レビューって何だろう? 実践編 ~400文字に詰めこんでみること パート2~
夏休み最終日の午前中、俺は机に向かっていた。所属しているハンドボール部の練習は無く、宿題もとうに終わっている。だから傍目から見れば「あら、自分から勉強しているなんて感心じゃない」と言われる訳だ。ちなみにソースはうちの母親だ。
「ううむ、どう書き出せばいいのか」
けれど俺が頭を悩ませているのは、勉強ではなかった。ごめんね、母さん。机に広げているのは、偽装工作用のノートが一冊。そして手に握っているのは、自分のスマホだ。
筆記用具も無しに、何を書こうとしているのか。それはあれだよ、レビューだよ。レビューって何かって?
"小説を読もう"に投稿された作品を選び、それに対して読者が捧げる応援文兼推薦文みたいな文章だ。150文字以上400文字以内でなら、何を書いてもいい。あ、勿論、作者や作品を誹謗するような文章は厳禁だけどね。
"藍子の教えてくれた書き方をなぞっても、書ける気がしねえ......"
そう、そもそもレビューについてレクチャーしてくれたのは、俺の幼馴染みの三ツ森藍子だ。つい先日、うちの親が帰ってくるまでの間、あいつが俺にレビューとは何かということを教えてくれた。自分の好きな作品に、自分の書いたレビューが付き、作者のモチベーションが上がる。そう聞けば、ちょっと書いてみるかと思ってもおかしくないだろ?
けど、いざ書いてみようとすると、そう上手くはいかねえんだよな。自分が好きな点を書くだけでもいいって言われたけれど、未体験の事をやるのは人間尻込みするもんだろ。情けないけど、気後れしちゃってるんだよな。
でもさ、やっぱり自分の好きな作品て応援したいじゃん。藍子に言われてちょっと調べてみたけど、数万ポイントあるような人気作品でもレビュー0って珍しくない。そこで俺がレビュー書いたら、作者さんは嬉しいだろうなあってのは簡単に想像つく。
"――それに、ちょっと悔しいんだよな"
藍子は既に何本かレビューを書いている。俺が書かなかったからといって、あいつは馬鹿にはしないだろう。けど、何だか負けたみたいな気がするんだ。
"小説家になろう"に投稿している人は、年齢から性別まで様々だ。下は小学生、上はおじいちゃんおばあちゃんまで。学生、社会人、専業作家とほんとまちまちらしい。藍子が書いたレビューは、そういう人達に読まれているってこと。で、画面の向こうから、あいつにレビューのお礼を言っている人がいるってことだ。
学校とか、家族とか、住んでる町とか、そういう枠組みを超えてさ。ネットっていう広い社会の中で、あいつは評価されている部分があるってことだ。別にネット小説投稿サイトで評価されたからって、何がある訳じゃないけどさ。それでも、ちょっと秘密の楽しみみたいでいいなとは思う。
"あいつだけ一足先に大人になったみたいで"
幼馴染みとしちゃ、気になるわけ。あ、別に気になるって言っても、女の子としてじゃない......多分。そ、そりゃまあ中学生だし、小学生の頃とは色々と違うけどさ。特に体つきとか。どことは言わないけど!
「っ、ちっがーう! こんなことを考えてる場合じゃねー!」
変な気分になりそうだったので、思わず叫んだ。ああ、もう、一文字も進んでないし! 顔でも洗ってこよう。
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冷たい水で顔を洗い、俺は改めてレビューを書くことにした。対象作品は決まってる。高校生が異世界転生して、転生先で魔王になるお話だ。魔王になったまではいいけど、敵となる勇者とは和解しており、特にやることは無い。配下も有能であり、勝手に国は回る。手持ち無沙汰になった魔王様は思い余って、諸国放浪の旅に出る。簡単に言えば、これが粗筋となる。
タイトルは「転生魔王の放浪譚」。魔王という身分を隠して諸国を世直しする姿は、痛快で時に切ない。
現時点で30万文字超と結構長い。ポイントは6,500前後だから、割と人気作品だと思う。三ヶ月前に見つけてから、ずっと連載を追いかけている。この作品に目をつけたのは、自分が好きというのは勿論、まだレビューが0だからだ。もし俺が書いたら、きっと作者さんは喜んでくれるだろう。
藍子がアドバイスしてくれた内容を思い出す。ぶっちゃけどう書いても自由なんだが、あいつは二つに絞って具体的な書き方を教えてくれた。一つは主人公に的を絞る書き方、もう一つはわざと抽象的にして、自分の心情を強めに出す書き方だ。
俺は今回は前者の書き方で書くことにする。いや、だってさ。自分の心情強めにって、何か恥ずかしいだろ。俺の独白みたいになったら、いたたまれないしな。レビュー上級者になったら、やってもいいけど。というか、そんなに本数重ねないよな。
「転生して割とあっさりとその立場を受け入れているんだけど、時々しんみりさせるんだよな。家族の事とか思い出してさ」
そう、傲岸不遜な魔王の癖に、妙に情に厚くてさ。見も知らぬゴブリンの子供の敵討ちに付き合ったり、病気に苦しむ村の原因を取り除いたりしてやるんだよな。あ、そっか。俺、こんな風に小さい時なりたかったのかもしれない。ちょいニヒルで、けれで曲がったことが嫌いでさ。孤高だけど優しくて。
"よし、書けそうな気がしてきた"
そうだな、難しくなんかないよな。俺が今の感情を書けばいいんだ。昔の夢に重ねて。
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軽い電子音を立てて、俺のスマホが鳴る。通信アプリを叩くと、一通のメッセージが届いていた。送り主はAIとなっている。藍子からだった。
"リョータ、レビュー書いたんだね。読んだよ、いいレビューじゃん!"
リビングのソファにぐだんと横になりながら、俺はそのメッセージを読む。ちょっと嬉しい。藍子が認めてくれたってのが、妙に嬉しい。そんな風ににやけている内に、またメッセージがアプリに届いた。
"レビュー投稿した作品のPV見てみた?"
PV? アクセス数か。
"いや、見てないけど。何で?"
"そっか、いいから見てみてよ。多分リョータなら気がつくと思うから"
速攻で帰ってきた返信に半ば背中を押されるように、俺は「転生魔王の放浪譚」を開く。普段PVなんか見ないから、ちょっと迷った。ええと、これか。画面やや下方、この"作品のアクセス解析を見る System by KASASAGI"だな。
指を滑らせる。画面が切り替わる。横に並んだ青い棒グラフが見え......うん?
「なんか、急に増えてる?」
間違いない。このPV数を示す棒グラフ、朝七時あたりから大体同じような長さになっているんだ。けど、二時間前、つまり午前十一時辺りから約二割ほど増加している。すぐに気がつく。俺がレビューを投稿した時間が、大体その辺りだった。
"見た。これって俺のレビューの効果?"
"そうだよ。読もうの新着レビューに、リョータのレビューが掲載されてるからね。最近はレビュー書く人増えたから、割と流されるけど"
"でも宣伝になってるんだよな"
"うん。ちょうど本屋のPOPみたいにね、リョータの投稿したレビューが、作品の旗になってるんだよ"
作品の旗か。いや、何かいい響きだな。ついにやにやしちゃうんだけど。
「何にやにやしてるの、気持ちわるいわねー。分かった、藍子ちゃんからでしょ?」
「え、いや確かに藍子と話してるけど、それが原因じゃなくて」
うお、うちの母さんが突っ込んできやがった。慌てて否定したけど、俺を肘でつんつんしてくる。止めれって。
「うふふ、いいのいいの。藍子ちゃん綺麗になったもんね~。あんたと二人で手繋いで幼稚園行ってた頃も、あー可愛いと思ってたもの」
「何年前の話なんだよ......」
幼稚園、小学校、中学校と一緒なので、幼馴染みというより腐れ縁て気もするんだけどな。そんなやり取りをしていると、また藍子からメッセージが届いた。
"レビュー、迷わず書けた? あ、どの画面にレビュー書くメニューがあるか、すぐに分かったかなってことね"
"前教えてくれたから、迷わなかったぞ"
レビューを書きたい作品にアクセスすると、一番上に、小説情報や感想と並んでレビューというタブがある。そこをタッチすると、その作品に寄せられたレビューがずらっと上から下に並んでいる。それを一番下にスクロールすると、―お薦めレビューを書く―という表示があるんだ。ここにレビューのタイトルと本文を書いて、書き終わったら、すぐ下にあるレビューを書くというボタンを押して投稿した、という次第だ。
ちなみにレビュー本文を書く際、俺はちょっとしたテクニックを使った。いきなりこの画面からポチポチ書いてもいいんだが、何かの拍子でブラウザバックしたり、サイトが落ちたら無駄になる。
だから、メールアプリを利用した。メール作成画面でレビュー本文を書き上げて、全文をコピー。それを読もうのレビュー投稿画面に貼り付けしたってこと。段落や誤字だけは、そこで直接修正したけどな。
しかし、これわざわざメールアプリ使わなくても良かったな。メモ帳やワードパッドでも十分だったんじゃないか。まあいいか。
"さすがリョータ、優秀優秀。ふふ、作者さん喜んでくれるといいね"
"おう"
俺の短い返答でもって、藍子との会話は終了。そのまま何気なくユーザーページを開くと......ん、何か赤い文字が光ってる。何だ、こんなの初めてだ。新着メッセージが一通あります、だって?
これはもしや。
アクセス。メッセージボックスの受信トレイに自動移行。メッセージの差出人は、やっぱり。「転生魔王の放浪譚」の作者さんの、あんりまんゆさんからだ。
(メッセージタイトル)
レビューありがとうございます
(本文)
Ryo様。転生魔王の放浪譚にレビューを書いていただき、ありがとうございます。書かれたレビュー一覧が更新されました、の赤文字を見つけた時は、びっくりして心臓が止まって、三回転半ほど床を転がり回り、デュフフフと変な声が漏れました。失禁しそうな程嬉しかったです、ハアハア。これを励みに頑張って更新続けるので、読んでいただけると幸いです。それでは!
あんりまんゆ
うん。
喜んでいただけたようだ。かなりあれな感じで、ちょっと引いたけど。あ、そうだ。藍子に連絡しとくか。
"もしもし、藍ちゃん。私リョータ。今あなたの後ろにいるの"
返事は速攻。
"止めてよ、あたし怖いの嫌いなんだから! で、何!"
"作者さんからお礼のメッセージが来たぞ。びっくりして心臓が止まって、三回転半ほど床を転がり回り、デュフフフと変な声が漏れ。失禁しそうな程嬉しかった――らしい"
"......ふ、ふーん、良かったね。ちょっとあれな人っぽいけど、喜んでもらえて"
"うん。でもさちょっと反応はあれだけど、やっぱり嬉しかったよ。こんな風に作者さんから直接お返事貰えて。ありがとな"
"ん、何が"
"お前にレビュー教えてもらわなかったらさ、こういう経験も出来なかった訳たろ"
"そんなの別に大したことじゃないし? あ、でもそう言うならさ。数学の宿題見せて! 今日になってやってなかったことに気がついたの、お願い!"
抜けてるなあと思ったし、普段なら無視するんだけどな。仕方ねえ、今日は特別だ。
"しゃあねえな。十五分後に行くから待ってろ"
スマホを止めて、体を起こす。そういえばあいつの家行くのって、かなり久しぶりな気がするな。最後に行ったの、いつだっけ。
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『憧憬をくすぐる魔王様へ』
僕は小さい時、ヒーローになりたかった。悪い奴をやっつけて、皆に凄いって誉められて、尊敬されて。そして大切な誰かを守ることが出来るような、そんなヒーローになりたかった。
けど、大きくなるとそんなのは幻想で、ただの子供の戯言だって分かってしまった。おとぎ話は終わり、僕はただの普通の人だ。
この物語の魔王様は、そんな僕の昔の夢を叶えてくれる。ただ一人、魔剣を片手に荒野を行く。知らない町を歩く。ゴブリン達の敵討ちを助け、名乗る程の者じゃないと去ってゆく。自分を必要としてくれる誰かの為と言いながら、その反面、自分自身が誰かの支えであることを必要としているみたいで。
「俺が俺自身である為に」
その決め台詞は、どこまでも清々しく一直線で、格好いい。頑張れ、魔王様。ヒーローは永遠だ。
当エッセイ内に出てくる作品と作者名は完全に架空の物です。