守護者の目覚め
横穴を入っていくと、さっきの男が両足をじたばたさせて宙に浮いていた。
壁に立て掛けてあった大きな棺の中から腕が伸び、僧兵を掴み上げていたのだ。
……守護者の仕業だ。
守護者が、神託もないのに勝手に動いていた。
「な、なんだ、あいつは……」
異様な姿を見て呆然と呟くイリウに、ターロイが答える。
「モネの守護者だ」
「守護者!? って確か、街村を守る神の僕だよな? あれが……?」
「実際は街村を守るんじゃなく、神の託宣を忠実に遂行するだけの僕だけどな。……でも、おかしい。こんな街の状態で神託なんて受けているとは思えない」
過去に遭遇した村の壊滅は、二度とも深夜のことだったし、その際は司祭による選抜部隊が組まれて入ってきていた。そして闇に紛れて殺しと略奪をしていたのだ。
しかし、今回はまだ昼間、それに街はとっくに住人がおらず、金品はほとんど略奪され尽くしている。今更守護者を動かさないだろう。
だとしたら、こいつは一体、何のために動き出した?
「ひぃいい、放せ、降ろせ!」
棺から身体を半分乗り出した守護者は、喚く男からサーヴァレットを取り上げた。
常人の二倍近い身長の守護者がショートソード同等のサーヴァレットを持つと、随分と小さく見える。しかしそれは、守護者が柄を握り込んだ途端に変化した。
まるで周囲の空気から何か物質を抽出したように、サーヴァレットが大剣へと組み変わっていく。
ターロイは、組み上がったその大剣にかすかに見覚えがあった。
「あれは、ヤライが襲撃された時に守護者が持っていた剣と同じ……?」
守護者自体はもちろんヤライの時と違う。しかし、剣は。
「あの時の剣もサーヴァレットだったということか……?」
ターロイが目を丸くして呟く前で、守護者は大剣を僧兵に突き刺し、それを光の粒子に変えた。
そして、のそりと棺から全身を現す。
殺気のようなものはまるでまとっていないけれど、その死神のような出で立ちから来る異様な雰囲気に、知らず肌が粟立った。
「おい、ロベルト、守護者や神託について、何か知っていることはあるか? こんなふうに勝手に動き出すなんて想定外なんだが……」
「神託については俺も詳しくない。ただ、守護者は特定の鍵で動かすと聞いたことがある。おそらくそれがサーヴァレットなのだろう。今回は偶然、それが守護者の元に届けられてしまったのだ」
「……ということは、神託のあった時は教団の者が守護者の元に来て、サーヴァレットを持たせて動かしていたということか。どうやって制御するんだ、こいつ……?」
守護者を使役していたということは、教団はこいつをコントロールできるのだろう。手当たり次第周囲を襲うサーヴァレットをどうやって指揮下に置いているのか。
不思議に思って訊ねたターロイに、しかしロベルトは首を振った。
「守護者をコントロールするのは不可能だ」
「……ぇえ?」
つい間抜けな声を上げてしまったその時。
守護者が獣のようなうなり声を上げ、こちらに首を巡らせた。
「ちょ、俺たちロックオンされたんじゃないか? 攻撃するべき?」
イリウが困惑気味に弓を構える。ロベルトも剣を抜いて、一歩下がった。
「倒すことを考えるより逃げるのが先決だと思う。本当かどうか知らないが、守護者は不死身だと聞いている。ダメージを与えようとするより、牽制しつつ後退しよう」
「ロベルトの言う通りだ……が、一筋縄ではいかないぞ。守護者には自我がない。今回勝手に動き出したのがサーヴァレットの導きによってだとしたら、完全に剣の支配下に置かれているということだ。かなり戦いづらいだろう」
「そんなのと戦いながら逃げるのか……骨が折れるな。ところで、逃げるって言っても、守護者も追いかけてくるだろ。逃げ切れるのか?」
イリウが矢をすげ替えながら訊ねる。
それにターロイは頷き返した。
「街の外まで逃げれば平気だ。一般には知られていないが、街や村には結界が張ってある。守護者はその結界から出られないんだ」
「街の外までか……。だとすると、最短で行くなら教団の裏庭に出た後は敷地の塀を壊して、通りを越えた先の城壁を破ればいいな」
「ルートの選択はモネ住民のあんたが一番詳しいから、任せる。まずは地上に出るぞ」
さっき住民を逃がした穴をもう一度掘れればいいのだが、そこは守護者の向こう側だ。一発で貫通する距離でもないし、リスクが大きすぎる。
結果ターロイたちは、じりじりと背中を見せないようにしながら後退するしかなかった。
一方、守護者はしばらく剣と身体が馴染まないようでギシギシとその場で動いていたが、やがて剣を握り直すと、こちらにまっすぐ身体を向けた。
「……来るぞ」
ロベルトがぼそりと呟いたと同時に、守護者がさっきまでの鈍い動きとは全く違う速さで肉薄してくる。
突然迫ったサーヴァレットを、まずはターロイがハンマーでいなした。
「……重いな、くそ! あの大剣、見た目だけじゃなくて質量も増えてる!」
魔法金属でないターロイのハンマーではサーヴァレットの刃に負けてしまう。こういう時は真っ向から行かずに力のベクトルを逸らすのだが、その軌道を変えるだけでも随分重い。
その分、相手の動きが遅いのなら対処もしやすいのに、守護者はそれを軽々と扱うから、さらにたちが悪かった。
敵の追撃を今度はロベルトが引き受けたけれど、防戦の得意な彼でさえ押され気味だ。切り結ぶたびに身体が左右に振られる。
「重くて速い、その上人間らしい動きの癖がないから太刀筋が読めない……かなり厄介だ……!」
たまらず距離を取っても、すぐに詰められる。僅かずつは後退できているものの、どんどん神経がすり減っていく。
純粋なサーヴァレットの力は、ここまで強いのか。