天井発見
ターロイは使えるものを探して鞄の中を手探りで漁った。
ひよたんが見付かればこの落下を止めるのは簡単だが、それらしい手触りはない。やはりモネからアルディアに飛ばされた際にはぐれてしまったのだろうか。
「くそ、ひよたん、どこに行ったんだ……」
「……ひよたんですって?」
その呟きに、ルアーナが反応した。
「ひよたんは『英雄』スキルを持つ者にしか使役できない魔道具……。まさかターロイがこれを使役していたの?」
「これ、って……もしかして、ルアーナが俺のひよたんを持ってるのか?」
その言い方からして、ターロイのひよたんが彼女の元にあるように聞こえる。驚いて訊ねると、ルアーナは一つ息を吐いた。
「そう、これはターロイのだったのね……。私は過去にアカツキのものしか見たことがなかったから、てっきりあの男のものかと……」
どうやらターロイのひよたんを、昔の仲間だったアカツキのものと間違えて捕まえたようだ。アルディアに飛ばされた時点でやはりはぐれていたのだ。
とにかく所在が分かって良かった。ここにひよたんがいるなら、変化をさせて背中に乗れば、一旦このループから逃れることができる。
「ひよたんがいるなら俺に戻してくれ。このループを止められるかもしれない」
「……うふ、ごめんなさい。私ったら勘違いしてマナを空っぽにしちゃったから、今のこの子は役に立たないの。後で返すわね」
しかし、光明が見えたと思ったのも束の間、ルアーナがてへぺろ的な口調でとんでもないことを言った。
「ひよたんのマナを空っぽにした!?」
「だってぇ、てっきりアカツキのだと思ったんだもの。大丈夫、今から周囲のマナを取り込ませれば、そのうちふわふわに戻るから」
「……え? 今、ひよたんはどんな状態になってるんだ」
「例えるなら黄色い乾燥ナマコかしら」
「乾燥ナマコ……」
マナを失って萎んでいるってことか? ……何にせよ全然飛べる感じがしない。ターロイは眉間を抑えた。
……仕方ない、どちらにしろここはひよたんがいないと解けないという罠ではないはず。別の手を考えよう。
「……それにしても、ターロイが『英雄』スキルを……。うふ、素敵だわ」
こちらの落胆をよそに、ルアーナは機嫌良さげに独りごちた。
さて、次の手を考えながらターロイが再び鞄を探っていると、布が入っていた。
この手触り、もしもの野営用に持ってきていた旅のマントだ。
「そうだ、マント! これで下から吹き上げる風を受ければ、上に行けるかも!」
風圧で破ける可能性もあるが、一時的にでも上昇できれば空間のねじれに落ちる前にどこかの壁にたどり着けるかもしれない。
「なるほど、マントで下からの気流を捉まえるのか。この感じる風圧が俺たちの考えた通りにどこかから風を引き入れているのなら、必ず気流の出口があるはず……。まあ、そうだな、上手くいけばそこにたどり着けるかもな」
ディクトはあまり明るくない声でそう言った。それに違和感を覚えて訊ねる。
「何か気がかりでも?」
「うーん、やってみるのが無駄だとは思わないんだけどさ、そんな簡単に脱出させてくれる罠でもないだろ。上にまた何か仕掛けがあるんじゃないかと思って」
「俺も同意。この試練の最中は魔法の檻に閉じ込められて、罠を解除しないと出られないって言ってたよね? 魔法の檻自体も罠扱いなんだけど、消費魔力の問題でそんなに大きい空間は封鎖できないんだ。だから今俺たちが魔法の檻の中にいるとしたら、上もある程度で天井に当たると思う」
ティムにも水を差されてしまった。
しかし、何事もやってみないことには分からない。グレイではないけれど、トライアル&エラーは情報を積み重ねるためにも必要なのだ。
「とりあえず、やってみるよ。何か新しい手掛かりが見付かるかもしれないし」
「そうだな、良いことだとは思う。ただ、気を付けろってこと。暗いから余計にな。何かあっても駆けつけられないし。できる準備はしておけよ」
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。即死レベルの罠は無いと思うから」
ディクトにそう返して、ターロイはマントの四隅を手で探った。
そしてそれを広げる前に、少し考える。
できる準備はしておけ、か。
ティムが言うように上に天井があるとしたら、それはある意味壁まで伝うチャンスだと考えて良い。
ターロイは鞄からロープと鞘に収めたままの料理用の小刀を取り出した。そしてロープの先端を小刀の真ん中に括り付ける。
それを、すぐに取り出せるようにベルトに挟んだ。
ディクトの言葉通り気流の出口があるなら、それを天井が妨げるわけがない。完全に塞いでしまっては風が流れないからだ。
だったらどうするか?
天井を格子戸のように風を通すものにすればいい。誰だってきっとそう考える。
だとすれば、十分取り付く余地があるはずだ。
準備を終えたターロイは、マントを広げてそこに風をはらませた。
「うわっ!」
途端に下方向へ向いていた力が上方向に変わり、それを支える腕に体重以上の力が掛かる。放さないようにマントを握る手に力を込めると、同等の負担を背負った布の繊維が小さくちぎれる音がした。
それでもマントは何とかはらんだ風を逃がさずに、ターロイの身体を浮かせてくれた。
「ターロイ、大丈夫か!?」
「マントがピピピッて切れてる音してるぞ!」
仲間の声がすぐに足下になる。明らかに上昇したのだ。
「大丈夫だ……いてっ!」
みんなの声に返そうとした瞬間、まだ大して離れてもいないのに頭をぶつけた。
ちょ、もう天井か! 低っ!
すぐにマントから風が逃げていく。浮力を失って落ちる前に、ターロイは慌てて用意していた小刀を上に向かって投げた。見えないから当てずっぽうだ。
けれど上手い具合にそれは格子に引っかかった。ありがたい。
急いで力を入れてロープを掴むと、小刀一本で少し心許ないものの、どうにかターロイの体重を支えるきることができた。
「いてて……まさかこんな低いところに天井があるとはな……」
後ろ頭にたんこぶができたけれど仕方が無い。
ロープを伝って天井まで上がると、ターロイは格子に指を掛けた。
「天井そこにあるの? 近いなあ」
「俺もびっくりだよ。もう少し上まで行くと思ってたから。……しかしこうなると、本当に小さい空間の罠なんだな」
ティムの声に答えながら、手探りで格子にぶら下がり進んでいく。適当に進んでいればそのうち壁に当たるはずだ。
「ターロイ、気を付けろよ」
少し楽観的に動くターロイに、ディクトが気遣わしげな声を出す。視界がないせいで、余計に慎重になっているようだ。
さっきもまた仕掛けがあるんじゃないかと言っていたし……。
「お前結構心配性だな。平気だ、問題な……」
苦笑しながらそうディクトに返したその時。
ターロイの指先が、不意に何かのスイッチのようなものに触れた。