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最初の部隊

 ターロイは目の前に座ったままのディクトを見下ろした。


「お前を救うために俺に立ち向かう、勇気のある手下はいないようだな。……しかし、お前を盾にして逃げるものもいない」

「……みんな逃げても生きていく勇気がねえだけだよ」


「そうでもない。余程の死にたがりでもないかぎり、本当の死の恐怖を前にすれば逃げたくなるものだ。だが、こいつらには、お前にどこまでも付き従おうという意思がある」


 だとすれば、ディクトを使えば、この集団はいかようにも変われる。

 本格的な練兵はできないから戦力的にはそれほど期待できないが、彼らには身を隠し、山で生活をする術があった。


 こいつらが自分の価値とスキルに気付けば、十分使い物になる。

 ならば。


「ディクト、お前が賊をやめ、俺に従うならこいつらを見逃してもいい」

「……お前に従う?」


 青年の提案に男は目を丸くした。

 まあ、当然の反応か。軽装の一人旅をしているターロイは、人を従えるようなランクの人間には見えない。

 その上、歳はまだ十八。ディクトはおそらく三十前後。年下に従う抵抗もあるだろう。


「……お前は、何者だ?」


 しかし男はその葛藤より先に、さっきと同じ質問を投げかけてきた。


「俺はターロイ。教団とその神を壊すために生きている者だ」


 今度は真っ直ぐに返す。その言葉にディクトが大きく動揺し、後ろにいる手下達もにわかにざわめいた。


「……教団を良く思っていないのは分かってたが、神もろとも壊すと来たか……。つうか、何者か訊いたのに、余計お前が何者か分かんなくなったぜ」


 深く息を吐いた男が苦笑する。


「でもまあ、いいか、面白い。お前に従うよ。……俺も、教団には思うところがある。何でも言いつけてくれ」

「そうか。だったらまず、こいつらの始末をつけろ」


 思いの外あっさりと請け合ったディクトに、ターロイは手下の去就を促した。

 ターロイが従えるつもりなのはディクトだけだ。では見逃された手下はどうするか?

 正直結果は分かっている。が、こいつらが自身の意思で選ばなければ、内側からは変われないのだ。


「お前ら、俺はこれからこのターロイに従うことにした。賊はやめるから、お前らは好きにしろ。つっても、賊には戻るんじゃねえぞ。次はこの男に殺されるからな」


 どこかさばさばした様子の男が、手下に向かって笑みすら浮かべて語る。皆が賊でなくなったことをどこかで喜んでいるような。


(変な男だ。教団には絶対いないタイプだな)


 ターロイが黙って経過を見守っていると、やはり、手下達は予想通りの声を上げた。


「お、俺たちもディクトさんと一緒に連れてってくれ!」

「連れて行くって、俺もこの後どうなるか分かんねえのに、無茶言うなよ」

「なあ、あんた! 俺たちもディクトさんの下で働かせてくれ! 何でもする!」


 ディクトに渋られて、今度はターロイに詰め寄る。

 こいつらはまだこの男の庇護下にいないと不安なのだ。しかしそのために力を尽くすなら、いつかこいつらは護られる側から、護る側へと変われる可能性がある。


「……何でもすると言ったな?」

「お、おう! 多分……」


 少し頼りない返事だが、言質は取った。

 これから存分に働いてもらおうではないか。


「ディクト、お前がこいつらを責任もってまとめろ。まずは死体を片付けて、鎧を剥いで全員の装備を今ある中で一番いいものにしろ」


「え、いいのか? おかしらや副長の装備は、今ターロイが着けてるのより良い物だぜ。あんたが最初に装備を変えるべきじゃ……」


「俺は不要だ。とりあえず戦いの得意な者と、狩りの得意な者に良い鎧を着せてやれ。だが近衛兵の鎧には手を着けるな。あれはグラン王国の名を背負って歩いているようなものだ。目立ちすぎる」


 そう言ってから、ターロイは足下に落ちたままだった充魂武器を拾った。


「それから、教団から渡された武器は俺が回収していく。ディクトは近衛兵の剣を使え。あれは良い物だ。他の奴らも自分の得意武器があるならそれを持て。戦うのが苦手な奴は護身用と割り切ってダガーを持て。邪魔な武器を持つくらいなら身軽な方がマシだ」

「……何だか、これからどこかに攻め込みそうな感じだな」


 ターロイの指示に何か不穏なものを感じ取ったのか、ディクトがぼそりと呟いた。青年がこれから彼らをどこかの街の教団にでも特攻させるつもりではないかと思っているのかもしれない。


 しかし、内情は逆だ。


「攻め込むんじゃない。お前らは攻められる側だ。これからおそらく教団から刺客が来る。王国の要人を賊に依頼して消して、その後は 足が付かないように賊を消して証拠隠滅を謀る。教団の常套手段だ。この特殊武器だって、後で殺して回収するつもりで与えたものだろう」

「な、最初から俺たちを殺すつもりで依頼して来たってのか……!」

「教団は昔からそういう連中の集まりだ」


 ターロイは吐き捨てるように言った。


「アジトがあるなら今のうちに戻って使えるものと金目の物は持ち出しておけ。今日の夜には潰されるだろう。……教団の斥候が潜んでこの様子を見ていれば、失敗したこともバレる」


「……俺たちは何をすればいい」


 事態の深刻さを飲み込んだディクトが訊ねる。ターロイの指示通りに動くことが最善であると判断したのだ。

 年下に指示を仰ぐことも是とする真っ直ぐな男、これはいい駒になる。


「お前らはここで俺と別れて林の奥に夜まで身を隠していろ。俺がこの武器と女の子を連れて街道を宿駅に進めば、斥候は俺をつけてくる。お前らの方は教団と直接接触したリーダーが死んでいるから、逃げ切ればおそらく深追いはされない」


「それじゃあ、あんたが危険じゃないか!」


「そうでもない。宿駅に着いてしまえば、さすがに教団も無茶はしない。王都とミシガルの間にある宿駅は、ミシガル管轄だからな。何かあれば王国軍が調査に入るから、教団が嫌がるんだ」


 そう言ってターロイはミシガルの方向を指差した。


「宿駅の向こうに、吊り橋があるのは知っているな? もし奴らが襲ってくるとしたら、あそこだ。挟み撃ちをしやすいし、最悪橋を落とせば俺たちを殺せるからな」


「確かに……。おまけに、あそこならそれほど刺客の人数を必要としないから、秘密裏に動きやすい」


「ご明察。そこでお前らの出番だ。深夜になったら移動して、吊り橋のあっちとこっちに別れて潜んでいてくれ。俺たちが吊り橋を渡っているときに挟み撃ちにしてきた刺客をさらに挟み撃ちする。敵の人数が少ないなら、十分勝てる」


 きっぱりと言い切ると、ディクトは妙に感心したようなため息を吐いた。


「……お前、何かすげえな」

「そういう言葉は、全てが上手くいった後に言え」

「……了解。よし、じゃあ動くぞ、てめえら!」

「おう!」


 男達は何だかはつらつと、一斉に駆け出して行った。





 元・賊達への指示を終えて、振り返る。


 そこには後ろを向いて、未だに律儀に耳を塞いでいる少女がいた。

 ゆっくりと近付き、その背中を軽く叩く。すると彼女はびくりと大仰に肩を揺らし、それから恐る恐るとこちらを振り向いた。亜麻色の髪の可愛らしい少女だ。

 翡翠色の大きな瞳には涙が浮かんでいる。


「もう大丈夫だ……怪我はないか。とりあえず安全なところまで連れて行ってやる。ついてこい」


 その瞳に向かって、フードを目深に被ったまま言う。少女を王女として扱うわけにはいかなかった。


 なぜなら彼女が王女だということは、一般庶民は知らないことになっているからだ。もちろん王女がいることは知られているが、その姿と名前は公にされたことはない。

 それなのに王国兵でもないターロイが彼女を王女として扱ったら、逆に周りから不審がられてしまう。


(ミシガルまで行けば、彼女を引き渡せるだろう。以前会った時とは雰囲気も表情も違うし、フードを被っていれば一晩くらいならバレずに過ごせる)


 しかし、彼女を知らない態の一般庶民を装った青年を、ジュリアは目を丸くしてまじまじと見上げた。


 そして。


「ターロイ! ターロイだわ!」


 あっさりと正体を見破った王女は、ターロイの身体に飛びついたのだった。


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