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指弾の弾作り

 食事を終えた後、ターロイは本来の目的である指弾用の弾を受け取りにティムの部屋に行った。

 そこに入った途端の第一声。


「……熱い」


「うん、ごめんね。さっきまで溶鉱炉に火が入っててさ。あ、そこの鋳型触ると皮膚焦げるから気を付けて」


 テーブルのすぐ脇に、熱した鉄の入った鋳型がいくつも並んでいる。これ、ちょっと間違えばすぐ火事だぞ。


 仕方なく鋳型から一番遠い場所に座ると、投擲弾の試作を持ってきたティムが向かいに座った。つまり鋳型に一番近い席だ。なのに汗一つかいていないこの男は何なんだろう。


「大きさと強度を変えていくつか作ってみたよ。一応中身はまだお水。これ使ってもらってみて。それぞれ一長一短があるから、中身によってガワを変えてもいいと思うけど」


 そう言って、彼は大きさの違うもの四個をそれぞれの強度で四種類、十六個の弾をテーブルに並べた。


「大きいと中に入れられる薬剤の容量が増えるけど、空気抵抗でスピードは落ちるし、重さもあって到達距離も短い。小さいのはその逆だね。それから強度は、固いと扱いやすくて壊れにくい。貫通力もある。だけどその分、弾に勢いがないと敵に当たっても中の薬剤が出てこない。柔らかいのはその逆」


「……見本に渡した小石と同じサイズでいいんじゃないのか?」


「あの大きさであの重さなのは石だからなんだよ。素材が変われば質量も変わる。もちろん少し寄せてはいるけど、あの石はあくまで参考用だからね」


「なるほど……それなら確かに実際使ってみないとわからないか。じゃあ、とりあえず全部もらっていく」


 ターロイは出されていた弾を布袋に入れて、腰に下げたポーチにしまった。ティムはちょっと頭のねじが一本足りない感じだが、仕事はきっちりしているようだ。

 好きなことには力を発揮する、ある意味研究者気質と言えよう。


「さっきも言ったけど、中身によって大きさ変えるのおすすめだよ。敵に向かって打ち出すなら視認しづらく避けづらい、小さめ固めがいいし、味方の回復をするなら薬剤が多く入れられる大きめで、当たってもダメージのない柔らかめがいい」


 助言も的確だ。

 なのに、自分の部屋に溶鉱炉を作るような愚行もする。無頓着というか、変な男だ。


「もしこれを量産するとなると、どのくらいの時間と金額が掛かる?」


「ガワを作るにはそれほど時間は掛からないよ。俺、没頭すると二徹くらい平気だし。金額は用意する薬剤によるかな」


「そうか、薬剤か……」


 火薬や回復薬は自前で用意するのは難しい。となると外注せざるを得ないが……。


「グレイさんに頼めばいいじゃない」


「……やっぱりそれしかないのか」


 医療術士であり趣味で毒薬も作っているグレイなら、高品質の薬剤を提供してくれるだろう。金にも執着がないから、直接取引ならきっと価格も問題ない。


 ……だけど彼に頼み事をすると、「その代わり」が十中八九付いてくる。それがかなり面倒臭い。……面倒臭い、のだが。


「……背に腹は代えられない。まあ、話だけしてみるか」






「薬剤の提供を? 構いませんよ、今の私は無職ですし。ティムと組んでする仕事なら融通も利きますし」


「そうか、助かるよ」


 グレイに薬剤作りを頼むと、二つ返事で引き受けられた。

 それに一応喜んで、しかし内心では次の言葉に警戒する。これで終わるわけがないのだ。


「その代わり、ちょっとお願いがあります」


 ああ、来た来た。今回は何を言う気だろう。


「お願いって?」


「ガントの遺跡から回収してきた文献を、私に解読させてください」


「……あれ? そんなんでいいの?」


 思いの外、害のないお願いに拍子抜けする。もっと、稀少な野草を採ってこいとか、難題をふっかけられると思っていたのに。


「そんなんでいいですよ。今回は」


 あ、次があるの前提か……。まあ、グレイなら当然そうなるか。

 とりあえず今回に限っては、何の問題も無い。ターロイは躊躇いなく頷いた。


「わかった。ええと、今回取ってきたのはドワーフ族に関するものと、鍛冶の指南書、宝石と魔力の解説書。……あ、前時代の研究資料もあったっけ。でもこれだけは持って帰るから、三冊だけ渡すよ」


 前時代の研究資料は、他の本と違ってウェルラントが探す情報が載っている可能性がある。彼との約束があるし、一旦持ち帰り、ミシガルに持って行こう。


 ……と思ったのに、グレイがそれを許さなかった。


「駄目です。研究資料も置いていって下さい。アカツキの祠にあった書類もそうでしたが、前時代の研究は中々にえぐくて興味深い。前時代の謎を解き明かすには、是非とも解読しなくては」


「いや、そう言われてもな……ウェルラントが探してる内容が載ってるかもしれないし」


「ウェルラント? あの男が前時代の何の情報を探す必要があるんですか」


 そう問われてしばし逡巡する。


 グレイに話してもいいものだろうか。


 正直、彼に解読してもらって後で話を聞く方が早いし、時間も節約できる。解読してもらった方がお得なのは確か。

 どうせカムイのことはバレているのだし、最低限の情報だけ渡してしまった方が良いかもしれない。


「……カムイの中に、前時代の人間のデータが入ってることは知ってるだろ? ウェルラントはそれを引っ剥がしたいんだって。その方法を探してるんだ」


「カムイから……ああ、そういうことですか」


 ターロイの説明に、意外にもグレイはすぐに納得したようだった。

 ……そう言えばグレイは以前から何か、カムイとウェルラントの事情を知っているっぽい。そのせいでどこかピンとくるものがあったのか?


「いいでしょう。私が解読してそういう記述があったら、ターロイに教えることにします。それなら問題ないでしょう?」


「そうだな。……ただ、出し惜しみしたり交換条件付けたりすんなよ?」


「……はいはい」


 事前に釘を刺すと、グレイは肩を竦めた。

 これ、言わなかったら絶対する気だったな……。

 ということは。


「……もしかして、今も出し惜しみしてる情報結構ある?」


「まあ、それなりに」


 ターロイの問い掛けにグレイが悪びれなく答える。


「訊かれないから答えないことが大半なので、訊きたいことがあるなら答えますよ」


「知ってた方がいいことは事前に教えておけよ……」


 呆れたため息を吐くしかない。

 でもまあちょうど、訊きたいことがいくつかあったのだ。答えると言ってくれている今のうちに訊いてしまおう。


「じゃあ、教えろよ。まずは『英雄』っていう獣人族のスキルについて」


 これはスバルに話を聞いてからずっと気になっていたスキルだ。ひよたんの使役条件を知っていたらしいグレイは、絶対知っているに違いない。

 実際、彼は落ち着いた様子でターロイの投げた問いを受け取った。


「ほう、そのスキルの存在を知りましたか。私も正確に事情を把握したのはアカツキの祠から見付かった獣人族の文献を読んだ後ですが」


「スバルが俺の狂戦病は能力解放前の『英雄』スキルじゃないかと言っていた。その辺のグレイの見解も知りたい」


「……そうですね。では最初に、私の見解を述べさせて頂きましょうか」

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