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一旦休憩

「一休みなら甘いものをどうぞ~。紅茶もあるよ。みんな、器ある? はい、ルアーナさんも」


 少しの休憩を告げると、ティムが持参の焼き菓子を振る舞った。当然だが彼の手製だ。


「わざわざみんなの分持ってきたのか?」


「うん、楽しみにはおやつも持っていかなきゃと思って」


「……遠足気分かよ」


 でもまあ、疲れた身体と心に糖分はありがたい。実際、ほっとしたのかみんなの眉間のこわばりが取れたようだ。……ルアーナとティムは元々通常運転だけれど。


 ティムが注いでくれた紅茶も、どうやって保存して来たのか熱々で、飲むと落ち着く。何か容器に特殊な加工をしているらしいが、彼の説明を聞いてもよく分からないので聞き流した。

 とりあえず今度俺用も作ってもらおう。


 ターロイの斜向かいでディクトもその紅茶に口を付ける。

 すると何故かちらりと隣のロベルトを見、不意にティムに訊ねた。


「なあティム、砂糖ある?」


「砂糖あるよ-。俺は外に出る時は調味料を五グラムごとに熱で溶ける食用のカプセルに入れて持ち歩くことにしてるんだ。野営する時とかさ、このまま鍋に放り込んで味付けできるから簡単なんだよね」


 うわ、なんだそれ便利。これも今度セットで作ってもらおう。


「何、ディクトは甘くないと紅茶飲めない人?」


 向かいにいるイリウが揶揄するように言うと、ディクトは小さく首を振ってロベルトを指差した。


「俺じゃなくてこいつ。苦いの駄目なんだ。おまけに猫舌でさ」


「え? ロベルトが? ……意外」


「……飲めないわけじゃない。少し苦手なだけで」


 驚いたイリウの視線に、ロベルトが眉を顰めつつ紅茶を一口すする。しかし熱く苦かったのだろう、さらにきつく眉根が寄った。


「無理しなくていいよ~。こういうのは本人が美味しく飲んでナンボだよ? はい、砂糖。良かったらミルクもあるけど。かき混ぜるスプーンはこれね」


「……すまない」


 素直にそれを受け取ったロベルトに、ティムが少し呆れたため息を吐く。


「インザークでウチに泊まった時に出したコーヒーも苦かったでしょ。無理して飲んだの? 最初に言ってくれれば俺は気を遣わずに準備できるし、君も美味しく飲めるし、お互いハッピーになれるのに」


「……以後気を付ける」


 ティムがロベルトを諭している……。何だか妙な光景だ。


「まあ、ロベルト見て甘党のイメージは湧かないもんな。この見た目で「砂糖とミルク下さい」って言うのは結構勇気がいるかも」


 イリウが苦笑すると、ロベルトはそれに頷いた。


「子供っぽくて恥ずかしい、と昔言われた。それ以来、あまり言わないことにしている」


「言われたって、誰に?」


「……ウチのじいさんだ。十歳の頃に」


「十歳って、子供じゃん!」


 思わず突っ込むと、ロベルトの隣でディクトが肩を竦めた。


「そんなの気にするなって言ってんだけどな。特に身近な奴には言っちゃった方が後々楽だし。今時、甘党の男だって多いんだから」


「ロベルトにまさかそんな悩みがあるとは……。確かに顔に似合わずとは思うけど、逆に親しみやすくていいんじゃないか?」


「だよなあ、女心をくすぐるんじゃね? どう、ルアーナ」


 ディクトがルアーナに意見を求める。

 それに彼女は特段の感情を乗せずに微笑んだ。


「うふ、そうね、可愛いと思うわよ」


「ほら見ろ、良かったじゃん!」


「良かったじゃんと言われても」


 特に女ウケを狙っているわけではないロベルトにはピンとこないらしい。

 渋面で少しぬるくなった甘いミルクティーをすすった。


「……ついでに言ってしまうが、俺は酒も全く飲めない。だから宴席も苦手だ」


「へえ、それも意外」


「俺はそういうの引っくるめてロベルトの人間的魅力だと思ってるけどね」


 ディクトがそう言って彼の頭を大型犬にするみたいにわしわしと撫でる。それだけでロベルトの眉間のしわはすぐに消えた。


「うふふ、本当にロベルトは、ディクトの忠犬みたいね」


 その様子を見ていたルアーナが、意味深な笑みを浮かべる。

 彼女は横座りをしていた身体を大げさに捩ってちらりと太腿を晒し、両腕で挟めて豊満な胸を強調した。


 また視覚による魅了の重ね掛けか。

 そう言えば、邪香油の匂いは随分薄れている気がする。確かティムが、嗅覚による刺激は即効性があるものの慣れるのが早いと言っていたから、そのせいで感じにくくなってるだけかもしれないが。


 それにしても、文献に残るほど罠の知識を持つルアーナが俺たち相手に、何で未だにこんな緩い魅了を掛けるにとどめているのかが不思議だ。彼女なら身一つだって、触覚や聴覚からもっと強い暗示を掛けることができるはずなのに。


 結局緩い魅了だけをまとって、ルアーナはしなを作った。


「ロベルトってとても強いわよね。うふ、さっきの戦いでもとても頼もしかったわ。また危ないことがあったら、私を護ってくれるかしら?」


「……そうだな、構わない。ディクトの指示があったらだが」


 素直に頷いたと思ったら条件付きか。ぶれないな。

 しかし、つまりロベルトにとってはまだディクト>ルアーナということ。魅了の効果が薄いのだ。

 しかし彼女は気にせずににこりと笑った。


「ふふ、ディクトのこと、本当に好きなのねえ」


「俺はディクトに全幅の信頼を寄せている。こいつの犬と言われるのは褒め言葉だ」


「ちょ、やめてくれる? 人聞きの悪い。俺は犬扱いとかしてないからね?」


「ほんと、真っ直ぐなひと……。うふ、これなら……」


 ルアーナがロベルトしか見ていない。ディクトの言い訳もどうでも良さそうだ。

 ……もしかして、ロベルトを引き抜く気じゃないだろうな。


 彼女の不自然さを少し警戒しながら様子を見る。

 すると不意に、スコップを手にティムが立ち上がった。


「ターロイ、みんなが休んでるうちに、この部屋の罠を探しに行ってもいいかな?」


「え? ……いいけど」


 相変わらず彼は空気を読まない。自由な男だ。


 しかしティムは探索に行く前に、何故かルアーナの死角でこちらに目配せをしてきた。

 ……もしかして、俺にもついて来いということか?


「……俺も様子を見に、一緒に行こうかな」


「うん、じゃあ一緒に探そう! 奥の扉あたり、怪しいと思うんだよねえ」


 ティムは普段と同じような調子で応じる。

 それにディクトたちはこちらを見たけれど、ルアーナは二人に興味を示さなかった。ずっとロベルトに意識を向けている。気にはなるが、今はその方が都合が良い。


 ターロイは立ち上がると、足早にティムの隣に並んだ。

 すると彼は少しだけ後ろを振り返って、それからこちらにもう一つのスコップを渡してきた。


「……邪香油の効き目はほぼなくなってるよ。イリウさんたちは魅了に掛かってる自覚がないからまだ薄く効いてるけど、俺は抜けちゃった」


「やっぱり香り弱くなってるよな。視覚的魅了はまだ掛けてくるとはいえ、何でもっと強力な魅了系の罠使わないんだろう……いや、使われても困るんだけどさ」


 ティムにはもう魅了が効いていない。しかし遅かれ早かれ、こうなることはルアーナにも分かっているはずだ。

 なのに、何故?

 不思議に思っていると、ティムが答えをくれた。


「彼女が今後も俺たちを利用しようと考えてるからだよ。最初から使い捨てにするつもりだったらこちらに思考させないで操って、自分を護る盾にしてたはずだもの」


「俺たちを利用……まあそれは分かるけど、それと魅了が緩いのに何の関係が?」


「強い魅了は意思を奪われるんだよ。だから術から覚めた時に、操られていたことに気付いてしまう。そうすると再利用が難しくなるし、最悪敵対されるだろ。そこで殺してもいいと思う相手なら、強い魅了を掛けるんだ」


「つまり、これからも利用するために、俺たちには覚めても魅了されていたことに気付かない程度の罠を掛けてたってことか」


「そういうことだね」


 壁際まで進んだティムは、スコップで壁をコツコツと叩きながら話を続けた。


「ターロイは『初頭効果』って知ってる?」

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