ロベルトとサージ
ぶち壊す勢いで扉を蹴り開けて中に入ると、折檻用の棍棒を持つ僧兵が二人、驚いたようにこちらを振り向いた。
床に横たわった男がそのうちの一人に踏みつけられていたが、反応する様子がない。どうやら気絶しているようだった。
そしてその奥に登場人物がもう一人。
ソファに座って、のうのうと折檻を眺めていた男がいた。
サージだ。
元々良い人相ではなかったが、しばらく見ない間にさらに目つきが悪くなり、身体が痩せ、目元がくぼんでいた。
「な、何だ、お前たちは!?」
先にこちらに威嚇して来たのは僧兵二人だ。
それに合わせるようにロベルトが前に出てくる。
「こいつらは殺していいな?」
そう呟くと、彼はターロイが返事をする前に飛び出して、一太刀で二人とも斬り捨ててしまった。わざわざ訊く意味あるんだろうか。
とりあえずその隙に横たわった男を回収し、壁際に避難させる。
傷だらけ、顔も腫れ上がってしまっているが、イリウで間違いない。後でユニに回復させなくては。
「ターロイ……!? お前ら、どうやってここに来やがった」
目の前であっという間に部下が殺され、盾がなくなったサージが酷く愚鈍な様子で立ち上がる。慌てているのに、身体が思うように動かない感じだ。
「お前の手下連中がみんな街の略奪に夢中で警備してねえから、簡単に来れたよ。お前に似合いの部下ばかりだな」
「う、うるせえ! 下民の金を俺たちが回収して有効に使ってやるんだ、何が悪い!」
声を荒げたサージを、剣を収めたロベルトが一瞥する。
「……お前の言う下民がいなければ、そもそもお前たちは生きていけないのだがな」
静かなその言葉に、サージは目くじらを立てた。
「何だと!? 俺を馬鹿にするのか!?」
「彼らが農業や畜産で食料を調達し、商人たちがそれを流通させてくれるから飯が食える。彼らが木を切り出し、石を積み、住む家を作ってくれるから雨風をしのげる。彼らがその感謝を上納してくれるからお前たちは生活できる。……ではお前は彼らのために何ができるのか? その答えが金品の強奪なら、お前は死ね」
「ふ、ふざけるな、下民が! ただの自己弁護じゃねえか! 俺は選ばれた人間なんだ! お前らよりずっと格上なんだぞ! 教団の至宝サーヴァレットを託された実力の持ち主だ! ……はは、このサージ様がすぐにお前のようなゴミをこの世から消してやるんだからな!」
こちらを下に見て、サーヴァレットに手を掛けながら見得を切るサージに、ロベルトは特に腹を立てる様子もなかった。この状況にその主張が何の意味も成さないことを知っているからだ。
しかし父は違ったようだ。
息子の言葉に、ダーレ司教は慌てて前に出てきた。
「な、何という不敬なことを言うのだ、サージ! ロベルト様、申し訳ございません」
「構わん、俺は別に何とも思っていない。ただ、先に聞いてはいたが、本当にべらべらと自己紹介すると思わなかったから少々呆れているだけだ」
ロベルトに頭を下げる父親を見て、サージは目を瞠った。
「……親父!? 何でここに……。つうか、教団の司教のくせに、何こんな男に頭さげてんだよ……」
「口を慎め、サージ。この方は教皇様の実孫、ロベルト様だ。訳あって今まで身を隠しておられたが、お前よりずっと格上の方だぞ」
「教皇様の、孫……!?」
そう告げられて、権力に弱いサージはすぐにさっきの勢いを失ってしまった。サーヴァレットの柄に掛けていた手がだらりと下がる。
困惑して言葉を失った息子に気が付いて、今だとばかりにダーレ司教は説得を始めた。
「これからの教団は、ロベルト様が救って下さる。お前も非道なことはやめて、司祭の職務を全うしてくれ。……まずはそのサーヴァレットを手放すんだ。それはお前を操ろうとしている」
「な、何言ってんだ、ふざけるな! サーヴァレットのおかげで、みんな俺に従うんだぞ!? 俺は選ばれた人間なんだ!」
「そうだ、お前は選ばれた。サーヴァレットの生け贄にな……。皆がお前に従うのは、その剣に対する恐怖、それだけだ。外から与えられたものでは、本当のお前の価値は上がらないんだよ」
「うるせえ! サーヴァレットをずっと持ってりゃ、みんなずっと俺に従うんだからそれで問題ねえんだよ! 大司教様もこれさえ持ってりゃ教団でもっといいポストにつけるって言ってたし!」
「もう少し、物事を注意深く見なさい、サージ。お前は今、どんどんサーヴァレットに支配されている。今のうちに気付かないと、手遅れになる」
息子を救いたいダーレ司教の言葉は切実だ。
けれどサージは彼の心を汲むだけの余裕がなかった。それどころか、諫めれば諫めるほど猜疑心を募らせているようだった。
その目が疑念に歪んでいく。
「もしかして、親父もサーヴァレットが欲しくなったんじゃねえのか? だから俺に手放せと言ってるんだろ。俺がうらやましいんだ」
「違う、そういうことじゃない。……その思考がすでにサーヴァレットに洗脳されている。疑うべきは私ではなく、自分の内側だ。お前の本当の敵は外ではなくお前の中にいる」
「わけ分かんねえこと言ってんじゃねえよ! ……そうか、親父こそ洗脳されてるんだ。お前らの仕業だろう!」
サージの矛先がいきなりターロイとロベルトに向いた。
父親よりも手っ取り早く怒りを向けやすい相手だからだろう。
その手が再びサーヴァレットの柄に掛けられる。
さっきまで愚鈍だったサージの雰囲気ががらりと変わったことに気付いたロベルトも、自身の充魂武器の柄に手を掛けた。
「ダーレ司教、後ろに下がって下さい。これ以上の説得は無理です」
「くっ……サージ……」
ターロイはダーレ司教を部屋の入り口付近まで下げると、ロベルトの横に並んでハンマーを構えた。
「ロベルト、気を付けろ。サージとサーヴァレットの馴致が進んでいる。剣の主導で来る攻撃は殺気がないから、あまり突っ込まないようにな」
「了解した」
ロベルトに短く指示を出す。すると二人が話す様子を見て、サージが我が意を得たりとばかりに口端を上げた。
「この男が教皇様の孫ってのも嘘じゃねえか。下民のターロイにタメ口きかれてんじゃん。こんな奴が偉いわけがねえよ。……全く、親父に妙なこと言わせやがって……」
それにロベルトは真顔で答える。
「今この瞬間に、俺が教皇の孫であろうがなかろうが、何か関係あるか? 俺にとっては、『俺』が『俺』であることの方が重要だ。『お前』は、ちゃんと『お前』なのか?」
長い間、彼は『ロベルト』ではない時間を過ごしていた。だからこその言葉。地位も肩書きも、自身の本質を表すものではない、他人から見たただのラベルにすぎない。
この問いはそれをサージに気付かせようとしたのだろうが、肩書きにしか縋るものがない男は、それを理解するのを拒んだ。
「はあ? 何言ってんのか分かんねえな。『司祭』で『偉い』『金持ち』『サーヴァレット持ち』、それが『俺』だ」
「それを誇るのは結構だが、全てが他人軸だと言っている。そこに『お前』はいるのか?」
「うるせえな、意味不明な説教なんか聞きたくないんだよ! 余程消されたいらしいな!」
苛立つサージが彼の言葉を拒絶するように喚いて、サーヴァレットを抜き放つ。
「……不憫な男だ」
ロベルトはそれに小さくため息を吐くと、サージの戦意に応えるように鞘から充魂武器を引き抜いた。




