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出立

 まだ空が薄暗いうちに目を覚ましたターロイは、隣に眠るジュリアを起こさないようにベッドを下りて、出立の準備を始めた。


 今日の道行き、彼女を連れている分、当然歩みは遅くなる。

 それに自分の見立て通りなら、吊り橋のあたりで一悶着あるはずだ。それを加味して、日暮れ前にミシガルに着く算段を立てる。


(ディクトはいいとして、他の奴らの戦力は期待できないからな……。それに、刺客が充魂武器を持っていたら、俺以外では相手ができない。そのときは、あいつらには吊り橋の出入り口のフタ役に徹してもらおう)


 吊り橋は二人で並んで歩くのがせいぜいの幅しかない。おそらく敵は居ても四人から六人程度だろう。自分一人なら何の問題もない。

 しかし前後から攻められて、かつ王女を守りながらとなると、少々頭を使う必要がある。

 吊り橋のロープを切られる心配もあった。


(俺が充魂武器を五本も持っているから、いきなり吊り橋を落として谷底へ、ってことはないだろうが)


 充魂武器は遺跡からしか手に入らない稀少なものだ。余程切羽詰まらないかぎり、吊り橋のロープを切る可能性は低いだろう。とは言え、戦っていれば敵の剣が触れるかもしれないし、無駄な動きはできない。


(とすると、今日使うのはこれだな)


 ターロイはハンマーの背負い紐にフックを取り付けて、充魂武器の槍をそれに引っ掛けた。







「……おはよう、ターロイ」

「おはようございます、ジュリア様」


 空が白んできた頃合いで、ジュリアが目を覚ます。ターロイは笑顔を作って挨拶をすると、昨日のうちに宿に用意してもらっていた卵とベーコンのサンドウィッチとミルクをテーブルに並べた。王女のミルクには蜂蜜を落としてやる。


「すぐに朝食にしましょう。王宮の食事に比べたら大分素食ですが、ミシガルに着くまでは我慢して下さい」

「ううん、十分よ。ありがとう」


 ベッドを下りた彼女は、すぐに手際よく身なりを整えた。それだけでジュリアの普段の冷遇が覗える。

 本来王族なら、着替えから身支度までを使用人がするもの。一人で支度などできはしない。……つまり彼女は普段から使用人が付けられていないのだ。


 教団は、国王が未成年なのを理由に権力を簒奪し、彼女らに最低ランクの貴族程度の生活しかさせていない。

 国王サイのところにグレイが往診するのを制限しているのも、国王が権勢を持つほど健康になってしまうのを阻むためだった。


(教団の力を削ぐには、やはりまずは王国側に力を付けてもらわないといけないな。利用価値がなくなってしまう)


 となると絶対ここでジュリアを死なせるわけにはいかない。王国の、特に国王の士気に関わる。




「この食事が終わったら、早めにここを出ます。昨晩も言いましたが、ミシガルに着くまでは俺を信じて、従って下さい」


 食事をしながら言うと、少女は素直にこくりと頷いた。


「もちろん。わたくしは無力です。こういうときは庇護して下さる方の負担にならないように動きなさいと、兄様に言われてるの」


 その言葉で、彼女がここにいるのを兄王も了承しているのだと知れる。

 ジュリアを溺愛している彼が、その妹をこんな危険な状況に置かなくてはならない事態が、王宮で起こっているということだ。


「賢明な助言ですね」


 サイともグレイの関係で少し話をしたことがあるが、なかなか聡明な男だった。確か自分と同じくらいの歳だったはずだ。

 彼は自身にできることとできないことを理解した上で、政治学や哲学などを学んでいた。その知識を妹にも教えているのだろう。


「わたくし達は王族という肩書きを持っているけれど、それだけでは何にもならない。自らは臣下や民を守るための気概や知識を持ち、皆からは守ろうと思ってもらえる人間性を養い、王族だと認めてもらうことが肝心なんですって」

「なるほど」

「だからターロイがわたくしを庇護してくれるのは、認められたようで嬉しいの。無力なわたくしは、あなたを信用することでしか気持ちを返す術がないのだけど」


 驕っている教団には絶対出てこない考えだ。

 国王には臣下が少ないからこそ、それを大事にしようという意識がある。庇護をしてくれる人間への感謝がある。


「信用して頂ければ十分です。では、約束して下さい。もし敵が現れて俺が戦い始めたら、その場にしゃがんで絶対動かないこと。あなたに敵が襲いかかって来てもです。必ず俺が守りますから」

「わかったわ。ありがとう、ターロイ」


 王女だというのに、爵位も何も持たないターロイにぺこりと頭を下げる。


「お礼を言うのはまだ早いですよ」

「どうして? わたくしを守ってくれるのですもの、お礼を言うのは当たり前だわ」


 にこと屈託なく笑うジュリアに、つい苦笑する。


 教団の管理下にありながら、兄と数少ない臣下のおかげで、随分と純粋培養されてきたようだ。きっと王女として国民の前に出れば、人懐こい笑顔と心根で人気が出るに違いない。


 彼女に恩を売っておいて損はないだろう。


 後に自分が起こす変革に、必ずこれは生きてくる。







 食事を済ませて宿を出たのは、朝日が地平の上に半分くらい出た時分だった。


 まだ他の旅人は起き出して来るくらいの時間で、外にいるのは青年と少女だけだ。予定通りの状況。この方が何かと都合が良い。

 今二人の周囲に人がいるとすれば、敵か、ディクト達かのどちらか。このわかりやすさは戦いを有利にするはずだ。


 件の吊り橋は宿からそう遠くないところにある。他の旅人が動き出す前に、決着を付けるのが最善。

 ターロイは周囲の気配を探りながら、ジュリアの手を引いて街道を進んだ。


 草原の広がる小高い丘を越え、小さな林の中を行く。


 しばらくすると背後に人の動く気配を感じて、振り返らずに意識だけを向けた。

 不自然な足運びの音、抑え気味の呼吸音。少女を連れているために歩みの遅いこちらに、近付き追い越す様子もなく一定の距離を保っている。


 来たか、教団のクズども。


 ターロイは内心で敵の来訪を確信した。

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