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王都にある機関の訓練生が、そんなに危険なところに行くはずがない。
そう思っていた人、手を挙げてー。
はーい。
「ちょっと!? 何を遠い目をしてるのよ!?」
「なんでだろうね……」
右にいるのは、マウレーネ王女。
左にあるのも、上にあるのも、下にあるのも、うっそうとした森です。
なお、敵影はないが味方の姿もありません!
「貴方が動くなって言うから動くなって言ったのに……もう、こんなに暗いわ……」
眉をしかめながらも心細そうに喋る王女に、僕こそがため息をつきたい。
どうしてこうなった……。
☆
結論から言うと、実地訓練は王女様と伴に動くことになった。
理由としてはまず、初年度生ともあまり仲良くなかったことが一つ。
先生からも圧力がかかって強引に押し込まれたのが一つ。
最後が、僕がいてもいいと王女側が折れた、という事が一つだ。
そこ、折れなくてもよかったのにね!?
で、他のメンバーがいたんだけど……。
ぶっちゃけメンバーが悪かった、としか言いようがない。
王女の傍ということで、腰ぎんちゃくっぽいのがいたんだけど、もう見るからに僕を嫌悪していたがためにレスの機嫌は最悪だったんだ。
僕を少しでもいじめようとレスを先に行かせようとする斥候。
僕の傍を離れようとしな前衛。
しまいには指揮官ということで前に出る回復。
もう、ぐだぐだもいいところである。
連携とはなんだったのか。
出あう魔物はレスか、腐っても王女の護衛である生徒が瞬殺するから危険があるわけではない。
でもさあ、隙あれば僕に身の程を知れだの、とっとと帰れだの言い始めるのはやめてくれないかな。
上級生だからってレスの機嫌が悪くなる一方で、ギスギスしすぎだって話なんだよ。
ホント止めてほしい。何しに訓練に来たのこの人たち。
僕がただの衛生兵であれば、この人たちは普通に扱ったんだと思う。
でも、ヒーラーいるPTに衛生兵って何のためにいるんだって話だし。
そもそも一人一人の能力は割と高くて、僕自身がお荷物なのはよくわかっていて、もうついていくのも苦痛だった。
それで、言ったのだ。
レスが。
「どうしてもっていうから組んだけど、訓練になりゃしないし帰る」
と。
で、返事した方も激怒した。
「お前が使えないヤツを連れてくる方が悪いんだろ!?」
と。
はい、それ地雷です。
「使えない? アンタの頭の方がよっぽど使えねーだろ。あんたなんでそんな無駄な動きなの? 回復いるからって力任せすぎなんだよ」
「なっ……! いくら騎士だとはいえ、言い方が!」
「言い方なんて、あんたコタにろくでもないことばっかり言ってるのに、なんで俺があんたに言うのは駄目なの? 大体さ、コタはサポートであって、戦闘員じゃねーんだけど? マッピング一つ出来ない奴らに、コタの悪口なんて言われたくないし、ましてやそんな頭使わないバカにコタを馬鹿にされる理由も俺にはないんだけど?」
いつも脳筋のくせに、ぶち切れるとなぜこうも悪口がスラスラ出るのか親友よ……。
困惑する僕を横目に、激昂する二人を止めたのは王女だった。
曰く、私のために争わないで!
……いや、違うから。
どうみても争われてるの僕のせいだから。
取り合いじゃないけども。
「王女……」
「なにかしら」
「いえ。なんでもありません……」
空気読まない王女に白けた二人を見て、火力の子が二人を取りなし、その時は落ち着いたんだ。
でもそれは、かりそめの平穏でしかなかった。
きっかけは、レスが僕から離れたこと。
「コタ、絶対に動くなよ」
そう言って離れたレスは、近くの脅威を正確に把握していた。
遠距離攻撃の火力の子を連れて、先制攻撃を仕掛けた先。
そこにいたのは、化け物だった。
「……虎種!? なんでこんな浅い場所に……!!」
「そんな……」
まだ浅い場所、ということでレス自身も油断していたんだろう。
急いで抑えにはいったけど、火力の子が棒立ちでなかなか攻撃が決まらない。
そんな中よけきれなかった爪に深く斬りつけられ血を吹き出し、レスが負傷したんだ。
「いやあああ!?」
「ちょ、落ち着いてよ!!」
僕としては深く切れているように見えても、レスにとっては結構冷静に急所を外していることが見えていた。
だからパニックにはならなかったのだけど、周りがパニックになってしまったのだ。
中でもすぐさまレスに駆け寄ろうとした王女はどう考えてもダメすぎで、そんな王女をとっさに抑えたのは僕だった。
「は、離して!?」
「近くに行くな! 邪魔になる!」
「ですが怪我が……!」
ヒーラーは怪我を見たらすぐさま治すものだと思っているのだろう。
基本が出来てなさすぎる王女に、僕は内心ホントこの子駄目だと思っていた。
あんな忙しく動いている横に回復が行ってどうするんだ。
守るために無駄な動きが増えて余計レスが危ないだろうが!
「今治せるわけないだろ!? 落ち着くまで近寄るな!」
怒鳴りつけた僕も、まあ悪かったのかもしれない。
相手が王女だということをぶっちゃけ忘れていたのだ。
冷静なように見えて、僕も突然現れた強敵に焦っていたのだろう。
だけど、うん。
後ろからさすがに切りかかられるとは思わなかったんだ。
「不敬な!!! 王女から手を離せ!」
「……はぁ!?」
暴れる王女が邪魔で舌打ちする僕に、不敬なことをするなと何故か斥候が切りかかってきて、大変なことになった。
咄嗟には避けたけど、背中を薄く切られたのを見たレスが、僕の方を見てパニックになったのだ。
「コタ!?」
「馬鹿! お前も目を離すなーーー!!!!」
抑えていたレスの横から、放たれる虎種。
パニックになって全員が散り散りになり、僕はと言えば仕方なく王女の手を引いた。
虎種が何故か、切りかかってきた斥候を蹴飛ばした後に王女の方へ走ってきたからだ。
……女の子の方が肉が柔らかいとかなのかな。
でも、とりあえず進行方向にいて血を流している僕とか、恰好の餌過ぎて結局走って逃げることになった。
囮になっているうちにレスが倒せばいい、それくらいの心持ちで走って数分。
僕らはさらに不遇の出来事に遭遇する。
「いやあ!」
「うわあああ!」
滑り落ちに、川ポチャ。
決して早くはないけど容赦なく流れに巻き込まれた王女に連れられて、僕はどんぶらこっこと流される羽目に陥ったのだ。