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天人族の宮殿

 丘の上の宮殿までは結構距離がある。

 そこに至る道中、ティムはルアーナにずっと話しかけていた。


「罠の文献を調べてると、ルアーナさんの実験資料ってたくさん出て来ますよね! 過去にルアーナさんが使った罠の研究とか、かなりしましたよ!」


 そうなのか。ティムが彼女の使う邪香油に妙に詳しかったのは、罠関連の研究の成果だったわけだな。


「……そうね、実験には色々関わったから。うふ、でもあなたの好きな仕掛け的な罠よりも、私は他人を陥れる罠の方が得意なのよ」


「そっかあ、カッコイイですね! 俺、他人の心の機微とか全然分かんないから、そういうの向いてないんですよ!」


 そうだな。ティムには絶対向いてない。

 多分今ここにいる他の全員がそう思っている。


 それにしても、他人を陥れる罠が得意だなんて平然と口にするルアーナが恐ろしい。魅了の効果のせいで、ターロイ以外は大して気にも留めていないようだけれど。


 そもそもルアーナはグランルークの英雄伝説のパーティーの中でも、その行動からあまり英雄視されない人間だった。

 唯一グランルークだけを崇拝していて、他の仲間のことは目的のためならすぐに裏切る。グランルークのためなら何でも犠牲にする。

 だから仲間との絆を重視するアカツキとは犬猿の仲だったらしい。


 とは言っても、決して考えなしなわけじゃないのだ。


 グランルークに好意的な者には不必要に手は出さないし、目的達成に使える者とは協力もする。今回のように。


 それでも、目的を達成した途端に手のひらを返されるなんていくらでもあり得る話で、ターロイは気を引き締めた。




「……おい、あれは何だ?」


 しばらく歩いていると、不意にロベルトが上空を指差して首を捻った。

 つられて全員が空を見上げる。


 何だろう、羽根のある物体。逆光のせいで黒く見えるそれは、距離感もよく分からなかった。

 だが、ぐんぐんと姿が大きくなってくる。すごい速さで近付いているのだ。

 大きい鳥かと思ったが、その輪郭が見えてくると、全く違うものだということが分かった。


「あら、面倒なのが来ちゃったわね……。あなたたち、死にたくなければ木陰に隠れなさい」


 最初にその正体に気付いたらしいルアーナが、みんなを木陰に誘導する。それに従って茂みに隠れ、ターロイたちは息を潜めた。


 まもなく羽ばたきの音が大きくなり、さっきまで凪いでいた風が渦を巻き始める。そして嵐のような突風と共に、頭上を大きな影が通過した。


「……ドラゴン……!?」


 その姿を認めて、ディクトが呆然と呟く。 

 宮殿に向かって飛んでいったのは、確かにドラゴンだった。正確には竜人族だ。


 大戦でほとんどが死滅したはずだが、生き残りがいたのか。

 しかしその生き残りが、なぜ彼らの住処である竜の谷でなく、天人族の島にいるのだろう。竜人族が天人族と友好関係にあったとは聞いたことがないけれど。


 その行方を見ていると、ドラゴンは宮殿の庭らしきところに降り立ち、そのまま姿を消した。おそらく建物に入るために人化したのだ。


「宮殿の中に入ったみたいだぞ。……まさか、あれと戦うのか?」


 困惑気味にルアーナに訊く。ターロイの問い掛けに、彼女はまさか、と肩を竦めた。


「さすがに、ドラゴンと戦うなんて自殺行為だわ。特に、ターロイがガイナードの封印を解ききるまではね。あいつには見付からないように、気を付けて行きましょう」


 とりあえずドラゴンと戦う必要はなさそうだ。良かった。


 竜人族は、この世界に創造された全種族の中で、最も強いとされているのだ。この人数で、ドラゴンキラーも炎耐性も持たずに勝てる相手じゃない。


 ターロイたちは木陰から出ると、再び慎重に道を進み出した。





「……でっかい宮殿だな」


 ようやくたどり着いた建物は、間近で見るとかなり大きかった。

 この宮殿しか建造物がないということは、天人族全員がここに住まっていたのだろう。


 隔離された島で全員が同じ場所にいるのだから、当然塀などもありはしない。宮殿の入り口も開口したままだった。

 すぐにでも侵入できそうだ。


 けれど、さっきルアーナはいきなり突入してはいけないと言っていた。


「ルアーナ、ここからどうすればいいんだ?」


「そうねえ、まずは外から講堂に行きましょう」


 建物の中には入らず、彼女の指示に従って講堂らしき一角へと向かう。さっき入っていった竜人族はどこに行ったのか、生きた者の気配はしなかった。


「……静かだな。まあ当然か、天人族は滅んでんだし」


 イリウが周囲を見ながら呟く。


「生活感もねえよな。ウチの拠点と比べるのも何だけど、これだけの大所帯だったはずなのに、周囲に畑や家畜小屋の跡もない」


 ディクトも辺りを眺めて、美しいだけの風景に首を傾げた。


「まあ、天人族は自称神の使いという立場と軍事力で、地上にいる種族から農作物や金品を搾取していたからな。無ければ下級種族から奪えば良いという感覚で、自分たちで生産をすることなんてなかったんだよ」


「……何だかその考え方、今の教団に似てるな」


 ターロイの説明に、ロベルトが眉を顰める。

 言われてみれば、確かにそうだ。


「そんな状況からできあがった綺麗な風景なんて、空虚なだけだろ。俺は家畜の糞が転がっているような場所の方が生きてる感じがして好きだわ」


「俺も同感」


 ディクトとイリウは感覚が似ているのか、すぐに同調した。

 ターロイもその意見には賛成だ。


「天人族が滅びという結果を招いたことが全てを物語ってるよな」


 彼らの所行の代償は大きかった。

 そう考えて呟くと、何故かルアーナが小さく笑った。


「うふ、ただ滅んでれば良かったんだけど。……さあ、ここが講堂よ。窓からこっそり中を覗いてご覧なさい。何が見えるかはお楽しみ。大きな声を出しては駄目よ」


 思わせぶりに言って、彼女が口元に人差し指を当てる。


 ……どういうことだろう。

 ターロイたちは足音を忍ばせて講堂の窓際に寄ると、そこからこそりと中を覗いた。

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