12
村に入る前にレスを捕まえたかったんだけど、レスは何故か森の魔物が多くいる方に出かけているみたいで会いに行けなかった。
無理をするわけにもいかないので僕は素直に自宅へ帰ることにした。
とりあえず何事もなかったかのように帰ればいいや、と。
そうやって自宅へ帰って見たものは、何故かお通夜のような我が家だった。
「えーっと……ただいま?」
我が家はこの村で、一応道具やみたいなことをやっている。
ので、表側に扉は開きっぱなしで、少し内側に入れば我が家の奥が見えてしまうのだが……。
何故か店の方に誰もおらず、仕方ないので勝手知ったる我が家ーと奥に入り込んだら、両親がひざを突き合わせて何故かお通夜していた。
なにがどうした。
「……コタ?」
何故か昔より細くなった気がする母が、僕の姿を見て呟く。
細くなったと言っても村の恰幅イイおばちゃんを地で行くような母が、むしろ細く見える方がびびるのだが。
「……コタ?」
いかにも地味めの、その辺にいるおっさんな父が僕を見て茫然と呟く。
っていうかそれ、母と同じセリフだし。
なんでそんな驚かれてるのか僕もわかんない。
「二人でそんなところで座り込んで何してるの?」
「何してるってお前の……!」
「僕の?」
「お前……の……こたああああ!」
「うわああああ何ぃいいい!」
がっばー! と詰め寄ってこられ、僕は母に抱きしめられた。
さすがに父親なら距離を取るが、母に突進されては仕方がない。
まぁ当然というかなんというか、支え切れなくて転がりかけたけど、後ろから来たファルが支えてくれたのでなんとかなった。
ぎゅうぎゅう締め付けられ、困惑して父を見れば父は泣いている。
よくよく見れば母もプルプルしているのできっと泣いている。
そこまでわかれば、なんとなく話は見えて来るものの、どう反応していいかわからずに僕は立ち尽くすことしか出来ない。
「おーおー……予想はついてたが、なんかすげぇことになってんな」
「オットー?」
困惑して立ち尽くす僕に助け船を出してくれたのは一緒に来てくれたオットーさんだった。
どうやら一向に呼びに来ない僕を追いかけて、二人とも家に入ってきたようだ。
10日ほど前に立ち寄った知り合いが何故僕と一緒にいるのかわからないらしく、父が不思議そうにオットーさんを見る。
「お前がなんでここに? 森の奥にいった後はしばらく別の村へ行くって言ってなかったか?」
「森の奥には行ってたよ。帰って来る時にお前の息子拾ったから、もっかいアルハ村に戻ってきただけだ」
「!?」
「感謝しろよー。まあ、普通に元気に暮らしてたけどな、お前の息子」
感謝、と言われてまだ僕もお礼を言っていなかったことに気づく。
母を縋りつかせたまま、送ってもらった御礼を言うと、オットーさんは面白そうに笑った。
「ま、これでも10年来のダチだしな。その息子を送り届ける位、お安い御用ってもんだ」
「オットー……ありがとう」
「よせよ、お前にかしこまられると焦るわ。それにお前の息子のダチが強すぎて、俺は単に道案内してただけって感じだったからな。礼ならそこのエルフの兄ちゃんに言っとけ」
「僕かい!? あーえー、いや、その。どっちにしろ僕はしばらくここでご厄介になる予定だから、先払いってコタが言ってたから大丈夫!」
「いや、それなんか違う……」
ツッコミどころの激しいファルの台詞にようやく頭が起動したらしく、母が顔を上げて僕の両頬をがしりとつかむ。
「まったく! 連絡もなしに行方不明になったりして!!」
「え、いや、連絡出来たら行方不明っていわな」
「レス君にコタがいないってことを聞いて、どれだけ心配したと思うの! この親不孝者!!」
「ふぁい」
やっぱりお通夜になっていたのは、レスが僕の家に来て僕の現状を話したからだったようだ。
話しぶりから言うと、オットーさんがいたころには知らなかったようだから、ここ最近の話なのかな?
容赦なくほっぺたを引っ張られ、痛いと抗議するも聞き届けてもらえない。
それどころか心配かけた罰として正座待機を申し付けられた。
「まったくもう。一体どこにいたの!」
「あ、エルフの里にいたんですよ~」
「エルフの里??」
「はい~。僕の生まれ故郷なんですけどね~」
ファルが説明し出すのに任せ、僕は補足程度で事情を説明する。
レスからどれくらい聞いていたかはわからないけど、行方不明って結構大事だしね。
僕は訓練中に足を滑らせて川に落ち、そのままエルフの里まで流されたと簡潔に事情を伝えた。
いや、ぶっちゃけ殺されかけたわけだけどそれをそのままレスが言っているとも思えないし、あの僕を突き落とした生徒は腐っても王族の近くにいたわけだから貴族で間違いないんだよね。
どの程度の身分だったかまでは興味なかったから知らないけど、下手に話さない方がいいだろうと思ったのだ。
いかにも平民な両親を巻き込む事はしたくない。
「それでレス君がごめんなさい、だったのね~」
レスは近くにいなかったと話せば、母は得心したようにうなずいた。
事情は言わないまでも、自分がついていながらコタを助けられなかったことをレスは謝ってきたのだと言っていた。
「アンタはいないし、レス君は暗いし。まさか4年も音信不通だったなんて、いっつもレス君に世話になっていたっていうのに、なんて不義理な息子なんだい」
「だから連絡の取りようがなかったんだってば。里自体は危険はないけど、帰って来るのに結構危ない処通るんだもん」
「それにしたって、ひょっこりただいまぁ~は、ないでしょう! 本当にこの子は変なところでのんびりなんだから!」
ぐにぐに引き延ばされている頬がまじめに痛い。
抗議するように見つめれば、母は調子が戻ってきたのかため息をついた。
「まず真っ先にレス君を探すのが筋ってもんでしょうが」
「えー……」
「えー、じゃないよまったく! うちはもういいからレス君探して来なさい!」
「また、母さんはレスばっかりなんだから」
――僕が大したことのない息子だから?
ふと、よぎった心の声に苦笑する。
昔封印したはずの嫉妬心。
だけど、こういうふとした瞬間には顔を出すのだ。
「仕方ないでしょう!」
憤慨する母は、僕をそのまま罵りレスを褒めるかと思いきや、何故か僕の言葉に目を潤ませた。
母が泣くところなんて見たことのない僕は、何故泣かれるのかわからずに目を瞬かせると、横で母のマシンガントークをただ聞いていた父がぼそりと僕を呼ぶ。
「コタ」
「……何?」
「おかえり」
何故このタイミングなのか。
相変わらずずれた反応の父に苦笑してただいまと言えば、母は自分でレスを探しに行けと言った割に何故か僕をぎゅむりとまた抱きしめた。
「レス君にお帰りを言えるのはアンタだけなんだから仕方ないの!」
「母さん、痛い」
「相変わらず鈍感なだめ息子! まったくもう、もう、もう!!」
行けという割に離してくれない母は、僕のことを心配していたのだろうか。
……してたんだろうな。
先ほどから母や父の反応に思考が追い付いて来ないけど、前世を含めて判断基準を広げても、彼らの反応は普通に自分の息子が無事に帰ってきたことを喜ぶものに他ならない。
そこには疑う余地なんてありはしない。
……うん。
ホントはわかってる。
口ではどんなことを言っていても、僕はやっぱりこの二人のただ一人の息子なのだ。
いなくなれば涙を流し、帰ってきたと知れば喜ぶ。
単純なことだというのに何故か実感がわかなくて母の肩に顔を埋めれば、父が今度は頭を撫でてきた。
「母さん」
「……何」
「もう少しくらい、いいんじゃないかね」
「でも」
「……レス君も、息子といる時間を少し引き延ばしたところで怒ったりはしないさ」
父の言葉がきっかけだったのか、母の腕がさらにしまる。
少しきついけれど文句を言えない状況に、僕はただ座ったまま二人の動きを受け止めたのだった。