賊徒
賊の総勢はざっと見たところ二十人ほどか。
正直、固まりで来てくれた方が片付けやすい。
まんべんなく見渡しながら挑発をする。しかし前に出て来たのは、充魂武器を持った男達だけだった。
「おいおい、不意打ちでおかしらを倒して、いきがってんじゃねえぞ! この槍が見えねえのか!」
「そうだぞ、卑怯者が! どこのどいつだか知らねえが、この武器でぶっ殺してやる!」
出てきた充魂武器持ちは五人。
この古代武器は自身を律する力がないと、魔法波動の影響で異常に気が高ぶる。男共は分不相応な武器の威力に、完全に飲み込まれているようだ。
「おまえらに卑怯者呼ばわりされたところで、痛くもかゆくもない。御託はいいから掛かってきたらどうだ、クソ共」
これなら逃亡されて充魂武器を取り逃がすということはないだろう。再び挑発すれば、賊共は激高した。
「この野郎! 死ね!」
最初に飛びかかって来たのはフレイル持ちの男。これは一番攻撃のベクトルを逸らしやすい。振り下ろされた錘をハンマーで上手く弾いてやれば、隣から攻撃に掛かろうとしていた斧持ちの男の左の肩に当たった。
「ぐわあ!? ひっ、火が!」
フレイルには炎の魔法属性が付いていたらしい。インパクトの瞬間に火が付いて、痛みと炎で男はパニックになり、闇雲に斧を振り回した。その斧が、フレイルを持った男の身体を容易く二つに割る。
鋭利すぎる斧の切れ味に、この賊は自分が仲間を切ったことにも気付いていないようだった。
こいつらは全然、技量が足りてない。強力な武器というものは、相応の手練れが扱うのでなければ諸刃の剣なのだ。
「た、助けてくれ……っ!」
「おい、こっちに来るな! くそっ!」
半身を炎に包まれ、さらに狼狽えた斧持ちの男が武器を振り回しながら仲間に駆け寄ろうとすると、逆に危険を感じた仲間は剣で男を切り捨てた。
その間にターロイは三人目の充魂武器の持ち主に狙いを定める。重たい両手剣持ちだ。両手剣は威力が大きくリーチも長いが、その分正確でシビアな剣捌きが要求される。相当な鍛錬が必要な武器だ。
考え無しに振り回して的を外せば、今度は剣の重さに振り回されて大きな隙ができ、他から少しの力が加わっただけで制御できなくなる。
そう、こんなふうに。
「うわああ!」
「くっ、来るな! ぎゃあああ!」
重みを利用して振り下ろされた両手剣の切っ先をあっさりかわしたターロイが、その力の方向を他の賊がいる方へ流して、さらにハンマーで加速させた。
重心がぶれ、よろめいた男を軸にして剣が周囲をなぎ払う。
一瞬にして、槍の充魂武器を持っていた男と後ろで様子を見ていた手下を含め、十人ほどが胴を二つに切り離された。
そして、剣に振り回されて無防備にこちらに背中を晒した軸の男に、ターロイはハンマーを打ち付ける。
「切破」
両手剣を持った男は、自分が今したように、胴を二つに切り離された。
さて、残るは剣の充魂武器を持つ男のみ。
手下連中は今にも逃げ出しそうに後込みしているが、この男がいるから踏みとどまっているようだ。
無闇に掛かってくる様子はない。
他よりは冷静そうな男。リーダーではないけれど、それに次ぐ立場なのだろう。
「てめえ、何者だ」
「賊に名乗る名はない。教団に与して悪事を働く者は殺す。それだけだ」
「教団……やっぱりそうか。おかしらが仕事を受けてこの武器を持ってきた時に、依頼主が分からねえとは言ってたが。襲うように言われた相手がどう見ても王国の偉いのだったからな」
そう言った男は、しばし口を閉ざして何かを考えた。
それから、充魂武器をターロイの足下に投げ捨て、その場に座り込む。
戦いを放棄したのだと覚って、ターロイは怪訝な顔をした。
「何のつもりだ」
「このまま戦うと、お前が俺を殺した後、ここにいる全員殺しそうだからよ。その冷静な戦いっぷり、躊躇いのない殺し、俺に止められる気がしねえ」
「戦いを放棄するから見逃せと?」
「俺のことは殺してくれて構わん。その武器を手にした後、やたらと血の気が多くなって、無用な殺しをした自覚はある。だが、こいつらは見逃してやってくれないか。おかしらも副長もいなくなって、もう大した悪事もできない」
「賊でいるだけで俺から見れば十分悪だ」
「……お前、容赦ねえなあ……」
男は腕を組んで唸った。
賊のくせに、自分の命を差し出して手下を見逃せとは、妙な奴だ。
そう言えばさっき斧持ちが狂ったように武器を振り回した時、それを切り捨てたのはこいつらを護るためだったのかもしれない。
(この男の護るもの、か)
そんな男越しに、後ろにいるはらはらした様子の手下を見る。
「お前らは、もしこの男が死ぬことで助かったとしたら、どうするつもりだ」
今の段階では見逃してやるつもりはない。しかし、この男を置いてこっそり逃げようとする奴が一人もいないことに、少しだけ興味が湧いた。
この男自体も、状況を冷静に判断し、充魂武器を自分から手放せる理性を持っている。あの馬鹿そうなリーダーとは毛色が違う。
もしかすると、何かに利用できるかもしれない。
とりあえず、この手下共は、どういう反応を見せるのか。それによっては一考の余地はある。
ターロイは、誰かが口を開くのを待った。
その沈黙は賊にとっては恐怖。
手下共は左右にいる仲間と青ざめながらきょろきょろと顔を見合わせていたが、しばらくして、その中の一人がこちらを真っ直ぐ見た。
「……ここにいる連中は、過去に財産を没収されて行き場がなくなったり、前科持ちで街に入れなくなったりした、何もできない人間だ。その人を殺されると、正直どうしていいか分からない」
「分からなくても考えろ。今、こいつを俺が殺す。そしたらお前らは逃げ出すだろう。さあ、どこへ行き、何をする?」
自分の意思を持たずに逃げ出せば、結局は賊に戻るしかない。その答えが出るようならここで殺す。
しかし、手下の答えは違っていた。
「……俺個人だけの話だが、もしその人を殺すなら、俺も殺してくれ」
「へえ。逃げる気はないと?」
悪くない答えだ。ターロイは続きを促すように問いかける。
「元々、やりたくて山賊をやっていたのはおかしらと副長たちだけだ。俺たちはただ行き場がなくてここにいた。そこにいるディクトさんに拾ってもらってな」
ターロイの前に座っている男はディクトという名前のようだ。
「おかしら達は戦利品を配下に回してくれることは無かったが、ディクトさんは装備を回してくれたり、食料が足りない時は狩りを教えてくれたりした。……今ここに残っているのはみんなディクトさんの配下だ。他の副長たちの配下は、満足な装備も体力もなくてすぐにやられてしまったからな。この人がいなければ、俺たちもとうに死んでた」
男の話に周りの人間も頷く。
なるほど、誰一人この男を置いて逃げないのはそういうことか。みんな、恩義を感じているのだ。
しかし当のディクトは、顔を顰めた。
「装備や食事を世話してやったのは、俺が手柄を上げるためだ。お前らが恩義を感じる必要はないんだよ」
「それでも、ディクトさんを見殺しにして俺達だけ逃げたら、きっと死ぬまで後悔する。だったらここで死んだ方がマシだ」
「お、俺も同じだ!」
「ひと思いにやってくれ!」
男の言葉に全員が賛同する。
できすぎた三文芝居のような展開だが、悪くない。きっと内心は死にたくない奴もいるはず。それでも自分の意思で死を選ぶことができるなら、こいつらに使い道はある。
王国にも教団にも属さない、この小さな固まり。
俺の最初の駒にできるかもしれない。




