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ディクトを巡って

消化話。ディクトがやたらに好かれてる理由。

次回で三章終わりです。


「ディクトは教官としてかなり有能だと思うけど。何がそんなに面倒だって言うんだよ」


「……お前はディクトをどう思う」


 ロベルトが真顔で問い返す。


「ディクト? 人を育成する能力に長けていて、防衛戦が得意。仲間を大事にしてる。面倒見が良くて人たらし。んで、ちょっと抜けてるかな」


「賞賛すべき点はまだまだあるが、まあ、そんなとこでいいだろう。しかしずっと以前のディクトは、にこりともしないゴリゴリの固い鬼教官で、教え子たちに恐れられていた。もちろん昔から育成の力はずば抜けていたが」


「あー、その話は前に聞いたな。確か、グレイのせいで今のディクトになったとか」


「……きっかけはグレイだが、俺も大分関わっている。……ま、その話は置いておいてだな、教団にああいう人間は元々はいなかったんだ。だから、ディクトが今の指導スタイルになったときは、部隊組織にかなりの影響が出た」


 確かに、ディクトの気質は教団では異色だ。命令通りに動く人間を作りたい教団の中で、教え子を伸ばし育て、個性を重視する彼のやり方は煙たがられただろう。


「もしかして、その時にディクトは教官の末席に追いやられた? 希望者と並以下の人間の指導しかしてなかったんだろ?」


「……それは、追いやられたというよりは、ディクトが自分から志願した。落ちこぼれを自分の手腕で育てるのが楽しかったらしい」


「あー、あいつそういうの好きそう……」


「そもそも僧兵部隊の中でも使えないとレッテルを貼られた人間ばかり相手にしていたから、教団の上からは何も言われてなかったのだ。……ただ、すぐにディクトの育成能力が部隊組織に影響を及ぼし始めた」


「……ディクトの育てた落ちこぼれが、一流の戦士に生まれ変わったのか?」


 だとすると、下位の部隊が上位に近い部隊と同じ戦力を有するようになる。部隊の力関係もおかしくなるだろう。

 下位部隊は本来自身より上位の部隊には絶対服従だが、立場の逆転が起きる。それはかなりの影響が出そうだ。


 ……しかし、それはあくまで教団組織での話。

 この拠点で教官をすることには、何の影響も与えないと思うのだけれど。


「力による序列の教団部隊だったら問題だろうけど、ここでは関係ないだろう。あんたがディクトの教官業務を嫌がる理由にはならないぞ」


「勘違いをするな、俺の論点はそこじゃない。問題は、今の指導スタイルになってからのディクトが、教え子たちに与える精神的影響だ」


「精神的影響?」


「ずっと落ちこぼれ扱いを受けていた奴らは、自己肯定感が低い。それがディクトによって適性に合わせて導かれ、褒められ、ぐんぐん力を付け、やがて自分を落ちこぼれ扱いした奴らを追い抜いていく。自信が付き、自己肯定感が上がる」


「いいことじゃないか」


「……そこまではな。しかし、ここまで来ると十中八九、そいつらはディクトという人間に傾倒してしまう。あいつが大なり小なり、部下や教え子に好かれるのはこのためだ。自己肯定感が低かった者ほど、ますますディクトを崇拝するようになる」


 ああ、ハヤテなんかはまさにそれか。

 ……しかし他人事のように語っているけれど、ロベルトだって重度のディクトフリークに見える。最初から強かったらしい彼が自己肯定感が低かったとも思えないのだが、ロベルトのディクト好きはまた違う理由なのだろうか。


「まあ別にいいんじゃないのか、好かれてたなら。それの何が問題なんだ?」


「当時、教団のそういう人間の間でディクトの争奪戦が始まったんだ。それなりに成長してしまえば、教官の下からは抜けなくてはならない。そうして部隊に最配属された奴らが、ディクトを自分の部隊に引き入れようとし始めた。元落ちこぼれと言ったって、名家や貴族の子息だ。積む金はある」


「……わざわざ金を積んで自分の部隊に? 同じ教団内にいるんだし、そこまでしなくても……」


「教団には他にディクトのような人間はいないと言ったろう。おそらく、そいつらはみんな同じ事を言う。『ディクトは癒やしだ』と。だから手元に置きたいのだ。……特にあれだ、頭を撫でて褒められるやつ。あれにやられてる奴が多かった」


 ディクトが癒やしだというのは、ハヤテとロベルトに限った話じゃないのか。頭ナデナデも誰にでもするんだな。やはり癖みたいなものなんだろう。

 ……しかし、彼らみたいなディクト好きが何人もいたのでは、確かに収拾がつかなそうだ。


「そのうちディクトを引き抜きたい者同士で小競り合いが始まったりしてな。ディクトにも危害が及びそうな事態になった」


「そこでロベルトがディクトを保護した?」


「そうなる。ちょうどディクト絡みで第一小隊を潰した矢先だったし、一応俺には教皇の孫の肩書きがあるし、人事を脅して半ば強引に部隊に引き入れた」


 そう言ってから、ロベルトは少し不満げに腕を組んだ。


「その時に、もう育成は止めろと言ったんだ。面倒なことになるからと」


 ああ、なるほど。ここでやっとディクトが教官をすると面倒だということに繋がるのか。長かったな。

 さっきディクトがロベルトの来訪に慌てたのは、彼のこの言を無視していたからに違いない。


「だから、それはあくまで教団での話だろ。ここでそんなことにはならないよ」


「……程度の差こそあれ、すでに今の新人どもはディクトに傾倒している可能性がある。あいつの人たらしっぷりはかなりのものだぞ。本人が自覚していないのがまた、たちが悪い」


「いやまあ、もし新人たちに好かれているとして、ディクトが騎士団に引き抜かれるとでも?」


 ターロイが呆れたように肩を竦めると、ロベルトは少し逡巡した。


「さすがにあの新人だけでその力はないか……。しかし、絶対ないとは言い切れない。そもそも、これ以上ディクトに癒やしを求める人間を増やしたくないんだが」


「結局ライバルを増やしたくないだけかよ!」


 普通にしてれば寡黙で頼りになる男なのに、何でディクトに関してだけはこんなにヤバい奴っぽいんだろう。ハヤテもだけど。


 こういう奴らに好かれて大変だなと思う反面、しかしディクトにも大いに原因がありそうだ。

 うん、今後はあまりこの話題に関わらないようにしよう……。


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