない映像に混乱する。
そんな自分を置いてけぼりにして、映像の中の人物はとうとう謁見の間に到着した。
そこには玉座があり、当然のように国王が座している。
座っていたのは間違いなくサイだ。
侵入してきた人物を見た彼は何か言葉を発したが、音声のない映像では何を言ったか分からなかった。
ただ、サイは特に驚いた様子もなく、笑みすら浮かべて羽根を持つ人物に話しかけている。この違和感はなんだろう。
やがて映像は追っていた人物の前に回り込み、そこでようやくマントのフードを取った男の顔を映し出した。
「ターロイ……!?」
ディクトが呆気に取られたような声を上げる。
映像の中、サイと対峙しているのは明らかにターロイだった。彼も何かを言っているが、もちろん内容は分からない。
「何だ、この映像!? 全く覚えがないし、意味も分からないんだけど」
「やっぱりだわ……。おそらくこれは未来の映像よ」
ターロイが狼狽えていると、ルアーナがやはり興味深げに答えた。
「は? 未来の映像……? そんな馬鹿な。このガイナードの試練って、前時代に造られたものだろ? その頃にもうこの映像を仕込んでいたっていうのか? どうやって……」
「多分どうやってか虚空の記録にアクセスしたんだわ。その一部を記録媒体に残すなんて、信じられないことだけど」
「虚空の記録……って、世界の過去から未来まで全て記録された別次元にあるという究極のデータベースだろ? そんなもの、本当に実在したのか……? それよりそもそも、そこから何でこんな映像を?」
「さあ? でもこれは虚空の記録から、ターロイがここに来て、この映像を見るということを『分かって作られた罠』だということは確かだわ」
映像は経年によるノイズが多く、明らかに最近用意されたものではない。本当に、前時代からターロイがここに来ることが分かって用意されていたのなら、何か重要な意味があるはずだった。
ターロイは改めて映像を見る。
サイに感じる違和感の正体、自身の様子、周囲の状況。これが確かな未来の一場面だとしたら、一体何があったのか。それを見極めなくてはいけない。
映像の中、不意に玉座から立ち上がったサイが大剣を構えた。
その形、はめ込まれた石、それに目を瞠る。
これは大剣に変化したサーヴァレットだ。
守護者が持っていた時の形状と酷似している、間違いない。
何でサイがこれを持っているんだ?
「……あ、消えた」
ターロイもハンマーを構えて、二人がいざ戦いに入ろうとしたところで、映像が消えた。
みんな、どう理解していいのか分からずに無言で顔を見合わせる。
しかしとりあえずはこのガイナードの試練を脱するのが先だ。気を取り直してスライムの核を見れば、いつの間にか魔力の流入が終わっていた。
「みんな、困惑してるだろうけど、考えるのは後だ。ロベルト、もうスライムの核の役目は終わりだと思うから、取り込まれる前に真っ二つにしてくれ」
「あ、ああ、了解した」
映像を消した流動体がこちらに近付いてくる。おそらく核の魔力によって起動した術式に引き寄せられているのだ。
その術式をロベルトの充魂武器で破壊してもらおう。
ターロイの指示通りすぐに彼は剣を振るった。
ギィン、という固い金属の音がして、しかし剣は跳ね返されることもなく魔法鉱石を真っ二つにする。
すると中から何か装置のようなもの、そして、赤い石が見えた。