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吊り橋で

 尾行に気付かないふりをしながら街道を行く。


 やはり奴らは吊り橋に着くまで襲ってくるつもりはないようだ。

 背中にこれ見よがしに充魂武器の槍を掛けているのも、いい牽制になっているのだろう。


 途中で一人増え、背後からの気配は二人。刺客に斥候あたりが合流したのかもしれない。


「……ジュリア様。後ろを向かないようにして下さい」

「え? は、はい」


 後方に聞こえないように小声でジュリアに指示を出す。それに彼女が身体を緊張させたけれど、マントフードを被らせていたから、背後からは分からないだろう。


 そして彼女も敵がいることを察したはず。しばらくは気を張っていてくれれば、対応も早くなる。




 それからさほど経たないうちに、視界に吊り橋が入ってきた。


 深い谷川の上を渡る、そこそこ長い橋だ。しかし造りは簡素で、足場となる木の太枝の両端を縄で縛って、連綿と繋げてあるだけ。それを手すりとして引かれた太いロープと所々を固定して、幾らかの安定を保っている。


 正直、戦うには到底向かない場所だ。


 しかしそれは相手にとっても同じ事。ディクト達が吊り橋の出入り口を封じてくれれば、敵もこの状況で戦うしかなくなる。


(そろそろ、だな)


 吊り橋に差し掛かり、ターロイは背負い紐の金具に掛けていた槍を外して手にした。


「ジュリア様。この吊り橋は不安定で危険です。左手でそちらの手すりロープを掴んで」


 そう言ってターロイはジュリアの手を離して手すりを掴ませ、自分は逆側の手すりを掴む。

 それから空いた方の手に槍の柄の端を持って、刃先を地面につけた。


「では右手でこの槍を掴んで下さい。俺が支えてますから、少し安定して歩きやすくなりますよ。……決して、離さないで下さいね?」


 何かを察したジュリアは、素直に頷く。

 後ろに敵がいる、その状況下でのターロイの判断に従う心づもりがあるからだ。

 彼女が槍を握ると、青年は刃先を地につけたまま、それを引き摺るように歩き出す。


 これで一本だけむき出しで持っていた充魂武器をすぐに構えることができなくなった。

 きっと背後では教団のバカどもがほくそ笑んでいることだろう。


 それでいい。

 大いに油断してくれ。



 さて、少女を連れて吊り橋を渡り始めてすぐに、前方から深くフードを被った男が二人、歩いてきた。

 それに気付いたジュリアの緊張が槍を通じて伝わって来たけれど、あえて気付かないふりをする。反応するのはもう少し、十分に近付いてから。


 背後からの刺客も完全に吊り橋に乗ったことを足下の振動から察知して、ターロイは口の中でブツブツと何事かを呟いた。


 そして橋の中央に差し掛かったとき、おもむろに背中のハンマーを手に取った。一つ、大きく息を吸う。


「行くぞ!」


「おう! 待ってたぜ兄貴!」

「挟み撃ちを挟み撃ちだぜ!」


 声を上げると、それを待っていたようにディクト達の隊が現れて、吊り橋の前後を塞ぐ。良いタイミングだ、が、いつの間に俺は兄貴になってたんだ。後で訂正させよう。


「ジュリア様! 身を低くして、動かないように!」


 王女に短く告げて、ディクト隊の出現に動揺した前方の男二人に向かって駆け出す。悪い足場を体幹で修正しながら上体を安定させる。


「くそっ、何だこいつら、襲撃が知られていたのか!?」


 ターロイの突然の強襲に驚いた男が武器を取り出したけれど、そんなの間に合うわけがない。


 ヘッドの小さなハンマーで、ターロイは一人目の男の破壊点を打突した。


「塵化」


 ターロイが呟いた途端、男は霧散するように粉々になった。文字通り、破壊物を塵と化す言葉だ。

 それを目の前で見たもう一人の男は、竦み上がった。


「なっ、何をした、貴様……っ!?」


 慌ててターロイから距離を取るように後退する男。


 こちらが一歩踏み出すと、その倍以上の距離を後ずさる。男の背後からはディクトが向かってきているが、動揺して気付いていないようだった。結局刺客どもは充魂武器を持っていないようだし、後はこのまま彼に任せていいだろう。


 ターロイはそこで初めて後ろを振り返った。


 それとほぼ同時に、後ろからつけていた刺客の二人が、うずくまって動かないジュリアに襲いかかった。


「バカめ、前ばかりに気を取られやがって! 小娘の命は頂くぞ!」

「充魂武器もガキに持たせたままなんて、とんだ間抜けだな!」


 前に突っ込んだターロイは、まだ王女から少し離れたところにいる。急いで戻っても間に合わない。

 刺客達はこの状況に、ジュリアを殺して充魂武器を取り上げれば、自分たちの勝ちだと確信した。

 吊り橋の出口を塞いでいる男共も、これなら簡単に蹴散らせる。


 しかし、二人で勢い込んでジュリアに飛びかかろうとした瞬間、ポキ、と軽い音がして、刺客の足下の太枝足場が真ん中から折れて抜けた。

 咄嗟に武器を捨てて次の足場を掴んだが、それも折れて、橋は刺客の身体を支えてはくれなかった。


「うわああああ!」

「ひいぃぃぃ!」


 二つの悲鳴が同時に谷底に消えていく。それともう一つ、ディクトに任せた男の悲鳴も谷底に落ちていった。


 よし、予定通り。


 ジュリアを槍に掴まらせて、導くふりをしながらその切っ先で足場の破壊点をなぞり、一部だけ踏み込めば壊れる程度に先に破壊しておいた。

 それに敵はまんまとはまってくれたのだ。


 王女が言いつけ通りに動かず、囮になってくれたのも良かった。彼女が怖がってターロイの近くに逃げてきたら、奴らは近付くのを後込みしたかもしれない。しかし前に攻めて行ったターロイと適度に距離が空いたおかげで、刺客どもは踏み込んできたのだ。


「ジュリア様、もう大丈夫ですよ。怖かったでしょうが、よく動かず我慢しましたね」


 彼女に握らせたままだった充魂武器を放させて、その手を取って立ち上がらせる。それから笑顔でぽんぽんと頭を撫でると、ジュリアは強張っていた身体から力を抜いた。


「……もう、終わった? 大丈夫?」

「これを直せば終わりです。今日、ミシガルに着くまでは安心していいと思います」


 そう言ってから、戦いの始末をするために足場に跪く。吊り橋がこのままでは、他の旅人が通行できなくなってしまう。

 ターロイは腰に下げたポーチから膠を取り出して、ポッキリ折れた太枝をくっつけていった。


 もちろんこんなことをしなくても再生の能力で戻せるのだが、こういうパフォーマンスをしておかないと色々面倒臭いのだ。破壊に関しては適当にこじつけられるが、再生に関してはごまかすのが難しい。


「兄貴、そんなんで直るもんか?」


 後ろから近付いてきたディクトが覗き込む。


「平気だ。これは特別配合で作られた超絶無敵強力接着剤だからな。あとその兄貴やめろ。俺はお前のようなおっさんの兄貴になった覚えはない」


 全てを元通りに直して立ち上がると、ジュリアがディクトから距離を取るようにターロイの陰に隠れた。そしてじっと男を見つめる。


 ……そう言えば、この男は昨日彼女たちを襲った山賊だった。

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