核に魔力を
「……もしスライムの核に魔力を注ぎ込むとしたら、どうすればいいんだろう」
とりあえず選択肢の一つとして考えておくべきだ。それをルアーナに訊ねると、彼女はいくつかの方法を提示した。
「人間の使役するものに補充する魔力と言われるものは、大体が魂のエネルギーよ。ロベルトが持っている充魂武器のように、手っ取り早いのは敵を殺すことでその魂の取り込むことね。後は他のものが帯びている魔力を直接吸い取ったり……でもこれは時間が掛かる上に微量ずつだし、あまり効率が良くないわ」
「敵を殺すって言っても、ここに犠牲にできる人間なんていないしな……。かといって流動体にこの核を放り込んでその魔力を吸わせても、時間が掛かる上にさっき焼き払ったゾルみたいに動かなくなったら、表示媒体としての役にも立たなくなりそうだ」
この透明な流動体が魔力が空っぽ状態の核を取り込もうとしないのはそういうことだろう。このままではゾルに対してなんの恩恵もない存在なのだ。
やはり、この核に先に魔力を補充しないことには始まらない。
「……そうだ、この魔法障壁の魔力を吸い上げた天井から、核にエネルギーを落とし込めないのかな。以前タブレット型のゴーレムを動かす時に、似たようなことをやったんだけど」
ふと、以前のアカツキの祠でのことを思い出してルアーナに訊ねる。
「それをするには、魔力の流れを変える魂言と機関が必要ね。天井の格子戸は今魔力を吸い上げる方向になっているから、それを排出の方向にするの。そうでないと、ただでさえ空っぽの核から魔法鉱石の微々たる魔力まで取り上げられるわ」
「あー……そういや、タブレットゴーレムの時も魔力の流れの魂言を書き換えたっけ」
考えてみれば、これはあの時の流れに似ている。
もしこれが正解だとすると、その機関にあたるものと魂言が用意されているはずだ。このガイナードの封印の罠を造った人間は、意地は悪いが同時に甘いヒントも忘れない。
「ねえねえ、何か変なスイッチがあるよ!」
その時、周囲を歩き回っていたティムが声を上げた。
スライムが閉じ込められていた壁の際、こちらからは死角になっているところに何かを見付けたらしい。
みんなで彼の元に移動した。
「丸いくぼみと、魔法鉱石の柱と魂言、それからスイッチが三つか……。この柱、天井と繋がってるようだな」
ターロイはその作りで、これが天井の魔力を移動させる装置だと確信する。丸いくぼみはスライムの核を入れるところに間違いない。
ルアーナも同じように理解をして頷いた。
「やはりこの核に魔力を注ぐようね。柱に書かれた術式も魔力の流れを制御するものだわ。でも、このスイッチは……」
「このスイッチは何なんだ?」
ロベルトが訊ねる。それを受けて、ターロイはその横に書いてある魂言を読み上げた。
「最初の指示に従い、正しいスイッチを押して術式の起動ランプを点灯させよ。誤ったスイッチを押すと、爆発する。……って書いてある」
「爆発!? え、最初の指示って何だよ?」
書いてある文言にイリウが困惑する。確かに、これだけでは分かりづらい。失敗のリスクは三分の二。適当に選ぶわけにはいかない。
スイッチは赤・青・黄色の三種類。
イメージだけで言うなら起動のランプは青を押したくなるが、そんな先入観による回答ではだめだろう。
ヒントを探さなくてはとみんなに意見を求めようとした、その時。
「正解のスイッチは黄色だ」
「だよね~。黄色だよ、ターロイ」
ディクトとティムが即答した。
「え、何で?」
二人の意見が合うということは、ちゃんと根拠があるのだろう。それが知りたくて訊ねたターロイに、ディクトが説明をした。
「最初の指示に従い、って書いてあるんだろ? 指示ってことは命令だ。……あの文言、気になってたんだよな。最初の落とし穴の罠、ターロイがそれを口にした途端発動したし、何か意味があるはずだって」
「最初の命令の文言……もしかして、『気を付けろ!』ってやつ?」
「そう、それ。罠にはめておいて『気を付けろ』だなんて、そもそも馬鹿な話だろ。おまけに直後の延々落下の罠は気を付ける類いのものでもないし、違和感バリバリだった」
「うんうん、だから俺も絶対この文言はどこかで使うと思ってたんだよねえ」
ディクトの言葉にティムも同意する。
「指示っていうのは『気を付けろ』からの『黄を点けろ』だよ。言葉遊びによるヒントは王道だね。ただこの印象の小さな言葉を、これだけ色々あった後、記憶の中から呼び出せるかが結構難しいんだ」
確かに、そんな文言彼らに言われるまで思い出しもしなかった。
この観察眼と視野の広さ、見習いたい。
まあとにかく、正解が分かったなら行動あるのみだ。
ターロイはスライムの核を転がして丸いくぼみにはめた。
そして起動をする前に、みんなに注意を促す。
「……これから、この核に魔力を注入する。魔力の信号によってスライムがバカ強くなるかもしれないから、みんな心してくれ」
「この状態で停滞しているよりはずっといい。何ならこの核の役目が終わったら俺が速攻で割ってもいいし」
ターロイの言葉を受けて、再びロベルトが気合いを入れつつ剣の柄を握る。
実際、戦力としてあてにできるのは彼だけだ。その選択肢も考えておこう。
「よし、じゃあ押すぞ」
三つ並んだスイッチの真ん中、黄色いボタンを押す。
すると無事に起動ランプが点いて、魔法鉱石の柱が魔力で不思議な光を放った。同様に、さっきまでただの金属の塊だった核が魔力を帯びて淡く光る。上手い具合にエネルギーが補充され始めたようだ。
「……おい見ろ、スライムの様子が……」
まだ魔力の充填は始まったばかり。
だが、いくらか核に魔力が回ると、核を持たないスライムの内部に変化が起こりだした。