No.100 合宿
――キーンコーンカーンコーン
鐘の音がその日の授業の終わりを告げる。
『急げ〜』
『合宿だ!』
それと同時に一年生たちが勢い良く教室を跳び出した。
「ふっ、アイツらときたら…」
「あれ? 純也はいかないのか? 今日から合宿なんだろ?」
意外にゆっくりしていた純也に優が不思議そうに話しかけた。
「ああ、ボチボチ行きますかね」
そう言って体育館に向かった。
『歩くのはっや!』
――――――
――――
――
「全員集まったみたいだな」
『オスッ!』
集まった部活達に薫が話しかける。
「昨日も言ったように試合前日までの三日間、合宿を行うことになった。注意事項は…」
薫が使用できる部屋、時間、仕事担当の割り当て、その他注意事項を部員達に伝える。何も見ずにテキパキと指示を出しているのがさすが、といったところ。
「……まぁ、こんな感じだな」
『オスッ!』
部員達が楽しそうにしていた。いつもと同じ練習場所なのに、合宿と言うだけで随分と違うものである。
「では、各自準備に取り掛かってくれ」
薫がそう言うと、部員達は割り当てられた仕事に向かう。薫がマネージャー二人に近付いて封筒を渡す。
「部費だ。すまないが夕食の準備を頼む。買い出しは純也と亮にも頼んであるから、どんどん使ってやってくれ」
『うん。まかせて』
『はい!』
久留美と純麗の二人は笑顔で返事をした。薫と入れ替わるようにして、今度は博司が大きなダンボールを持ちながら、マネージャー二人に話しかけた。
「あの〜……家から野菜持ってきたけど、どこに置けばいいでしょうか?」
「え、え〜と、家庭科室に置いてきてもらえるかな?」
「はい」
博司は返事をすると大きなダンボールを軽々と持ち上げ、家庭科室に向かった。
「凄い力……」
「ですねぇ…」
そう言ってマネージャー二人は博司の後ろ姿を見つめていた。
――――――
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――
「いやいや、ナスは必要だ! お前は何もわかっちゃいない!」
「ああ? んな真似できるか!」
スーパーの食料品売り場で純也と亮が言い争いをしていた。どうやら純也は亮がカレーにナスを入れると言ったのが気に入らなかったらしい。その様子を見た純麗が二人に言った。
「喧嘩しちゃだ〜め。野菜は博司君が沢山持ってきたからこのメモに書いてるものだけ買ってきてもらえる?」
「もぅ、練習時間なくなっちゃうよ」
久留美も後に続いた。その様子を見た純也と亮は、
『はい! 了解しました!』
と、今までの喧嘩が嘘のように言葉をシンクロさせて返事をした。そのまま凄いスピードで、食料を探しにどこかに消える。
「クスクス」
「単純ね…」
呆れた様子の久留美であった。
――――――
――――
――
買い出し組が学校に帰る頃には、使用場所の掃除、準備等終わったようで、ウォーミングアップに入っていた。純也達は急いで家庭科室に買い出しした物を運んだ。二日分は買い込んだのでそれなりの量になってしまった。これで明日からはすぐに練習ができる。
「しまうのは私たちがやるから、純也君と亮君は急いで練習に行って」
純麗に笑顔でそう言われると、
『はい!』
と、再び声をシンクロさせて体育館に向かったのだった。本当に仲が良いのか悪いのかわからない人達である。
――――――
――――
――
練習になると部員達の顔が一瞬でいつもの真剣な顔に戻る。準々決勝を四日後に控え、気合いが入るのは当然なのだが…。
薫が交代交代の一対一練習で、ディフェンスしてきた博司に言った。
「だいぶ上達したな。随分と中腰に慣れているみたいだが…」
「あ、農業でこんな姿勢は慣れてますので…」
農業もそうだが、日々のディフェンス練習で入部したての時に比べてだいぶ上達していた。
「ディフェンスは目や相手の予備動作を見て動いたりもするが、ほとんどが相手との読みあいだ。経験が物を言う場合もある。しかし、」
黙って聞いている博司に、薫は続ける。
「博司には身長や、その中腰を維持する力がある。スポーツの基本とも言えるその姿勢が出来ていれば、なんとかなるものだ。後はフットワークを意識してみるといい」
「は…ふぁい!」
博司が返事をした。やがて一対一が再開される。
薫は鮮やかに博司を抜き去り、シュートを決めたのだった。
――勝負に容赦のない男。
その名を『木ノ下薫』と言った。