はめられた司教
イリウを連れてスバルたちと合流すると、焼け落ちるモネを見ながら呆然としていた住人たちはにわかに沸き立った。
「イリウさん! 無事だったのか! 良かった!」
「なかなか姿を現さないから心配したよ!」
「あんたが生きてれば、きっとモネは復興できる!」
金貸しという生業のわりに、人望があるのはその人柄のおかげだろうか。私財が全て焼けてしまって無一文、今のイリウには貸せる金もないはずなのに。
しかし何はともあれ、住民に気力が戻ったのは良いことだ。
「スバルとユニも、護衛ご苦労さん。俺たちがいない間に何か困ったことはなかったか?」
「スバルはイノシシが出たので伸したくらいです」
見れば少し離れたところに大きなイノシシがひっくり返っている。鼻っ柱が潰れているのは、拳の一撃だけで伸した証拠だろう。
ありがたい、これは後で捌いて食料にしよう。
その成果にドヤ顔をしているスバルの横で、ユニが口を開いた。
「ボクたちは何でもないけど、さっきの司教の人が、教団の人に連れて行かれるのを見たよ」
「さっきの司教……って、ダーレ司教か? 教団に連れて行かれた?」
まあ、彼は教団の人間だ。他の教団員を護衛として連れ立っていてもおかしくはないのだが、「連れて行かれた」という表現に違和感を覚えた。
「ダーレ司教は教団の中でもそこそこ高位の人間だ。それを連れて行くって……」
「でも、腕に縄を掛けられてたよ。先頭で馬に乗ってたのは教団の同じようなローブを着た人だった」
「……腕に縄を? ローブが同じということは、司教クラスの人間があの人を連れて行ったってことか。……こんなタイミングで?」
その理由を考えると、いくつかの教団の思惑に突き当たる。
このモネの一連の騒動は、もはや賊の仕業に見せかけるには度が過ぎていた。
だから主導者としてダーレ司教に罪をかぶせ、一人矢面に立たせるつもりなのかもしれない。
彼が失脚することで得をする人間は、いくらでもいる。その地位を狙っている者、管轄していた土地が欲しい者、上納金の分け前を増やしたい者。
多分そいつらが、サージの火消しに走っていたダーレ司教をはめたのだ。
この騒動の首謀者がサージであるからには、きっとダーレ司教は息子の罪をかぶり、弁明しないだろう。おそらくそれも織り込み済み。
教団もダーレ司教を人質にしておけば、わがままなサージがいくらか扱いやすくなると考えたに違いない。
「……ダーレ司教ははめられたな」
ロベルトも教団の思惑を感じ取ったようだ。
「ああ。事の発端はもちろんサージだが、おそらくそれを利用されたんだと思う。考えてみれば、そもそも権力に弱くて小心者のあいつが街を閉鎖して略奪の限りを尽くすなんて、教団の許可も得ずにできるわけがないんだ」
「……それは、つまりサージの独断ではなく、教団ぐるみでモネを蹂躙したということか?」
「いや、教団組織として許可を出してるとは思わない。それだったら今まで通り、選抜部隊を組んで守護者を使う方が教団の被害もないし手っ取り早いからな。……俺の見解だが、教団から略奪の許しが出ているとサージをそそのかした奴がいたんじゃないだろうか」
ターロイは今回の騒動にどこか違和感があった。もしこれがサージの独断だとしたら、あの考えなしがここまで周到にやりきれるわけがないのだ。
きっと誰かが裏にいる。
「……ふむ。そう言うからには、何か根拠があるのか?」
「この一連の流れが、過去の神託による村の殲滅を踏襲しようとしていることだ。サージは今まで選抜部隊に選ばれたことが一度も無いのに、そのやり方をなぞっている。あの馬鹿が自分で調べたわけはないし、誰かに入れ知恵されたとしか思えない」
「その誰かが最初からサージにこの悪行を教唆して、その罪をダーレ司教にかぶせるつもりだったということか。……とすると、ダーレ司教を連行していったという奴がその『誰か』だろうな」
「守護者の出現はさすがに想定外だったろうが、街に火を掛けるのは決まっていた様子だし、もともと今日ダーレ司教を連れ出すつもりだったに違いない。……せっかく逃がしてやったのに、あの人は次の行き先も牢屋かもしれないな」
ターロイは大仰に肩を竦めた。
悪いが、彼に関われるのはここまでだ。
後はこちらに関係の無い教団内部での話。我々も内輪もめで囚われたダーレ司教を助けに行くほど酔狂ではないし、暇でもない。
ミシガルに急がねばならないのだ。
……サージをそそのかした『誰か』の正体は気にはなるけれど。




