ロベルトという男
買い物を終えてスバルたちと合流した後、温泉で汚れと疲れを落としてからみんなで食事をした。
ロベルトにとっては久しぶりの人間らしい食事だ。今日は彼に好きなだけ食べさせることにして、先に食べ終えたターロイたち三人は食後のコーヒーをもらった。
「さて、ロベルトが飯を食ってるうちに今後の話をしようか。明日はガントを出てインザークに向かう」
「グレイのところに行くですか? ティムのご飯が食べられるのは大歓迎ですよ」
「ボクもティムさんの作るデザート食べたいけど……あれ? 歩いていくの?」
「ああ、まあな」
さっきガントの城壁の外に転移方陣を設置して来たから、行こうと思えばインザークには一瞬で飛べる。しかしそれを使わず、歩いて行くために、さっきスバルたちに食料を調達してきてもらった。
とりあえずロベルトを連れて行くと決めたものの、彼が信用できる男だと確認できるまでは転移方陣などの存在を見せるわけにはいかないのだ。
仲間として協力できるかはもちろん、ハヤテやグレイと反目しないでやっていけるかも見定めなくては。
そのためにもまずは徒歩でインザークに行って、ティムに依頼している投擲罠の受け取りのついでに、グレイと会わせて様子を見てみたかった。
「インザークで用事を済ませたら、モネにも寄りたい。イリウや街の様子がどうなっているのか気になってたからな。サージが親父に教団本部に連れ帰られていればいいんだが」
「王国軍はまだモネを管理できないのですかね? ウェルラントあたりが騎士団を派遣すればいいですのに」
「街から教団の兵力を追い出すのは一筋縄ではいかない。慎重にことを運ぶんだろうさ」
「……ちょっと待て。教団を街から追い出す? 何の話だ」
スバルと話していると、ここまで無言で食事を続けていたロベルトが、不意に横から問い掛けてきた。
すでに目の前の食事は綺麗にたいらげている。使用したカトラリーを揃えて皿に乗せ、こちらの話を聞く体勢に入っていた。
「もしかして王国と教団の関係に何かあったのか?」
「あ、そっか、ロベルトは知るわけないか。先日国王サイ様が戴冠式をして、教団から政権を取り戻したんだ」
「教団が、王国側に政権を明け渡しただと?」
ありえないことを聞いたように、ロベルトが目を瞬いて固まった。
まあ、内情を知ってる人間ほど信じられないだろう。
「本当のことだよ。……ただ、正攻法じゃなく搦め手で追い込んで実現した。だからきっと教団は不本意な思いを抱いている。おかげで今、王国と教団は一触即発と言ってもいいくらいなんだ」
「……そうか、昔より悪い状況だな」
「王国側が立場的に強くなったのに、悪い状況です?」
「教団が優位な立場でいる間は下手なことはしなかっただろうが、劣勢になるとなりふり構わなくなるぞ。危険度は増していると思っていい」
ロベルトの言葉にターロイも頷いた。
「俺もそれが懸念事項なんだよな。だからモネが気になる。……特にサージは厄介だ。モネの街がどうせ王国のものになるなら、今のうちに金を搾り取ってボロカスにしてやろうという思考の持ち主だから」
おまけにあの男はサーヴァレットを持っている。最悪それを使い出したら手に負えない。
早めに手を打ちたいのだ。
「モネには俺も行ってみたい。自分の目で現状を確認したい」
ロベルトもモネに行く気満々だ。万が一の時、彼の助力が期待できるのはありがたい。
「じゃあ、インザークに行ってグレイとティムに会って、それからモネに行く、は決定だな」
「スバルはターロイの行くところについてくだけですからOKですよ」
「ボクも!」
結局来たのと同じ経路を歩きで帰ることになったけれど、みんな文句はないようだ。
結論が出たところで、四人は明日のために、宿に取ったそれぞれの部屋に戻った。
宿の部屋は二つ取っていて、もちろん男女で分かれている。
部屋で二本のハンマーを磨いていると、向かいのベッドに座るロベルトが不意に口を開いた。
「……お前の拠点ってどこの街にあるんだ?」
「街じゃないよ。山の中にある王国の砦を再利用してる」
「ここからは遠いのか?」
「そこそこ遠いな。ミシガルと王都の中間くらいにあるんだ」
「……そこにディクトがいる?」
何だかそわそわと訊ねてくる。
「ああ。あいつには砦の総合的な管理を任してるから。俺が指示をしない限りはずっとそこにいる。……ロベルトを連れ帰ることは言ってないから、あいつきっと驚くぞ」
そう言ってからふと、そわそわしている彼と、ディクトの関係が気になった。仲が悪いことはないと思うが。
もちろん同じ第二小隊にいた仲間だということは知っているけれど、その経緯は未だによく分からない。
せっかくロベルトがいるのだし、話を聞けるものなら聞いてみたい。彼の性格を探る糸口になるかもしれないし。
「なあ、ところで教団にいたとき、ディクトを第二小隊の隊長にしたのってあんたなんだろ? 何で自分が隊長にならずに、あいつを隊長にしたんだ? 明らかにあんたの方が力が上じゃないか」
「力があるのと人を束ねられるのは別だ」
単刀直入に訊ねた言葉に、彼は詮索を嫌がる様子もなくさらりと答えた。
「俺は元々第一小隊にいたが、脳筋ばかりでどうしようもなかった。烏合の衆相手にはめっぽう強いが、秩序だった策を持つ敵相手だと途端に苦戦する。すると味方を囮にして逃げるわ、手下を犠牲にしてゴリ押しで切り抜けるわで酷いものだった」
「……あー、隊長まで脳筋じゃそうなるな……」
「まあ、当時は俺も同じだった。個人の強さがあるから死にはしないがな」
「ん? 第一小隊に入る前は、教官のディクトに育てられたんじゃないのか?」
「ディクトが教えてたのは希望者と、並以下で使えない奴だけだ。強い人間はそのまま隊に振り分けられる」
希望者か……その中には多分グレイも含まれていたんだろう。
その扱いから見て、ディクトは教団であまり評価されない存在だったに違いない。それでも、分かる人は分かっていたということか。
もしディクトの能力が評価されて教団の練兵をされていたら、恐ろしいことになっていたかもしれない。王国軍にとっては幸運だった。
「……あれ? でも教え子じゃないなら、ロベルトとディクトの接点て何だったんだ?」
「その辺は色々あってな。……主にグレイのせいだが」
「グレイの?」
またこんなところでグレイの名前が出てきた。
しかし、そこに言及する気がないらしいロベルトは、その色々をまるっと割愛する。
「とにかく、色々あって俺はあるときディクトと共闘することになった。そこで俺は戦術や采配の重要性を知った」
「展開早いな」
「俺は戦術の必要性を第一小隊の奴らに語ったが、驕れる馬鹿には理解できなかった。それどころか理解する努力をするよりディクトを戦場に連れて行こうという話になったので、全員ボコった」
「いきなりだな」
「第一小隊はそうそう死なないが、引き連れられて行った下位小隊はほぼ全滅するんだ。自分のことしか考えない奴ばかりだったからな。仲間を守るより手柄が優先なんだ」
「あー、なるほど」
どうやらロベルトが第一小隊を潰したのはディクトのためらしい。
「ということは、第二小隊を作ってディクトを隊長に据えたのもあいつを守るため?」
「そうだ。他の隊に連れて行かれても困る」
そこまでするなんて、グレイのせいで起こったという色々な中で、余程ディクトに心酔することがあったのだろうか。
「それに隊長にすれば隊の全員に命令する権限があるし、ディクトの采配で隊が動かせるだろう」
「そういうことか」
一本気で仲間思いのいい奴じゃないか。
そう思って納得しているところに、さらに言葉が重ねられた。
「おまけに隊長なら隊員の俺が率先して守ってやれるし、命令通りに作戦を遂行できれば褒めてもらえるし」
……あれ? こいつ、もしかしてハヤテと同じ系統……?
「ディクトは俺の癒やしなんだ」
あ、コレ間違いない。だからハヤテと仲が悪いのか……。
まじめな顔で言い切ったロベルトに、ターロイは眉間を押さえた。
ディクトって、何でこんな特殊なタイプに好かれるのだろう……。