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ロベルトとガントへ

 盗人たちの死体を全て片付けて、遺跡の扉に再び鍵を掛けたところで、ようやくロベルトが目を覚ました。


 何が起きたのか分からない様子で一度目を瞬いた彼は、ターロイたちを見て、それから自身の額に手を当てた。


「輪っかがない……」


「ああ、どうにか外すことができた。気分はどうだ? 何か違和感はないか?」


「……気分が悪いわけがないだろう。脱出不可能な檻から解放されたような心持ちだ」


 心底安堵したような大きな息を吐いて呟き、ロベルトが天を仰ぐ。

 どうやら彼は、頭箍を外してもあまり感情を表さないタイプのようだ。しかし、人間らしい心の機微は十分分かる。


「どうやったのかは知らないが、礼を言う。ありがとう」


「あんた、教皇の孫なのに、ちゃんと礼とか言うんだな」


 少しからかうように言うと、ロベルトは生真面目に返した。


「感謝は、自分のためにもしろとディクトに教わった。俺の心の中にそういう気持ちが芽生えるのがいいことだと」


「ああ……確かにあいつはそれ、言ってるなあ」


 彼が高慢にならずにいるのは、ディクトのおかげらしい。つくづくあの男は人を育てるのが上手いようだ。


「まあ、細かい話は後にしよう。ガントに行くぞ。……と、その前に、紹介しておく。俺の仲間の、スバルとユニだ」


 ターロイは後ろにいた二人を紹介する。今更だが、さっきはその余裕が無かったから仕方が無い。


「……仲間?」


「スバルですよ。よろしくです、ロベルト」


「ユニです。よろしくお願いします」


 二人が挨拶をするのを、ロベルトが怪訝そうに見つめた。


「……お前たち、一緒に行動しているんだよな?」


「もちろんです」


 スバルが素直に肯定すると、彼がぱちりと目を瞬く。


 そう言えば、教団では完全に男女は分断されていて、女性と会話をする機会もそうそうないのだった。

 こんなふうに女の子と一緒に旅をするなんてあり得ない感覚なのだろう。


 しかし彼の認識はさらにずれていた。


「教団の教義では、行動を共にする女性は伴侶か妾だけと決められているが……」


「ちょ、教義を持ち出すのはやめてくれ。俺たちは変な気持ちのない、純粋な仲間だから! あんたも教団を出たんだから、そういういらない教義は捨ててくれ」


 伴侶とか妾とか、とんでもないことを言い出すロベルトに慌てる。生まれた時から教え込まれた教義のせいで、彼には一般と違う偏見があるようだ。その辺も少しずつ矯正していかなければ。


「とにかく、ここからしばらくあんたも同行してもらうから、女の子がいることに慣れてもらわないと。……とりあえずこれからの話もガントに行ってからにしよう」






 長年遺跡前にいたロベルトは、着ている皮鎧がかなり経年劣化していた。おまけに砂埃臭い。


 ガントに着いた後、女の子二人には旅の食料などの買い出しを頼んで、ターロイはロベルトの新しい服を買いに行った。


「風呂も入った方がいいな。確かガントは温泉があるはずだ。後でみんなで行こう。……でも、水浴びもしてないだろうに、あんた体臭は無いな。服も、垢で汚れてもいないし」


「俺はあの輪っかを付けられている間、人間的な生命活動がほぼ停止していたからな。心臓すら動いていたのか謎だ。汗もかかない、排泄もない、食事をする必要も無かった。お前にもらったミートパイもずっと胃に残ってて、さっきやっと消化が始まったくらいだ」


 使役の術式は相手を道具化するもの。彼は文字通り、生命のない道具のような状態になっていたようだ。


「じゃあまだ腹は減ってないか。風呂に入ったら食事にしようかと思っていたんだが」


「減ってはいないが、食いたい欲求はある。食べる必要が無かっただけで、食への渇望が無かったわけじゃないんだ。良い食事は心も満たすものだからな」


 そう言ったロベルトはやはり表情が乏しいが、少し嬉しそうに見える。ようやく人間として美味しい物を食べられる、その気持ちが表出しているのだろう。


「あ、でもその前に、ロベルトの旅用のマントを買わなくちゃな。どうせこの先必要だし、普通に歩いてるけど、街中で教団の人間に見られるとまずいだろ?」


「いや、街中ではそれほど気にする必要はないと思う。俺が姿を消してからかなり経つし、俺の顔を知っている人間はそれほどいないからな。戦闘部隊と関わりのあった者くらいしか分からないぞ、多分」


「そうなんだ? 教皇の孫なのに」


「じいさんは俺が小さい頃は可愛がってくれたが、ある程度の年齢になったときに俺の存在が自分の立場を脅かすと言い出してな。俺を重役ではなく末端の戦闘部隊に入れたんだ。そんな扱いをしておいて、教団で大々的に俺の顔を売らせたりしないだろ。……まあ、それでも忖度によって相応の権力は与えられたが」


 淡々と語る彼の横顔からは感情が読み取れない。

 わざと感情を押し殺して、事実のみを口にしているようにも見える。


 ……そう言えば、彼の両親はどうしているのだろう。今の話を聞くと、ロベルトより先に教皇の立場を脅かすのは彼の父だ。それを飛び越えてロベルトを重役から外すというのも変な話……。


 もしかして、彼の父は何かの理由ですでにいないのか……?


 それをロベルトに直接訊くのもはばかられて、ターロイは無理矢理話を変えた。


「そういや、あんたグレイとも知り合いなんだろ? これからインザークに戻って会う予定なんだ」


「……グレイ? お前、あいつとも知り合いなのか」


「あ、うん」


 軽い気持ちで出した名前に、ロベルトが眉根を寄せる。


 あれ、何だこの反応。

 ……そう言えばグレイが彼を御しがたいと評していたし、もしかして相性が悪いのか?


 ……これは、余計な名前を出してしまったのかもしれない。

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