モネからの脱出・イリウ視点
ターロイとロベルトが苦戦を余儀なくされている間に、イリウはいくらか距離を取ることができた。
そもそも彼は接近戦だと役に立てない。
ある程度後退して、矢尻に特殊な加工がされた矢を弓につがえた。教会の倉庫から物色してきたものだ。
「二人とも、そいつから離れろ!」
言いざまに矢を放つ。二人が守護者の前から飛び退いた瞬間に、それは守護者の喉元あたりにぶつかった。
途端に仕込んであった火薬が暴発する。
その衝撃で仰け反った守護者に、連続で特殊効果のある矢を撃ち込んだ。
しかし毒、麻痺、混乱、いずれの特殊矢も効かない。
一応身体に刺さりはするが、ダメージらしいものは全く食っていないようだった。
それを確認して、再び爆薬矢を三連発で撃つ。
今の攻撃で、足止めは物理的な力が働かないと効果がないことが分かった。そして痛覚が無いらしいことも。
「イリウ、ありがとう、助かった!」
守護者が体勢を崩している隙にターロイとロベルトがイリウの近くまで後退してきた。
礼を述べたターロイの声にはまだ切羽詰まった響きがある。当然、このまますんなり逃げ切れる状況ではないからだ。
「この攻撃は不意打ちみたいなものだ。次はもう効かないだろう。今のうちにできるだけ出口の近くへ」
ロベルトが視線を守護者から離さずに誘導する。それに従い、後ろの警戒は二人に任せて、イリウは出口に通じる階段付近まで先に走った。
そこで振り向くと、すでに体勢を立て直した守護者がロベルトに襲いかかるところだった。
切り結び、辛うじてしのいでいるが明らかに劣勢だ。
彼の剣捌きが徐々に精彩を欠いてくる。
その横からターロイがハンマーで加勢をし、サーヴァレットの剣筋を逸らした。
「ロベルト、出血してるぞ! さっきの魂術のダメージが響いてるなら先に下がれ!」
「お前こそ下がっていろ。こいつにエア・バーストをお見舞いして吹っ飛ばすから、その隙に地上に向かうぞ」
「そんなことしたら、同時に吹っ飛んでお前の方が大ダメージだろ! いいから、もう少しだけ後退しろ! イリウ、少しの時間でいい、守護者の足止めできるか!?」
ターロイがロベルトを庇い、攻撃をいなしながら訊ねてくる。
それにイリウは弓に矢をつがえつつ答えた。
「おう、任せろ!」
引き絞った弓につがえているのは普通の矢だ。それを守護者の膝の関節を狙って放つ。
ガキンと矢尻が骨と擦れる音がする。関節の隙間に入り込んだ矢は、痛みを感じないためにそのまま動こうとした守護者の可動を狂わせた。
下半身が不整合を起こして、振り下ろした剣が大きく逸れて地面を打つ。
バランスを崩してそのまま前のめりになった守護者の右肩の関節に、イリウはもう一本矢を撃ち込んだ。
これですぐには攻撃に移れないはずだ。
その間にロベルトが階段に到着し、ターロイだけが少し離れたところで守護者に向き直る。
視線の先で、守護者が可動を邪魔している矢の存在に気付いてそれを取り払っていた。
「ターロイ、何してる!? 今のうちに地上に出ないと……」
ロベルトの呼びかけに、ターロイはこちらを見ずに返す。
「あんたらは先に出てくれ。このままでは地上に出てもすぐにまた追いつかれる。……この場所の真上は教会の建物だ。ここを崩落させて、守護者を下敷きにする」
「いや、ちょっと待て! そんなことしたら、お前も埋まっちゃうんじゃないのか!?」
驚いたイリウが訊ねたけれど。
「平気だ、俺には時限破壊がある。五秒あれば逃げられる」
ターロイはそう言って、ハンマーを構えて守護者の動きを計った。
イリウもロベルトも時限破壊というものがどういうものなのかよく分からない。しかし、何か考えがあってのことなのだと理解して、先に地上に出ることにした。
と言っても、木製の上げ蓋を開いたところで、ターロイは階段を駆け上がって追いついてきたが。
「……ターロイ?」
何事も起こっていないのに出てきたターロイをイリウとロベルトが疑問に思ったその時、すごい地響きがして、教会が土台から瓦解し始めた。
階段の下から、崩落の音に混じって守護者の呻く声が聞こえる。
「上手くいったみたいだ。今のうちに街を出るぞ!」
急かされて、イリウは慌てて塀の方に走った。確かに早くしないといけない。教会が崩れたのを見たら、周囲にいる僧兵も集まって来てしまう。
「この塀の向こうが一番外に近い。ターロイ、ハンマーで破れるか?」
「もちろんだ。砕破!」
ターロイはいとも簡単に塀に綺麗な穴を開けた。
そして三人で穴を抜けると、僧兵が追って来れないように、その穴をふさいでしまった。
どうやっているのかすごく気になるけれど、今はそれどころではない。イリウは裏通りを渡って、城壁のところに二人を案内した。
「ここを出ればとりあえず街の外だ」
「よし、モネから脱出しよう」
さっきと同じようにターロイが城壁に穴を開けて外に出る。
壁一枚隔てただけだというのに、そこは街中とは明らかに空気が違うようだった。
皮膚にさえ感じるようなぴりぴりとした妙な緊張感からやっと解き放たれる。
そこでようやく三人は大きく安堵のため息を吐いた。
「酷い目に遭ったな……。ウェルラントにそれなりにいい報酬をもらわないと割に合わないよ」
「……こんな苦戦は中々経験しない。俺もまだ鍛える余地がありそうだな」
「俺は最近、苦戦しかしてない気がするわ」
ターロイが肩を竦め、ロベルトが自身の傷を検めながら自戒している。
「……助けに来てくれてありがとな。正直、お前らが来てくれなかったら住民全員殺されてたと思うわ」
イリウは落ち着いたところで頭を下げた。
住民のほとんどはサーヴァレットの餌食にされてしまったけれど、残された人間がいるのなら復興は可能だ。
街がこんな状態ではもう教団が常駐するうまみもない。すぐに去って行くだろう。
そうすればモネはすんなり王国軍の管理下に置かれる。
税金も下がるし、治安も向上する。未だに教団の管理下にある街からの移住者も望めるはずだ。
「他の住民も、イリウが無事だと知ったら安心するだろうよ。スバルとユニが森で彼らを守ってくれてる。まずはみんなと合流しようか」
「そうだな」
ターロイの言葉に頷いて歩き出す。
みんなと再会したら、とりあえずこれからの街のことを話し合わなければ。
イリウがそうして新しいモネのことを考え始めたところで。
突然、城壁の内側、モネの街中で大きな火の手が上がった。