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ロベルトの頭箍

 瞬時に後ろに飛び退いたターロイのほんの鼻先を、ロベルトの剣がうなりを上げて掠めて行った。


 いくらか間合いを取っていたおかげで助かった。

 石段に座った体勢でありながら、鞘に剣を収めた状態からの抜刀の早さ、正確な剣筋。少し気を抜いていたら、首と胴体が切り離されていただろう。


 そのままさらにバックステップで距離を取って、ロベルトと対峙した。


「ターロイ! 大丈夫ですか!?」


「平気だ、いいから離れていろ」


 駆け寄ってこようとするスバルを制して、ターロイは一つ深呼吸した。

 剣を抜いたロベルトは石段から立ち上がったけれど、追撃を掛けてはこない。こちらの様子を伺っているのだ。


 それだけで、彼が脳筋でなく、それなりに思慮深い男だと知れる。


 ロベルトからすれば、一撃目で死ねばそれだけの相手。そこで力を見極める。

 ここでターロイが武器を手にすれば追撃が来たはずだ。しかし、こちらが敢えて武器を取らなかったことで、彼はそれをやめた。


 ロベルトへの害意がある人間なら、武器を構えないわけがないからだ。おそらく今までここに来た誰もがそうだったに違いない。

 だからこそ、そうしなかったターロイの処分を一旦保留したのだ。


 もちろんこちらに本当に害意がないかなんて分からないだろうけれど、それでも様子を見るのは、いつでもこちらを殺せるという自信と、外の情報が欲しい思いがあるからだろう。


 腕っ節が強いだけのわがままな男ではないならば、交渉の余地はある。


「……お前は誰だ。何のためにここに来た」


 ロベルトの声は思いの外無感情だった。頭箍のせいで感情が鈍くなっているのかもしれない。


「俺はターロイだ。あんたの後ろにある、その遺跡に用があってね。……まあ、あんたにも会いたいと思ってはいたんだけど」


「……俺に? お前は俺のことを知っているのか……?」


「ロベルトだろ? 今は自意識があるみたいだな。頭箍の影響がないうちに少し話をしたいんだが、構わないか?」


 ターロイが訊ねると、ロベルトはわずかに逡巡した。


「何故この輪っかのことを……? お前は、教団の人間か……?」


「違う。ただ、ちょっとそういう情報が入りやすい環境にいるだけだ。……まあ、話がしたくないなら、遺跡の前からよけてくれるだけでもいいんだけどな」


 正直、今話をしたところで彼を救える段階にはいない。それでもロベルトの現状と、頭箍に関するいくらかの情報が得られれば、せめてここから連れ出せるかもしれない。

 かといって、無理に首を突っ込んでいくのもはばかられて、ターロイはその選択を彼に委ねた。


 ロベルトにとって自分は完全なる初見の赤の他人。

 今回が無理なら、魔道具破壊の能力を手に入れた後に、ディクトを連れてもう一度来ればいい。


 そうして彼の反応を待っていると、ロベルトは表情を崩さぬまま、手にしていた剣を鞘に収めた。


「……俺がこうして自我を持って話せる時間は、一日せいぜいこの一時間だ。俺にも情報をくれるのなら、その間で良ければ話そう」


「十分だ」


 わがままな男だという話だったが、現状そんな感じはしない。

 まあ、教団のやり方に反発したり、教皇に逆らったりと筋の通った考え方のできる男だとディクトも言っていたし、この状況ではそちらの方が強く出ているのだろう。


 大分甘やかされて育てられただろうに、同じくわがままと称される男でも、サージとはえらい違いだ。


「あんたはその頭箍を誰に着けられた?」


「……昔教団にいた司教だ。もういない。俺が殺した」


「使役者を? ……そうか、自我が戻る隙があるなら可能だな」


 そう独りごちると、逆にロベルトに訊ねられた。


「お前はこの輪っかのことを知っているようだな。俺はこれが何なのか分からないままここにいる。知ってるなら詳しく教えてくれ」


「ああ、そうだよな……。ええと、それは頭箍ヘッドフープといって、取り付けた者を意のままに操る道具だ。本来、それを取り付けられると自我を一切失うんだが、あんたの着けてる頭箍は壊れてて、おかげで一時的に自我が戻ってるんだ」


「意のままに操る……? そうか、俺はあの時操られていたのか……」


 何か思い当たることがあったのか、彼が顔を顰める。

 操られている間の記憶は本当ならないはずだが、頭箍が壊れているが故に、その断片が脳内に残っているのかもしれない。


 だとしたら、これも分かるかも。


「その頭箍には使役術式の他に、能力アップかスキル付与も付いているはずだ。あんたのは多分何かのスキル付与だと思うんだけど……自分で分かるか?」


「スキル……? だとしたら、カウンターかもしれない。無意識の間に、近寄った者を殺していたことが何度もある」


「カウンターか、なるほど」


 カウンターとは、敵の攻撃にタイミングを合わせ、反撃するスキルだ。その術式が壊れて、過剰な反応をしているのだろう。

 自我をなくして動かない彼から装備品を盗ろうと手を伸ばすだけでも術式が発動するなら、盗人たちがみな殺られてしまうのも納得がいく。


 それどころかある程度近付いただけで発動するようなら、問答無用で襲いかかってくると言われても仕方がない。


 しかしそうなると、後々魔道具破壊をおぼえたところで、ロベルトの頭箍を取るために手を伸ばすのも命がけだ。

 何か抜け道はないだろうか。


「カウンターの発動条件とか、ある?」


「……自我があるときでも、触れられるのと殺気を向けられるのだけで発動する。自我がないときは記憶が断片的だが、自我があるときの条件プラス、両腕を伸ばして届く範囲に入られると発動するようだ。……まあ、死にたくなければ俺に近付かないことだな」


「……そうか」


 これはなかなか難しい。

 自我があるときでも発動してしまうのは痛い。

 思わず考え込んだターロイに、今度はロベルトが訊ねた。


「……お前は俺のそんなことを知って、どうするつもりだ?」


「できれば、あんたの頭箍を外したいと思っている」


「……初めて会ったお前が、何故?」


 怪訝そうに見据えられて、どう答えたものかと考える。

 いきなり仲間にしたいからと言うのも警戒されそうだし、同情したからなどと言ったら怒られそうだ。


 やはり、あいつの名前を使うべきか。


「あんたがここにいるって言ったら、ディクトが気にしてさ。それで……」


「……ディクト!?」


 ディクトの名前を出した途端に、ロベルトの様子が変わった。

 ほとんど表情を変えず、どこか億劫そうで俯き気味だった彼が、顔を上げ驚きに目を瞠る。


「ディクトって、あのディクトだよな?」


「どのディクトかと言われても、あんたのいた部隊の隊長をやってた男だよ」


「っ、そうか……、生きてた……のか」


 ロベルトが大きく安堵のため息を吐く。ハヤテの時と似た反応。

 彼も過去にあった『事件』とやらに関わっているのかもしれない。


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