9. 突撃!お宅訪問(1)
誘っても無下に断られ、後をつけても撒かれ――
ときたらもう『あとは自宅に突撃するしかないじゃない!』と力説する洋海に、なるほど一理あると確かに自分も同意した。
した……のだが。
目の前に聳えるやたら格式張った木造の古い門と手元のメモを見比べて、哲哉はゴクリと唾を飲み込んだ。
「と、とりあえず……押してみようか、インターホン」
イカン川柳詠んでる場合じゃねえしっかりしろ俺、といつになく緊張しているらしい自分を叱咤しつつふるふる首を振る。
「……つーか、おいっ。言い出しっぺが何隠れてんだよ」
完全に哲哉を盾代わりにしていた洋海をむりやり前面に押し出してやる。
「だ、だってこんなお屋敷に住んでるなんて……」
首根っこを掴まれた洋海はわたわたと無駄に手足をバタつかせたあげく、あっという間にまた自分の後ろに引っ込んでしまった。
ここにも小動物いたよ、と哲哉はため息を吐く。
気持ちはわからなくもない。
お屋敷と呼んだだけあって門衛の一人や二人立っていてもおかしくない雰囲気の門構え。
頑丈そうなうえに軽くジャンプしても中を覗き込めないほどの高さがあり、そこから左右に伸びる板塀ともども古いが手入れが行き届いているように見える。そしてその塀の長さからいっても、この奥に広がる敷地はかなりの面積ではなかろうかとの推察もでき――。
一言でいうと、まあ……ビビっているのだ。
脇に門札とインターホンが取り付けられてはいるが、客を招き入れることなど微塵も望んでいなさそうな重厚感というか拒絶感がビシバシ伝わってくる(気がする)のもなぜだろう。
何か排他的な――冷たい意志めいたものがそこここに見え隠れするようで、落ち着かない。
まあ……大方、勝手に家まで押しかけてきた負い目やら予想される睦月の冷酷な反応から、そんな印象を抱いているに過ぎないのだろうが。
――とはいうものの、心なしか背後を吹き抜ける風も強くなってきた気がして、思わず肩を竦めた。
だが来てしまったものはしょうがない。
学校から結構な距離だったしこのままとんぼ返りなんて損なことしてられっか、と半ばヤケクソで呼び出しボタンを押す。
――と。
『はい』
プツリというわずかな雑音の後に聞こえてきたのは、間違いなく大谷睦月の声。
二人で顔を見合わせた後、ようやく後ろから出てきた洋海が怯みながらも送受口に近付く。
「あ、あの、大谷く……」
「宅配便でーす! お荷物お届けにあがりましたー!」
この時点で怒鳴られたり切られたりしないということはモニターは付けていないようだ、と判断した哲哉がすかさず大声で割り込んだ。
(ちょっ……哲くん!?)
(バカ、ここで名乗ったら間違いなく顔も見ずに追い返されるだろーが)
そんな小声の応酬の方はうまい具合に聞こえなかったらしく、「中までお願いします」と良く通るはっきりした口調で睦月は通話を終わらせた。
門を押し開けて中に踏み入ると、思ったとおり敷地内はかなり広かった。下手したら高校グラウンドの半分くらいはありそうだ。
ただ……立派な庭木や花壇があるわけでも観賞用の池があるわけでもなく。
建物へと導く灰色の石畳とその周囲に敷き詰められた細かな砂利以外は何もない庭――だだっ広いという形容そのものの空間だった。
石畳の伸びた先――正面には母屋と思しき建物。意外にも普通の二階建て木造住宅だ。
控えめな佇まいとガランと開けた空間。それを取り囲む物々しい門塀との何とも言えないアンバランスな加減に首をひねりながら進んで行くと――
住居の左奥に何かの建物が見えた。
平屋造りのようだがそれにしては何やら屋根の位置が高い。
(物置……にしては立派そうだし。あれはいったい――)
それが何なのか見極める前に住居へと伸びた石畳は終わってしまい、ちょうど到着を見計らったように玄関の引き戸が開けられた。
「――」
グレーのパーカーにジーンズという出で立ちで引き戸に手をかけたまま、睦月が目を見開いて固まる。
「あんたら……なんで――」
「よぉ」
開き直ってヒラリと手を振ってやるが、相手は驚きのあまり二の句が継げないでいるらしい。
まさか家まで突きとめてやって来るとは思ってもみなかったのだろう。
(つーか睦月、家でまでさらし巻いて男のふりしてんのかよ……)
特に何を期待していたわけでもないが、まったく凹凸の見られない胸部に少なからず肩を落とす。
上手く隠せるモンだ……と心の中で軽く舌打ちして、哲哉は「ホレ」とプリントの束を手渡した。
「風邪で休みっつーからさ。けど――なんだ元気そうじゃん」
「……」
健康診断を回避するための欠席だったであろうことは解りきっていたが、とりあえずは見舞いの言葉などを述べてみる。
取って付けたように感じられたのか嫌味に聞こえたのか、睦月はますます物言いたげに哲哉を睨んできた。
よく見るとわずかに青みがかったグレーの瞳。
本人としては警戒心や不信感でガチガチに固めた視線を向けているつもりなのだろうが、不謹慎にもちょっと綺麗だな……などと思ってしまった。
「ご、ごめんね突然、あの……どうしても話がしたくて」
「……話なんて無い」
堪らず口を開いた洋海に微かに眉根を寄せ、それでも哲哉に対するよりは幾分表情を緩めて睦月は吐き捨てる。
「用が済んだなら早く帰っ――」
「客人か?」
言うが早いか引き戸を閉じようとした睦月に、遠くから穏やかな声が掛けられた。
「……親父」
視線を追ってわずかに振り返ると、離れの建物から出てきたのか道着を纏った中年の男性が歩み寄ってきていた。
(あれが……父親、か)
すっきり短く整えられた頭髪に所々白いものが混じってはいるが、おそらく中年担任や自分らの親と同年代……か、いくらか若いくらいだろうか。
スラリと背が高く、濃紺の道着、袴もずいぶん様になっている。歩いて向かって来るだけの姿さえ無駄も隙もないように見えた。
穏やかで隙のない武道家――――漠然とそんな形容が思い浮かんだ。
優しそうな笑みを宿したまま、自分たちのすぐ近くで立ち止まる。
睨みつけそうになるのをなんとか堪えながら、哲哉は冷静に睦月の父親を観察した。
穏やかな表情や落ち着いた物腰で接しているつもりかもしれないが、何と言ってもあの痣や傷の原因を作った(らしい)張本人だ。
笑顔ふりまいて取り繕ったって騙されてなんかやんねーぞコラ、という挑戦的な心の声がバレないよう、まずはとりあえず一歩前へ進み出て深々と頭を下げる。
「はじめまして。大……睦月くんのクラスメートの桜井といいます」
「さ、佐藤です。と、突然すみませんっ」
あわてふためいて隣に並び、洋海が同じようにぴょこんとお辞儀する。
あーこんなモンでいっかそろそろ腰にくるわー、と実に不遜なことを思いながら哲哉が顔を上げると。
自分たちをずっと見つめていたと思われるその瞳がさらに優しげに細められた。
「――お友達でしたか。ならどうぞ上がってください」
「親父!?」
「睦月、お茶を」
弾かれたように不満をあらわにする睦月にただただ優しげな視線を返し、父親は玄関の戸をさらに大きく開けて自分たちを招き入れた。