『英雄』スキルと狂戦病
「『英雄』スキルは、仲間を守るために鬼神のように戦うところからその名前が来ています」
「発動条件は俺の発作と変わらないんだよな。仲間が傷付けられるっていう……。でも、『英雄』スキルは狂戦病と違って味方を襲わないみたいだし、別物じゃないのか?」
「結論から言うと、私は同じものだと思います。あくまで推察で、確証ではないので細かいことは語りませんが」
そう言って立ち上がったグレイは、書棚から紙の束を取り出した。
「これはアカツキの祠から持ち帰った獣人族に関する文献を解読してまとめたものです」
ターロイの方に向けて差し出された紙束にはびっしりと、解読した内容とグレイの考察が入っている。
グレイはそこから『英雄』スキルに関するページを取り出して、ターロイの前に広げた。
「ここにあるのはあくまで獣人族の『英雄』スキル。もちろん人間族も全く同じとは限りませんが、同様の能力を得る事例は存在します」
そこに書いてある『英雄』の能力は、スバルに聞いたものとだいたい同じだ。
全能力のブースト、物理攻撃への特化、魔力を伴う攻撃の封印、体力の限り続く狂戦士化。
……しかし、おかしい。肝心なことが書いていない。
「……あれ? 敵を殲滅し、味方を守るような文言がないんだな。当然のことだからか? ……でも、狂戦士化って、無差別攻撃のイメージが……。このままじゃ俺の狂戦病と変わらなく見えるな」
「その通り。『英雄』スキルとは、ほぼほぼターロイの狂戦病と同義の、無差別攻撃スキルです」
「え!? それって、英雄とはほど遠いんじゃ……」
「そうなんですけどね。法則性を利用して上手く使うとかなり良いスキルなんです。あなたにも言ったことがあるでしょう。狂戦病は状況と考え方によっては最強のスキルだと」
そう言って、グレイは別の用紙をターロイの前に差し出した。
そこには、『英雄』スキルの法則が書き込まれている。
よく見るとスキルの持ち主本人ではなく、周囲の者が心得るべき内容がまとめられていた。
「スキルが発動するのは仲間の誰かが敵の攻撃を受けて怪我をしたときです。その場合、『英雄』スキルは最初、必ず仲間を攻撃した敵を狙います。途中で向かってきた者は殺しますが、まずその狙った相手を殺すまで、他の者には行きません」
「それを殺すと、次は殺意を持って向かってくる者、近くにいる者、逃げる者の順番で攻撃していく、と。つまり味方はこれを逆手に取って、『英雄』スキルが発動したらまずは即座に距離を取って逃げればいいわけか。……でも、敵を倒し終わったら、『英雄』に体力がある限りは逃げてる味方も攻撃しにいくんだろ? 結局仲間も手に掛けることになるじゃないか」
「そこで登場するのがひよたんです」
「ひよたん?」
グレイが指差した紙面を見ると、『英雄』スキルの枠外にひよたんの項目があった。
そこには『英雄』スキル保持者のために作られた魔道具だと書かれている。
「ひよたんの使える能力を覚えてますか? 形態変化した状態で使える、『合体』と『逆使役』です。『合体』はさらに形態変化して、使役者の背中に翼として張り付きます。それによって飛んで移動することが可能になる」
「飛んで移動? それはすごいな」
「次の『逆使役』は、その『合体』状態で使います。使うというか、使われるというか……。ひよたんは『英雄』スキルによって狂戦士化した使役者を、味方に攻撃に行かないように誘導してくれるのです」
「ひよたんが誘導を……!?」
スバルがひよたんがいれば大丈夫、と言っていたのはこのことか。
しかし確かにこれなら発作が起こっても一応は安心できる。
「前時代のアカツキの戦記を見ると、単身で敵の真ん中に飛んで突っ込むことがよくあるのですが、おそらくこれはひよたんに誘導されてのことだったのだと思います。当然ですが、使役者の体力が尽きれば速やかにひよたんが離脱させてくれるようです」
「ひよたんがそんな有能なアイテムだったとは……」
だからこそ、アカツキの祠の奥に隠されていたのか。
ターロイが驚き感心していると、グレイはテーブルの上の用事の終わった書類を回収した。
「……と言うわけで、話を戻しますが狂戦病と『英雄』スキルは同じものだと考えています。まずそうでなければひよたんがターロイに使役される理由がないのです」
「……まあ、そう考えると確かに同じ系統のものなんだろうな。でも、スバルには俺はまだスキル解放前だと言われたんだけど」
狂戦士化することにかわりはないはずなのだが、スバルはそう言っていた。まだ何か俺には足りないものがあるということなのだろう。
グレイに訊ねると、彼は少しだけ逡巡した。
「うーん、スキル解放……というか、おそらくひよたんの能力が解放されていないんでしょう。これはこれからのターロイの頑張りが必要なことです」
「俺の頑張り?」
「『英雄』は人の上に立つ者のスキル。『英雄』が仲間を守るために、ひよたんは準備されました。……ひよたんの中に精霊が入っているのは知っていますね?」
「ああ、知ってる」
「ひよたん……中の精霊は、結構高位のものらしいのです。基本的に精霊はマナをエネルギーにしていますが、さらに他者からの感謝の念、好意的な感情に含まれるプラスエネルギーを糧にランクを上げることができる。こうして自ら『英雄』に使役されて加護をくれるのは、持ちつ持たれつでプラスエネルギーを得ることで、上位の精霊に変化できるからなんです」
「それってつまり、俺が他人に好かれたり感謝されるようなことをしてエネルギーを得ないと、ひよたんの能力が解放されないってこと?」
「そういうことですね。まずは仲間をたくさん作るといいですよ」
「……いきなりそんなこと言われても……今まで仲間を作らないつもりできたのに」
「すでに結構いるじゃないですか、今更ですよ。……ふふ、良い展開です」
グレイは何だか楽しそうだ。
別に現状でもひよたんは使役できるんだし、俺としては必要ない気がするんだけど。
「精霊は気まぐれです。拗ねられて酷い目に遭うのが嫌なら頑張って下さい」
しかしそんなことを言われれば、どうにかするしかない。
狂戦病……『英雄』スキルにとって、ひよたんは命綱。
仕方ない、背に腹は代えられない。