ミシガル到達
ジュリアの目の前でディクトと親しげな会話をしてしまった。
まずいな。
昨日彼女のことを殺そうとした男とターロイが繋がっていることを、不審に思われてしまっただろうか。
しかし王女は青年のそばからは離れず、ただその陰からディクトをじっと観察していた。
「ターロイ……この人昨日の……」
「あー、ええと、ジュリア様、この男は……」
「……この人、昨日は敵だったのに、今日は味方に『見える』の。どうして?」
ターロイを見上げる彼女の瞳は、不審でも恐怖でもない、困惑を浮かべていた。
ディクトとの関係性をどう説明したものかと考えていた青年は、その表情と言い方にふと引っかかる。
王女はディクトが味方に『見える』と言った。
そう言えば昨晩、俺を簡単に信用するなと言ったときも、『見える』から平気だと言っていた。
もしかしてジュリアには、敵と味方を一目で見分ける能力があるのだろうか?
「嬢ちゃん、昨日は本当に悪いことをした。俺はディクト。俺たちはターロイに懲らしめられて、心を入れ替えたんだよ。もう酷いことしないから、勘弁な」
考え事をしている間に、ディクトが彼女にあっさりと説明をした。
何とも軽い言いぐさだ。
しかしそれにジュリアはこくりと頷く。さすがに昨日お供を殺されて、笑顔で挨拶はできないだろうが、それでも王女は受け入れた。
彼が本当に味方に『見え』ているからなのかもしれない。
とりあえず少女に許されてにかっと笑った男が、今度はターロイを見る。
「これからミシガルに行くんだろ? 俺たちはどうすればいい? 護衛でもするか?」
「こんな大所帯の目立つ護衛いらん、鬱陶しい。……お前ら、昨日のうちにアジトの金目の物は持ち出して来たのか?」
「ああ、大きな物は無理だったがな。全部あんたのもんだ、近くに隠してあるから、今必要なら渡すぜ?」
「それは全部売り払って、しばらくお前らの生活資金にしろ」
そう指示すると、ディクトは目を丸くした。
「え? 俺たちの? ……こういうのはリーダーが一旦総取りだろ普通。俺らには不要なものだけ落としてくれれば」
「お前らの普通など知らん。とりあえず、俺がミシガルからここに戻ってくるまでの間はその金で生活して、そうだな、全員の名前、年齢、前職と特技を紙にまとめておけ」
「はあ……」
ターロイの考えが掴めないのか、ディクトは歯切れの悪い返事。しかし青年は気にせず彼に背中を向けた。
「じゃあ、俺たちは急ぐからもう行く。無駄遣いと悪いことはするんじゃないぞ」
「俺たちは留守番のガキかっつうの」
「大差ないだろ。……さあ、ジュリア様、行きましょう」
「はい」
ターロイは自分の影に隠れてこちらのマントの裾を掴んでいた少女を促して、ミシガルに向かって歩き出した。
ミシガルの領地に近くなってくると、ほぼ無法者はいなくなる。
騎士団がいつも見回りをしているのだ。
朝早くに出たこともあって、ジュリアの歩幅に合わせて進む余裕もある。とりあえず彼女の前を歩いて、自分の身体を使って日陰を作ってやることだけ考えて、のんびりと進んだ。
休憩を二・三回挟んで歩いて行けば、ようやく夕暮れにミシガルの城門に辿り着く。
通行手続きをする旅人達の列には並ばず、警備をしていた騎士をつかまえてジュリアがちらりと顔を見せると、二人はすぐに領主の館に案内された。
「ジュリア様!」
通された部屋で待っていたのは、金髪碧眼、偉丈夫の、見目の良い騎士だった。歳はグレイと同じくらいだろうか。
これが領主? 騎士団長をしていたと言うから、もっと歳が行っていると思っていた。
「いったいどうされたのですか、王女自らこのようなところまで。とにかく無事で何よりでした」
「このターロイがわたくしを助けて、ここまで連れてきてくれたのよ、ウェルラント」
ジュリアがターロイを振り返ると、ウェルラントもこちらに目を向けた。
「そうか、ありがとう。私からも礼を言う。……ところで、君はジュリア様の身分を知っているようだな。この方が連れて来たのだから疑いはしないが、君の所属を聞いてもいいだろうか?」
その表情は本当に疑いを乗せていない。ジュリアが味方を『見る』ことを知っているのだろう。
どうせ所属を聞かれたところで、もともとターロイは彼に書簡を届けるのが役目、身分を偽る必要もない。ここで教団の名前を出さない方が後々の信用問題になる。
味方認定されている今なら、大丈夫だ。
青年は懐から書簡を取り出すと、ウェルラントに一礼した。
「俺はターロイ。グランルーク教団のグレイ・リードの下で働いている者です。ジュリア様を助けたのは偶然で、本来はグレイの書簡をあなたに届けるために来ました」
「……グレイの?」
領主に向かって書簡を差し出したが、何故か彼はそれを受け取らずに目を瞠ってまじまじとターロイを見た。
頭のてっぺんから足先まで、視線が数往復する。
何だろう、無言で観察されてるようで居心地が悪い。
「……あの、書簡を」
「あ、ああ、そうだな」
はたと我に返ったウェルラントは、書簡を受け取ってはらりと開くと、次の瞬間にそれを真顔で真っ二つに引き裂いた。
「え!? ちょっと……」
仲が悪いとは聞いていたが、いきなりそれか。
唖然としていると、彼はそれをそのままゴミ箱に捨てた。
「うむ、君がグレイの遣いだというのは間違いないようだ。あんなクソ内容のクズ書簡を送ってくるのはあいつしかいない」
クソ内容のクズ書簡? ……いったい何が書いてあったんだろう。
しかしウェルラントは特に怒るでもなく、ジュリアを上座に座らせると、ターロイにも着座を勧めた。
「ジュリア様の内々のお話は後で別室で聞くことにしましょう。……とりあえずターロイ、ここに至るまでの子細を教えてくれ」
そう請われて、ジュリアを助けたところからの状況を話す。
教団が山賊をそそのかして彼女を襲わせたこと、その後刺客が来てそれを撃退したこと。後で調査に向かうかもしれないから、吊り橋から刺客を三体谷底に落とした事も付け加えた。
「山賊を使ったということは、我々も知らなかったジュリア様の急な出立を、教団が事前に知っていたということか。……王宮内を少し掃除しないといけないな」
「でもあの怖い人たちはターロイがやっつけてくれたわ。あと、あの男の人も味方にもしたし」
「あの男の人? 誰のことだ」
ジュリアの言葉に、ウェルラントがターロイに確認をする。
もちろんディクトのことだ。が、一介の下働きが山賊を傘下に置いたなんて、言ってもいいものだろうか。
これから行動を起こすにしても、できるだけ慎重に、秘密裏に進めたい思いがあるのだけれど。
「あのね、ディクトっていう人」
しかしターロイが口を開く前に、ジュリアがさらっと答えてしまった。
「ディクト? ダルシ山賊団の切り込み隊長か。……ほう、あれを味方にしたのか」
おまけに、あの男、知られた名前らしい。となると下手にごまかすわけにもいかない。ウェルラントは明らかにターロイがディクトのことをどう説明するか、こちらの出方を伺っているようだった。
その瞳は探るようにターロイを見ている。
教団のぼんくら達とは違う。この男は騙されてくれない。何かを知っている。何かに感付いている。
ターロイは一つ息を吐いて、心を決めた。
まあいい。どうせそのうち、ここを巻き込もうと思っていた。だったらいっそ、早々と事実をぶつけて、ミシガルを有効利用させてもらおう。
グレイがターロイをウェルラントと引き合わせようとしたのも、必然だったのかもしれない。
「賊長と他の副長どもは全て殺し、ディクトだけを従えました。その配下共々、今は賊として動くことを禁じて、待機させています」
「お前はただのグレイの従者だろう。奴らを従えても過ぎたおもちゃではないか? ……興味深い使い道でもあればいいが」
ウェルラントの言葉は、どこかターロイを煽るような響きがある。
それならばと乗っかって、青年はニヤリと笑った。
「ただの従者が最強の部隊を作り、教団をぶっ潰すんです。領主様も興味はありませんか?」