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No.98 弱気?

他に誰もいない体育館にドリブルの音がなり響いた。やがて静寂に包まれると、今度はバスケットリングの網を叩き付けるような、バスケット選手たちには聞き慣れた特徴のある高い音が聞こる。

それは、決して不快な音ではない。そして再びボールが地面を跳ねる音が聞こえる。

その間隔は次第に狭くなっていき、音も弱まっていく。

ほとんど間隔が無くなり、音も聞こえなくなったころ、ある人物の声がなり響いた。


『まだやってたんですか。杉山くん』


杉山 と呼ばれた人物は声のした方を振り向いた。


「あぁ、キャプテンが。びっくりしたなや」


特徴のある方言。ぼへらーっとした顔は何を考えているのかわからない。やがて、杉山に話しかけた人物が近寄る。


「いつも熱心ですね。もう自主練は終わったんですか?」


そう言って眼鏡のズレを人指し指で押し上げる。


 このいかにも頭の良さそうな人物は、城清高校バスケット部の主将を務める近江隆志おうみたかし。城清のデータバスケの中心人物だ。杉山は近江に向かって言葉を返す。



「んです。さっきのでちょうど千本目が終わったどごろです。キャプテンは今から練習でもするんですか?」


「そうですねぇ…。先程、四回戦までの資料をまとめ終えて、少しだけ時間があったので軽く自主練をして帰ろうかなと思ったところです。」



杉山は、なるほど、と言って地面に転がったボールを拾いあげる。


「キャプテン。練習なら手づだおうが?」


「うーん…」


近江は少しの間だけ考えてから杉山に言った。


「じゃあ、少しだけお願いしましょうかね」


「うい」



そして練習が始まった。近江が杉山にパスを出してシュートを放つ。そしてその逆を繰り返す。


「キャプテンは相変わらずお手本みんたシュートだな」


「そうですかね?」


近江が恥ずかしそうな顔をした。


「僕らには特別に飛び抜けた身体能力を持った人はいないからね。ディフェンスで抑え、少ないチャンスを確実にものにしていく…」

 更に続けた。


「まぁ、今年はキミや大蔵がいる分、いつもの城清とは違いますけどね」


そう言って笑った。その言葉を聞いた杉山が申し訳無さそうに言う。


「いやぁ、自分なんかまだまだだべ。もっと精度を上げねば通用しねど思う」


そしてシュートを放った。ボールはリングを綺麗に通過した。


「そう言いながら決めるのもさすがです」


そして近江もシュートを放つ。彼も綺麗に決める。


「そっちもな」



二人の笑い声がなり響いた。


『なぁーにやってんだぁ?』

再び体育館の入り口から声が聞こえた。近江、杉山の二人は声のした方に目をやる。


相手も二人だった。一人はスキンヘッドに鋭い目付きをし、片手に持ったタオルで汗を拭いていた。もう一人は180センチとまではいかないがそれなりに背が高くておとなしそうな顔をしている。近江は近寄ってくる二人に向かって言った。


「石塚くんに佐藤くんですか。試合後オフというのにまたウェイトやってたのですね」


そう言って苦笑いをした。石塚は、ちょっと待て! と言ってから答える。


「コイツがウェイト手伝ってくれって言うからさ。ったく、この筋肉バカが」


筋肉バカと呼ばれた方はそれが嬉しかったのかシャツを脱ぎ初めて筋肉アピールをしはじめた。


「まぁまぁ、そう言うなよ」


ニッコリ笑いながら喋る。とても不気味な様子だった。



そんな佐藤を無視して、石塚は近江に向かって言った。


「そういやぁ、大蔵は? 近江のクラスだろ?」


「あぁ、彼なら…」


咳払いをしてから続きを語り始める。


「居残り…ではないでしょうか?」


その言葉に石塚は妙に納得した様子だった。



「アイツ、古典だけは苦手だもんな」


「ですね」


またまた苦笑いをする。大蔵とは以前純也たちがストリートバスケットの大会で戦ったことのある大型の選手だ。外国人とのハーフで運動神経が人並み以上に良かった。会話からもわかる通り古典が苦手なのだ。


「なぁ、次の相手についてどう思う? 今回で初のベスト8だったらしいが…」

近江は石塚からされた質問に、少しの間考えた。やがて語り出す。


「ここまで勝ち上がって来たというのも特に不思議ではないチームですね。なんせ有名な選手がいますから」


その言葉を聞いた石塚は、軽く眉間にシワを寄た。

「木ノ下薫か…。たしかにな」


中学からバスケットをしているもので彼の名を知らない者はいなかった。


「3試合の平均得点が27です」


「そ、それなら俺や大蔵の方が――」


石塚が慌てた様子で言い放ったが、そのセリフが終わる前に近江が続ける。


「ただし、スリーポイント『だけ』を見た場合ですけどね。平均で毎試合9本決めてます。合計得点は先程の数値の倍近いですよ」


「!!」


その言葉を聞いた三人はもはや言葉も出なかった。


「彼がシューターに転向したとは言え、まだまだ万能に仕事をこなしています。外もあるし、そうかと思えばドライブして中もある。まさにシューティングガードの理想形ですね」



近江の容赦の無い言葉が三人を襲った。


「それに永瀬選手も動きの早い素晴らしい選手です。外を無くした木ノ下選手と思っていても良いでしょう。この二人がチームを引っ張っています」


「珍しく弱気か?」


「弱気?」



石塚の言葉を聞いて近江の動きがピタリと止まった。メガネを再び指で押し上げる。


「あくまでも分析の結果です。うちには伝統のディフェンスがあります。それに…」


近江が次の言葉を言おうとした瞬間――。


バァン!



 勢いよく体育館の扉が開かれる。


「オーウッ! もうミナサン来てマシタかー!」


大蔵がやってきた。どうやら居残りが終わったようだ。


「アレ!? なんか暗いフンイキね! ドーしたんですかー!」


 近江が勢いに押されながらも答えた。


「い、いや…大丈夫ですよ。次の試合の打ち合わせをしていただけです」



「ソレならヨカタねー!」

そう言ってから大蔵はバッシュを履き始める。


石塚が近江の方を見た。


「さっきは何て言おうとしたんだ?」


「あ、あぁ、それに…」


一呼吸置いてから言った。


「そんな凄い選手たちにうちのディフェンスがどれだけ機能するか、楽しみではないですか」



その時、なぜかメガネが光ったような気がした。


「ふ、頼もしいやつだな」


石塚は笑いながら倉庫へボールを取りに歩き出した。


他の二人もそれに続いた。




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