ディクトとロベルト
消化話。あんまり内容ないです。あと2話で3章終わりです。
修練場に入ると、ディクトが騎士団の新人三人に稽古をつけていた。
ハヤテは別のところで指弾の修練をしているのか、姿が見えない。彼はロベルトと仲が悪そうだったから、とりあえず初っ端から鉢合わせしなくて良かった。
「ディクト!」
稽古の邪魔にならないようにロベルトを修練場の入り口の外に待機させて、ターロイだけでディクトを呼びに行く。
「おう、お帰り、ターロイ。今回は結構な長旅だったな」
いつもの調子で応じた彼は、教え子たちに素振りの指示を出してこちらに歩いてきた。
「今、騎士団の新人に稽古つけてやってるんだ」
「さっきイアンに会って聞いた。ウェルラントの依頼だろ?」
「そう。いやあ、久しぶりに教官時代を思い出すわ~。こんなとこにいる無名の俺の稽古なんか最初はすげえ嫌がられたけど。教団の時もだったが、騎士団の新人も、若いのはやっぱり見るからに強そうで名前の通った人に教えてもらいたいんだよな」
「まあ、教団の部隊も騎士団も、貴族や偉いとこの子息がメインだからな。格下に教えられるのは嫌なんだろう」
「格下って、身も蓋もない……まあ、そうだけどよ」
「でも今はちゃんとディクトに従ってるんだろ?」
「ああ。教えたことを実践してみて、成果がでれば俺をいくらか信用してくれるようになるからな。もちろん最初は大変だが、ちゃんと育てればこの修練で格下の意見も聞ける人間になるし、最後までしっかり教えるさ」
そう言うディクトはどこか楽しそうだ。
やはり人を育てるのが好きなのだろう。教官としての資質は申し分ない。
それなのに、ロベルトは何で教官をしているディクトを「面倒」だなどと言ったのか、はなはだ疑問だ。
「ところでずっと連絡なかったけど、旅はどうだったんだ? ガントでロベルトに会った?」
ロベルトの話をこちらが出す前に、ディクトがそこに言及した。
当然、昔の仲間として気になっていたのだろう。ターロイは問い掛けに素直に頷いた。
「会った。そして連れてきた」
「へ? 連れて……?」
ディクトが目を丸くする。
「俺の能力であいつのオリハルコンの輪っかを外せたんだ。今は正常に戻ってる。……そこの入り口の外にいるんだけど、呼んでいいか?」
「ちょ、ちょっと待って。ここではまずい。とりあえず稽古止めて、人気のないとこに……」
「ディクト!」
何だか慌て始めたディクトだったが、そこに痺れを切らしたロベルトが乱入してきた。
待ってろと言ったのに、こいつ、ホントにちょいちょい俺の言うこときかねえな。
「うわ、マジでロベルト……!」
ロベルトを見てディクトが顔を引きつらせる。それを気にせずずんずんと歩いてきたロベルトは、半ばディクトに衝突するような勢いで彼に抱き付いた。
「ディクト、無事で良かった……!」
「ぐっ、ちょっと、苦しっ……内蔵潰れる! い、息ができな……ターロイ、助けてくれ! っ、抱き潰される……!」
がっちりホールドされて、ディクトの顔色がどんどん青くなる。
ロベルト自体は今までにない良い笑顔なので悪気はないのだろうが、力が入りすぎだ。
ターロイはロベルトの腕を叩いた。
「ロベルト、このままだとディクトが死ぬぞ」
「……ああ、悪かった、つい」
ようやく腕の中のディクトの様子に気付いたロベルトが力を緩める。その隙に腕の間から抜け出したディクトは、何度も大きく空気を吸い込んだ。
「すまない、もう二度と会えないとずっと思っていたから、感極まった」
「……ふぅ、死ぬかと思った……。まあ、突然でびっくりしたけど、お前も無事で何よりだったよ。頭の輪っか、ターロイが取ってくれたんだってな。良かった」
呼吸が幾分落ち着いたディクトが、手を伸ばしてロベルトの頭を撫でる。ハヤテにもよくやるが、これはディクトの癖なのだろうか。
身長も体格もディクトより俄然優れているロベルトだが、こんな子供扱いにも何だか嬉しそうだ。
しかしその手をロベルトが何故か掴もうとして、それに気付いたディクトが慌てて腕を引っ込めた。すんでのところで、ロベルトの手のひらは空を掴む。
「……チッ」
それにロベルトが小さく舌打ちをしたのを、ターロイは聞き逃さなかった。
……何だ?
ディクトを見ると、また少し顔が引きつってる。
「……ターロイ、すまん。俺はまだ稽古があるから、ロベルトを連れて戻ってくれ。話は後で」
「それはいいけど……」
ちらりと横目で見たロベルトはなんとなく不機嫌になったように見える。しかし文句を言う様子もないから、そのまま連れて行くことにした。
「じゃあロベルト、今のうちに建物の中の案内と、部屋決めをしよう。ついてきてくれ」
「……分かった」
おとなしく従うロベルトを連れて修練場を出る。
そしてそのまま住居棟に向かった。
……ロベルトはずっと無言だ。何か気まずい。
いつものロベルトならこんな無言が続いても平気なのだが、今の彼は隠しきれない不機嫌が漏れているのだ。
さっきのディクトとの何かが理由なんだろうが、皆目見当も付かない。
「……久しぶりに会ったディクトはどうだった? おっさんになってたろ」
とりあえず当たり障りのなさそうな話題を振ってみる。するとロベルトは間髪入れずに答えた。
「教団にいた頃より可愛くなってた」
「かわ……」
思わずしょっぱい顔をしてしまった俺を誰が責められようか。
おっさんにはあまり使わない形容詞だと思うんだけども。
……つまりは良い表情になったってことだよな。そう解釈しておこう。ハヤテといいロベルトといい、ディクトフリークの美的感覚は分からない。
「……まあ、良かったな」
どう返していいものか、考えあぐねて答えると、ロベルトは眉間にしわを寄せた。
「良くない。あれで教官なんて、また余計な心配が増える。面倒だ」




