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夜半。
音に気づいたのは、どちらが先だったか。
「ちょっと、何するのよ!?」
マウレーネ王女が叫んだ声に飛び起きれば、目の前には白刃があった。
思わず顔を上げれば、そこにあったのは王女の取り巻き――まあ、護衛の一人であるあの斥候だ。
前にも切りかかられたけど、今度は何だというんだ。
「おどき下さい、殿下」
「何を言っているの?」
突然現れたと思ったら、下級生に切りかかる。
その状況についていけていないのか、王女が理解できないというように呟く。
「王女が2日間も平民といたことが噂されれば、王女の評判に関わります」
「訓練中の事故よ? 歴代だってそういう事はいくらでもあったはずだわ」
言っていることはまともなのだが、何故かにやにやしているのが気に食わない。
これってもしかしてあれかな。
王女に対する不敬とかで、手打ちにする気満々ってヤツ?
僕に切りかかったことでレスに散々言われてそうなのに、なんで懲りないんだろ?
そして頬に殴られたような跡がある気がするんだけど、それ、犯人きっとレスだよね?
虎種に蹴られてたの腹だし。
「王女が出来ないならば私がやります。おどき下さい」
「え、ちょっと待って……! いくら平民とは言えども、機関の学生なのよ!? そんなの許されはしないわ……!」
何故だろう。
王女がいっていることがまともだ。
思わず瞬いて王女を見れば、なんでそんな目で見るのよと抗議するように見てきた。
いや、今までがアレだったしね……。
ステータス欄を開けば、確かに見えるレスの身近にいる表示。
でも1㎞以上離れてる。
恐らく斥候が先行して、王女を見つけて速攻僕に切りかかったとかそんなんだろう。
もしかして絶体絶命? これ。
「そんなこと。――王女に手を掛けようとしていたとでもいえば済むことです」
「……! そんなの、レステリオ君が信じるわけないじゃない!!!」
「見ていないのに?」
斥候の彼はいくらでも誤魔化せると思っているのか、僕に殺気を出したままだ。
あ、これ、ホントにあかんヤツだ。
何故かばれないと絶対的に信じている。
そんなところで幼さとか出さなくていいんだよ……!
っていうか君の中で僕はどれだけ駄目な子認定なの!?
「に、逃げて!!!」
王女が斥候の手を掴んで、僕に叫ぶ。
きっと彼の中では、平民であるレスに殴られた不満が僕に噴出しているのだろう。
それが殺人という手段になっていることに気づかず、ただ制裁として手を下そうとしている。
王女はさすがに彼が本気だということに気づいた、というところか。
「待て!!」
とか冷静に脳内で呟いてみるけど、これあかんヤツだからーーー!!!
斥候から逃げれるわけないし、本当にどうしろっていうの!?
とりあえずステータスを開いてレスの方向に向かおうと必死で方向を定める。
レスの方向に逃げるのだけは慣れてるから、距離はぐんぐん縮まるが、王女が斥候を止められるわけもなく何故か叫んでる声だけが聞こえる。
そして僕は忘れていた。
そう、浅瀬になっているとはいえ、川はすぐ近くにあったのだということに。
追いつかれ、切りかかられて必死に避けて。
そうして僕はまた川に落ちた。
浅かったところからまた深くなり、そして違う場所へ流れて行ってしまう川の中へ。
「こたあああああ!!!!!」
最後に聞こえたレスの声は、幻聴だったのだろうか。
二人ではないので重さすらなかった僕は、あっという間に川に流されて、そして。
落ちた。