暗闇を落ちる
天空の島の地下で落とし穴に落ちる。
やばい、もしかしてこのまま島の下から空に放り出されるのだろうか。
ええと、そうだ、ひよたんはどうしたっけ。
ターロイはもしもの事を考えて慌ててひよたんを探す。
モネに転移した時に肩に乗せていたはずだけど、そう言えばいつの間にかいなくなっていた。勝手に鞄の中に潜り込んだのだろうか。
「おい、これどこまで落ちるんだよ!? このまま島の底からポイとか勘弁なんだけど!」
地下だから当然だが、周囲は全くの暗闇。そこにディクトの声がする。
「しかしこの下に地面があると、全員落下ダメージで死ぬぞ。……着地の寸前に壁を蹴って上に飛ぶか……」
こんな時でもロベルトの声音は至極無感情だ。いや、逆にパニクっているからこうなのか?
そこに、緊迫感のないルアーナの声がした。
「んもう、下からの風圧でスカートがめくれちゃう。ここが暗くて良かったわ」
「くうっ、これが最期なら、それが見えるくらいのサービスしてくれてもいいのに……!」
ディクトが酷く悔しがっている。結構余裕あるな。
でも考えてみれば、ルアーナが一緒に落ちているいうことは、これは即死するような罠じゃないということかもしれない。
だって彼女は試練のことを知っているはず。
ここで死ぬような目に遭うなら、わざわざついて来るわけがない。
「なあ、ルアーナ、あんたは落下した先がどうなってるのか知ってるんだろう? 何があるか教えてくれ」
今後の手掛かりを得たくて訊ねると、彼女は小さく笑ったようだった。
「残念ながら、この先は知らないわ。うふ、だって終わりがないんだもの」
「……終わりがない?」
「つまり、永遠に落ち続けるってこと。この罠自体がガイナードの試練なのよ。……私が知ってるのはそれだけ。どうやってクリアするか、罠を出た後どうなるかは知らないの」
「ということは、この罠を解けないとみんなずっとこのままってことか……」
左手の方からイリウの声がする。目視はできないが、彼とは少し距離が近いようだ。
「だとすると、ルアーナは解き方も知らないのによくこの罠に一緒に落ちたな。出られなくなる危険があるのに」
「うふふ、あなたの能力と仲間の思考力を信じているのよ。……それに、クリアできた暁にはご褒美があるはずだもの。このくらいのリスクを取る価値はあるわ」
ルアーナの言うご褒美とは何だろう。この罠の設置者が残した事物か、はたまた何かの思惑の成就か。
少し気に掛かるけれど、彼女はどうせ答えてくれるまい。
この落下がガイナードの試練だというのなら、今はそちらに集中するべきだ。
「まずはこの罠の情報を集めるか。ティム、こういう罠について何か知ってる?」
ここまでずっと黙っているティムに声を掛ける。
おそらく彼は今こちらの会話より、罠の方に神経を向けているのだ。ターロイの呼び掛けに、ティムはようやく口を開いた。
「ん-、こういう人知を超えた罠ってあんまり文献にないんだよね。俺の研究ももっぱら仕掛け罠だから。……あーでも、魔法罠とはいえ、気付かずに掛かっちゃうなんて不覚~」
ティムの声は少し遠い。イリウの向こう側、離れたところにいるようだ。
「ティムでも分かんないか」
「落胆するのは早いよ! 罠というものは綿密な構造で一つの完成形を成すわけだけど、結局小さなギミックの積み重ねなんだよ。それを解明していけば、未知の罠も解法にたどり着くんだ。まずは徹底的な観察から!」
「観察するにも、何も見えないけどな」
「そういやそうか! でもまあいいや、大丈夫!」
ティムは相変わらずめげない。
「見えなくても分かることから整理していこう! みんなも気付いたことがあったら言って。疑問でも何でもいいよ」
彼が促すと、まずはロベルトが口を開いた。
「……根本的な疑問だが、俺たちはこんなに長くどこを落下してるんだ?」
「確かにそれ不思議だよな。もう天空の島の底突き抜けててもおかしくないのに、ずっと真っ暗だしさ。……もしかして、違う世界とかだったり?」
ロベルトの問いにディクトも乗っかる。それに答えたのはルアーナだった。
「いいえ、ここはアルディアの地下よ。この無限に落ちる罠自体はこの島の仕様を利用したものなの」
「島の仕様って?」
ターロイが訊ねると、彼女は特に隠すことなく説明してくれた。
「この天空の島アルディアが、あなたたちが住む地上の真上にあるのは知っている? まあ、見上げても見えないんだけど。でも、アルディアからは地上が見えるのよ」
「ああ、だから天人族は一方的に地上を監視・支配する上位種族だと言い張ってたんだよな」
そのあたりの知識はある。ルアーナは「そうね」と同意して話を続けた。
「でも実際は地上に降りることを禁じられた種族だったのよ。地上は見えているけれど、たどり着くことはできなかった。アルディアから飛び降りても、いつの間にか島の近くに戻されるの。おそらく途中に空間のねじれがあって、ループしてしまうのね」
「あ、なるほど! この罠はそのねじれを利用して、俺たちを落としては上に戻しを繰り返して、無限ループを作ってるってことか!」
ルアーナの説明で合点がいったらしいティムが声を上げる。
確かに、それならこの不条理な罠の作りも納得できる。
しかしターロイは別のことが気になって、ルアーナに訊ねた。
「……天人族が地上に降りることを禁じられたって……じゃあ、どうやってあいつらは地上に来ていたんだ?」
「……それは今必要な質問かしら? うふ、そういうのはまた今度ね」
何故かはぐらかされる。
しかしそれは彼女がその答えを知っていることに他ならない。
……また今度、か。
確かに今すぐ答えが欲しい問いじゃない。
まずはこの罠から脱することを考えなければ。




