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ルアーナの棺

 モネの街中はすっかり廃墟と化していた。


 石造りの家はまだいくらか形を残しているが、木造の家はほぼ土台を残して焼け落ちている。

 大通りの石畳も崩れた家屋の破片で割れたり陥没していたりで、まっすぐ通り抜けることはままならなかった。


「……頭で分かってはいたけど、ひでえな……」


 イリウがその光景を見て呆然と呟く。

 自分の住んでいた街がこんな無残な状況になっているのだ、ショックなのは当然だろう。


「少し街を巡ってみるか?」


「……いや、いい。今更壊れた自分の家を見ても、何にもならないしな。それより、早いこと生き残ったみんなをここに戻さないと」


 こちらの提案を断って、イリウはただ周囲を見回した。


「守護者はどうしたんだろうな? 見た感じ、いないようだが」


「サーヴァレットはサージに戻ったはずだから、どこかで停止していると思う。でもそれを地上から騎士団が撤去したとも思えないし……もしかすると、人間の魂を食いきった時点で、自分から崩落した墓地の中に戻ったのかもな」


 教会のあった方に進むと、ターロイたちが街を出た時よりも崩落の穴が広がっていた。

 街の破壊の余波を受けたのか、それとも守護者が戻るために開けたのか。


 とりあえず教会裏庭の入り口を直すまでもなく、瓦礫を伝って墓地の中に下りられそうだ。

 ターロイたちは足場を確かめながら地下に下りた。


「ウェルラントからの連絡では、地下墓地の中までは調査しなかったと言っていた。俺たちについでに調査を頼むと言っていたから、少し寄り道するぞ。どちらにしろ、この中はくまなく歩かなくちゃいけないし」


「ふおおお~前時代の墓地かあ! ここに遺跡が隠されているなんて、どんな罠があるのかわくわくするなあ! さあ、調査しよう!」


 相変わらずティムは一人でテンション高い。

 目を爛々と輝かせて、勝手にどんどん中に進んで行ってしまった。仕方なしに我々も彼の後に続く。


 入り口付近は潰れてしまっていたけれど、少し奥の地下牢あたりまでは崩れていない。そこから先の、前時代の棺がある横穴を手前から調べつつ進んで行った。


 そして例の大きな棺のある横穴にさしかかる。

 なんとなく慎重に中を覗くと、思った通り、棺には剣を持たない守護者が収まっていた。


「……やはりいるな」


「地上にいられるよりはマシだけど、結局こいつがいるとなると、モネの街に脅威が残るんだよな……。何とかなんねえのかな、守護者って」


 イリウが眉根を寄せて嘆息する。

 しかし、こいつは不死者だ。術を解く方法が分からない限りこの世界から消すことは難しい。


「街にサーヴァレットが入らないようにするしか、今のところ方法がないんじゃないか? まあ、街が復興すれば今後は王国軍が街の出入りを管理するだろうし、サージが入ってくることはないだろ」


「根本原因が残りっぱなしっていうのが、すっきりしないんだよな……。仕方ないんだが」


「とりあえず、新しい遺跡にはいつも前時代の研究文献が置いてある。その中にヒントがあるかもしれないし、まずは遺跡を探そう」


 そう言ってイリウを先に促そうとしたところで、すでにいくつか先の横穴まで調べていたディクトたちが声を上げた。


「ターロイ! 一番奥の穴に胸のでっかいねーちゃんがいる!」


「ちょ、ディクトさん、そこ手前に罠があるから踏まないで! 前時代の圧力感知板が割れちゃいますよ、貴重なものなのにもったいない!」


 どうやら何かを見付けたようだ。

 急いで一番奥の穴に駆けつける。するとちょっと興奮気味のディクトと、無言のロベルトと、地面に釘付けのティムがいた。


「胸のでっかいねーちゃん?」


「そこの棺の中! この透明な蓋は水晶か何かかな。鍵が掛かってるみたいなんだけど」


 言われて、そこに横たわる棺の中を覗くと、確かに女性が入っていた。ミイラになっている様子はなく、その肌は眠っているだけのように瑞々しい。


「すげえ美人じゃね? 衣装もすごいよな、胸元の開き方とか、スカートのスリットとか。あー、眼福」


「……俺はこういう破廉恥な格好をする女は好かない」


 おっさん丸出しのディクトの横で、ロベルトは腕を組んで仏頂面をしている。教団にいると女性との接点が少ないから、こういう刺激の強い女性は苦手なのかもしれない。


 しかし、ターロイは彼らの話は耳に入らなかった。ただただ目を丸くする。


 ソバージュの掛かった胸まである赤い髪、豊満な肉体、そして左腕にある文様。

 彼女の姿は、古きガイナードの知識の中に存在した。


「ルアーナ……」


 思わず呟いた名前に、イリウが瞳を瞬かせる。


「ルアーナだって? ……それってまさか、前時代のグランルークの伝説の、パーティの一人だった女?」


「そうだ。グランルークの仲間は皆、大戦後の消息が分かっていないが、こんなところにいるとは……」


 いや、でもアカツキもガイナードの能力封印場所に眠っていたし、もしかして居るべくしてここに居るのかもしれない。もちろん、その理由はわからないけれど、彼女を起こすことができれば何か分かりそうな気がする。


 ちなみにルアーナは赤い瞳に赤い髪、カムイと同じコネクターと呼ばれる人間族特有魂術の持ち主だ。

 ガイナードの知識によると、ずっと不死の術の研究に関わっていたらしいが、その途中でグランルークと出会い、以来彼に付き従っていたようだ。


 気になるのは、彼女は精神的に病んでいて、グランルークのためなら何でもするちょっと危ない人間だということ。


 だから目を覚ましたところで素直に話を聞いてくれるかは甚だ疑問ではあるが、しかし、わざわざここに棺があるということは、どちらにしろルアーナを起こす必要があるのだろう。

 遺跡の入り口を探す前に、棺を調べてみるか。


 ターロイは棺の手前で地面や壁を調べるティムに声を掛けた。


「ティム、罠は解除できたのか?」


「ん? この罠はもう発動した後だよ。以前誰かが引っかかったんだろうね。圧力板を踏むと横の射出口から矢が飛んでくるタイプなんだけど、もう機関が死んでる」


「反応しないのかよ!」


「ちょっと、踏み込まないで! この罠の機関一式、掘り起こすから! このスイッチとか圧力板は、今は作れないんだよ。微量な魔力が宿った魔法鉱石でできててさ、一連の罠には同じ周波数の魔力が流れてるんだ。つまりこれでワンセットってこと。これを応用展開すれば、大がかりな罠も作れるんだよ!」


 そう力説されても、共感はできかねる。

 今日の目的は罠の回収ではないのだ。


「罠の回収は後にしてくれ。まだこれから遺跡の入り口も探さなくちゃいけないし、待ってられないだろ」


「探すも何も、ここが最奥だよ。もしかして遺跡なんてないんじゃない?」


 確かに、他にもう横穴はない。しかし、地図が間違っているとは思えないし、モネに何かあるはずなのだ。


 そう考えて、再びルアーナの棺を見る。


 ……あれ? なんとなく遺跡だと思い込んでいたけれど、ちょっと待て。ガイナードの欠片があるなら、遺跡である必要はないんじゃないか?


 たとえばこの棺、見るからにガイナードの特殊な能力なしには開けられない。

 これを開けることでルアーナが目覚め、その背中にガイナードの欠片がくっついているなんて展開も十分ありえる。


 ターロイはティムが掘り出している圧力板を跨いで、棺の側に立った。


 水晶の蓋には魔力が通っている。力尽くで割られないための防御術式が掛かっているんだろう。下の棺桶も魔法鉱石だ。

 その蓋と棺桶の接合部分に、やはり魔法鉱石で作られた鍵が付いている。わざとらしく鍵穴が壊されているのは仕様に違いなかった。


 これは、思った通りってことか。


「……ティム、ちょっと下がってろ。戦闘になるかもしれない」


「よし、圧力板掘れた! もういいよー」


 ……この緊張感のない返事、気が抜けるな。

 ターロイは一度気を引き締め直して、棺の鍵に手を当てた。


「みんなも、一応武器を構えておいてくれ」


 言いつつ、鍵の読み込みを始める。

 思ったより複雑ではない。部品は全部そろっているようだし、鍵穴と、魔法鉱石で作られたシリンダーが抜け落ちているのを直せばすぐに開きそう……。


「えっ!?」


 簡単に開くと思ったその瞬間、流れ込んできた鍵のデータに別のアイテムが混じってきた。鍵の中に組み込まれていたのだ。

 必然的に、そのアイテムが起動してしまう。


 うわ、これ罠か!


 それに気付いた時には、ターロイたちは地下墓地から姿を消していた。


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