手紙
拝啓 あなたへ
今回は少しだけ昔話と、後は報告というか懺悔のようなものがしたくて筆を執りました。
昔話というのはあの日、僕らの道を閉ざしたあの日の話です。
あの真っ白の夜を二人っきりで過ごしたあの日、僕は君に向けていた笑顔の裏で、早く自分の心臓が止まってほしいと、ただただそう願っていました。
君と作り上げたもの、背負ったもの、授かったもの。それらすべてが僕を助けてくれると知っていました。それでも君のいない日というものが恐ろしかったのです。
ちっぽけな自分をあれほど呪った日はありません。無力な両の手をあれほど切り落としたいと思った瞬間はありません。それほど君が大きく、愛おしく、大切だったのです。
ですが、僕は翌朝にはそれらすべてをどこかに捨て置かなければなりませんでした。君と過ごした思い出も、君への想いも何もかもです。
あの白い夜につながる一切を持っているわけにはいきませんでした。そうでなければ弱い僕は立っていることが出来なくなってしまうから。
何度も謝りたかったのです。弱い夫でごめんなさい。
翌朝、切り落としたいほど憎い手のひらで、君と生きたの証明を優しく握り締めたとき、彼は僕に言ったのです。
お空を見ると声が聴けるんだよ、と。
彼はやっぱり君の子です。すごく優しくて、人の傷に敏感なところなんて特に。
彼を導こうと一生懸命に前を歩いていましたが、今思えば後ろからダメな父の背を押してくれていたのかもしれません。
でもいいところばかりではありません。元気がありすぎるのか、落ち着きがないと何度も先生に注意されていました。そんなところは僕にそっくりです。大人になる前に君の性格に似直しますようにと、夜に祈ったことを今でも覚えています。
そうそう、君が心配していた仕事ですが、心配どおりいわゆる出世街道から外れてしまったようです。
今は残業がない、とまではいいませんが、あまり遅くならない部署に異動させてもらいました。おかげであまり贅沢は出来ませんが、彼をきちんと見ていられます。君の代わり、が出来ているかはわかりませんが一生懸命彼を見守っています。
本当に多くの人に支えられてきました。多くは君の人徳でしょう。僕も彼も、君に生かされているのだと、毎日のように感じています。
特に君のご家族には本当に感謝しています。本当にいい家族です。
彼が熱を出した時なんて、僕は怖くて怖くて仕方がなかったんです。また失ってしまうのではないかと。けれど、お義母さんと義妹さんが駆けつけてくれました。
お義父さんは、彼だけでなく、僕も家族だと言ってくれました。最愛の君を奪い去ってしまった僕にです。感謝と、それから申し訳なさで涙が出てしまいました。
お義母さんは、彼に母親が必要なのではないかといいます。君は怒りますか? 彼の母親は私だと。そんなこと君は言わないでしょうね。自分よりもいつだって人のためですから。
もちろん、断りました。彼もまだ、必要ではないようですし。ですが、その時が来たら君は僕らを許してくれるだろうか。その日の晩は朝方まで、お酒を飲んでしまいました。
それから、彼は中学受験をしませんでした。お義父さんやお義母さんと話し合ってもらったのですが、結局公立に進学するようです。僕の個人の意見としては、君が通った中学、高校へと進学していってほしかったのですが、これはエゴなのでしょう。
彼は今も元気に部活動にいそしんでいます。もちろん、勉強も。
さて、これから少しだけ懺悔をさしてください。どうも僕は君の許しがないと進めないようなのです。
先日、義妹さんより告白をされてしまいました。何度か彼を預かってもらっていたのですが、その時に彼女は母親が必要だと感じたそうです。
彼が彼女に言ったそうです。二度とお父さんの前からいなくならないならいいよ、と。
彼には本当に支えられています。
ですが、正直に心の内を告白すれば、ただただ困り果ててしまいました。彼女は君によく似てきています。不意のしぐさなんて、目を疑ってしまうほどです。
懺悔の内容とはまさにこれです。彼女に君を重ねてしまうことも何度もありますし、なんだか利用しているように感じてしまうのです。
ただ、最近の日々の中で彼に母親という存在が必要なのは感じているのです。そして都合のいいことに彼も母親として、というわけではありませんが、彼女になついています。
君にとって実の妹にあたるのです。彼女には幸せになってほしいのです。君が果たせなかった幸せを。普通の幸せを。
ですが、親としての感情が勝ってしまうのです。彼女より彼の幸せを願ってしまうのです。彼女がこれから得られたであろう幸せを奪い、捻じ曲げ、変質させてでも、彼を想ってしまうのです。
彼と、そして君を。
僕はだめな男です。優しく想ってくれた家族にあだで返そうというのですから。
もう一度、君の家族と僕たちが家族になる許しがほしかったのです。
君の妹を幸せにすると言えるほど、僕は立派な男ではないのです。
ただ、僕と君の妹で、彼を必ず立派に育て上げます。
贅沢はさせてあげられないけれど、たくさん我慢させてしまうけれど、大きな波に足を取られないよう立っていられるよに育てます。
だから、どうか僕の背中を押してください。
そうすれば、君に会えるその時まで、二人の前を歩いて見せます。
明日今度は君に3人で会いに行きます。彼と彼女と3人で。
君の許しがあれば彼女と家族になります。
こんなことを君に頼んでしまう情けない夫でごめんなさい。
ありがとう。
ただ、君と彼を想う僕の話。
両の手を切り落としてでも君に会いたい夫と、彼とともに想いを置いて歩く父。
夫から父へ僕のお話になりました