人工スライム
ティムが持っていた食用油のカプセルは六個。
ディクトはそれを受け取ると、イリウから弓矢を二本もらってそれぞれに三個ずつ括り付けた。
その間にもロベルトとターロイは周囲を取り囲むスライムを攻撃していく。こちらに向かって酸が飛び散らないように打突するのがかなり難儀だ。
吹き飛ばしたスライムは、後ろにいた他のスライムとぶつかるとそのまま融合してしまう。それは充魂武器を持ち、魔法鉱石を破壊できるはずのロベルトも同様のようだった。攻撃しても他のスライムと合体されて、総数こそ減っているものの、スライムの質量は変わっていなかった。
「くそ、こいつらどんどん合体して大きくなってる。核を攻撃してもすぐに他のスライムと融合して、ダメージが通ってるのかもわからん」
ロベルトが忌々しそうに言いながら剣を振るう。
スライムは決して強い相手ではない。というか弱い。動きも遅いし強い酸の流動体も触れなければどうということもない。
それでもここまで手応えがなく、さらに合体されることでどんどん核への攻撃が難しくなることに苛立ちが募るのだ。
最終的にスライムが最大化して、核に剣の切っ先が届かないくらい深いところに核が入り込んでしまったら厄介極まりない。
「さっきロベルトがスライムのゾル部分を斬ったら分裂したよな。もう一回、大きくなってきたこいつらを分割するか?」
すでに合体を重ねたスライムは、大きな五つの個体になっていた。こいつらが全部融合したら、かなりのサイズになる。広くはないこのスペースの四分の一くらいを占めそうだ。
ターロイがそれを懸念して提案すると、ディクトがそれを止めた。
「分割しても同じ事の繰り返しになるだけだと思うぞ。……それより、こうして大きさの変わるスライム見てて、不思議にならん? 魔法金属でできた核がさ、本体に合わせて大きさがころころ変わんの」
さっきも似たようなことをルアーナに訊ねていたな。ちょうど魔法障壁が消えたタイミングで、回答をもらえていなかったけれど。
スライムと対峙しながらもルアーナをちらりと見る。
すると彼女も何かを思案している様子だった。
「確かに不思議な話だわ。私は仕様としての情報を知っているだけで、詳細を知らないのだけれど……。当時、魔法鉱石を自在に変形・融合するような技術は持っていなかったはずよ」
「へえ、それは面白いな! 技術がないはずなのに、その現象がおきている。ってことは、あえてそう『見せかけている』と考えられる。ではこの人工スライムは元々何の目的で作られたのか? 想像するだにワクワクするねえ!」
横にいたティムが俄然テンションを上げる。
しかしこんなところで人工スライムの存在理由まで掘り下げている場合ではない。案の定、イリウに叱られた。
「ティム、個人的な趣味で考えるのは後にしろ」
「でも、『見せかけている』っていうティムの考えには俺も同意だな。そもそも、人工的に造られたスライムは、スライムに『見せかけている』だけの別物だろ。だとしたら、分裂も融合も、本来のスライムとは別の原理でなされていると考えるべきだ」
ディクトがティムの言葉を肯定して続ける。
「さっきロベルトが少しだけ流動体を切り離した時、その中に含まれていなかったはずの核ができて、小さなスライムの個体になっただろ? あれでいくらか確信できたんだ」
「確信て、何を?」
訊ねるイリウにディクトは一つ頷いた。
「人工スライムは核が主体でゾルを動かしているんじゃなくて、ゾルが主体で核を身体の中に投影しているだけじゃないかってこと。あたかも、分裂したように『見せかけている』だけだってことだよ」
「あ、だからロベルトが核を攻撃してもスライムが消滅しなかったのか! そもそもこいつらの中にあるのは、見せかけの核だったってことだろ?」
ティムがすぐに内容を把握してぽんと手を叩いた。
「そういうことだ。攻撃を受けると合体するというのも、それを覚られないための仕様なのかもしれない」
「……でも、そうなるとルアーナさんの言ってた魔法鉱石の核は何だったの? 幻? 術式が彫られてるって言ってたよね」
「だからさ、核の投影って言ったろ。実際こいつらの動きには一貫性があるし、それを統制する魔法鉱石の核を持った人工スライムの本体がどこかにいるんだと思うよ。それをこの流動体が投影しているんだ。投射された核の大きさは、多分ゾルの多さで比率が決まるんだろう。大きさがまちまちに見えるのはそのせいだ」
「……うふ、この短時間でそこまで考察できるなんて、素晴らしいわ」
ディクトの話を聞いていたルアーナが、感心したように呟いて微笑んだ。
「魔力で信号を送って、液体に微弱な振動を与えることで映像を内部に映し出す……私たちの時代よりさらに昔にあった技術よ。確かにこれなら核の大きさが変わるのも、融合するのも分裂するのも簡単だわ。ただの映像なんだもの」
「ってことは、こいつらと戦うのは無意味なのか。液体相手に剣では役に立たない」
スライムと対峙したままのロベルトがその話を聞いて大きく嘆息する。かといって放置もできない。
「でも一応、流動体は焼き払えば倒せるんだよな?」
ターロイが訊ねると、ディクトが首を振った。
「今は無理だ。本体の人工スライムがガイナードの欠片を付けてるかもしれないんだろ? だとしたら、ターロイがそれを回収しないと焼き払ったところで無駄だしな。欠損再生の能力ですぐに復活させられる」
「そうか、欠損再生だと消し炭になっても復活できるからな。まずは欠片付きのスライムを探さないと。……っつうか、どこにいるんだ本体は。もう残りこれしかいないのに」
近くにいる気配はあるのだが、未だ姿を見せない。スライムに囲まれている今、ぶらぶらと探しに行くわけにもいかないし、どうしたものか。
そう考えていると、不意にティムが鞄から何かの弾を取り出した。
「ここから死角になってる魔法障壁があった壁の影とかにいるかもよ。俺がこれで探ってみようか?」