No.92 成長する人間
ジャンプボールにより試合が始まる。最初にボールを手にしたのは佐川商業の加藤であった。
「くそ…、どきやがれっ!」
加藤が勢いでディフェンスをかわしていく。そして、レイアップシュートのモーションに入った。
「よし…」
その時、彼の手によって放たれたボールが何者かの手によりブロックされてしまった。
朱雀高校、木ノ下薫である。
彼はそのままドルブルでゴールへと向かっていった。加藤が必死についていくが、あっけなくかわされてしまう。そして、そのまま前を走っていた純也を見る。
「逆転のシュートだ。お前が決めてみろ!」
薫はそう呟くと、純也に向かって勢いよくパスをだした。純也はそのボールを軽々とキャッチする。
「まかせとけって」
そう言ってドリブルを開始し、ゴール付近までボールを運ぶ。そのままシュート体勢になった。
「させるか!」
浅井四郎が純也に抜かれ、カバーが松岡が入った。松岡に向かって純也が勢いよく向かっていく。それをみた亮が声をあげた。
「ア…アホ! さっきもそれでやられたじゃねぇかよ!」
(よし、来た。こいつにはジャンプシュートが無い! これでファール4つ目だ!)
松岡が自信満々で構えた。しかし純也はジャンプして体を90度にひねり、体勢を低くした。そしてボールを膝よりも更に下にして、そこからすくい上げるようにレイアップを放った。
体勢を崩した純也はそのまま地面へと倒れるが、ボールは綺麗な弧を描いてリングに向かっていく。そして…。
スパッ!
『ウォオオオオ』
そして純也が起き上がり、肩越しに松岡を見て言った。
「ワンパターンが何度も通じると思ってんじゃねぇよ」
そして、そのままディフェンスに戻った。残された松岡が悔しそうな顔をする。しかし、すぐに我に返り反撃を開始した。高橋にボールを渡し、そのまま敵コートへとボールを運んだ。パスをまわし、再び松岡にボールがまわった。そのままリングの方を向き、シュート体勢に入った。
「うぉおお!」
先ほどの仕返し、とばかりに気合のこもったシュートを放った。しかし、突然現れた手によりブロックされてしまった。ブロックをしたのは博司でも永瀬でもない。
またしても朱雀高校6番、石川純也であった。25センチも差のある松岡のボールを、まるで叩き割るかのように地面に叩きつけた。
第一ピリオドで確かに沈めたはずの選手が、次々に佐川商業の大黒柱、松岡の心をへし折っていく。
まだいける、と必死に繋ぎ止めていた『何か』を音をたてて容赦なく粉々にしていった。
(こんなはずでは…)
亮から純也にボールが渡される。そのボールを勢いよくゴールに向かってドリブルで運んだ。
(俺たちはもっといけるはずなのに…)
必死に松岡は走るが、今までのピリオドでフル活動だったため足が思うように動かなかった。そして純也は誰にもパスをするわけでもなく、再びシュートの体勢に入った。
(こんなはずじゃ…)
ダァァァンッ!
そんな松岡の気持ちなど一切お構い無しに、純也がダンクを決めた。派手なダンクで会場中から歓声が沸いた。
松岡はスリーポイントライン付近で、そのダンクを見つめていた。
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『桜西中の松岡敬吾です! 中学校でセンターをしてました! よろしくお願いします!』
随分と大きな新入部員を見て、バスケ部員たちからは驚きの声が上がった。照れくさかった。名門高校からまったく声がかかることが無い俺が唯一注目されること――。
当時の俺には身長くらいしかなかっただろう。高校1年で身長が180後半もあれば嫌でも目立つ。
この身長のおかげか、新チームになるとすぐに試合に使われた。高校のレベルのバスケにまったくついていける気がしない。
そんな俺だから、負け試合の責任もすべて俺に押し付けられた。いや、実際俺のせいだったことが多い。
そんなことがあるとすぐにやめたくなった。
――変わりたかった。
バスケがうまくなりたかった。
そんな時、監督が変わり、現在の監督になった。やがて監督と話す機会があり、思い切って聞いてみた。
『俺、強くなれますか?』
監督は何かを思い出すかのように俺に向かっていった。
『人間が成長するタイミングというのは本当に人それぞれでね。小学校で上手と呼ばれていた子が中学校で埋もれてしまう、なんて話はよくあるな』
『それは中学校、高校も同じ。大学に行ってから開花する人もいるよ。私はそんな人を沢山みてきた』
『じゃあ、俺は…』
そんなことならずっと埋もれてる人間もいたはずだ。そんな俺に監督は続けて言った。
『ただし、成長する人間っていうのは、どこかで諦めずに努力している人間なんだな。これだけは確実だ』
『君の質問に答えるとするなら…』
――強く『なれる』
答えは単純だった。名門に入れなかったのも、うまいプレーが出来ないのも、自分のどこかで、何かのせいにしていたのかもしれない。確実にうまくなるなんて保障されてる人間は滅多にいない。
その後、俺はひたすらバスケに打ち込んだ。プレーにひたすら磨きをかけた。うまくなるかなんてわからない。でも俺は練習を繰り返した。
そして、気がつけば県内でも目立つセンターになっていた。
成長できた。確実に成長できた。
やがて、1つ下に加藤、佐田という心強い味方が加わり、更に上を目指せるチームとなっていた。
チームも成長しているんだ。
簡単に負けるわけが無い。
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「うおおお!」
松岡が気合でシュートを決めた。そして叫ぶ。
「戻れ! まだ終わったわけじゃない!」
『おう!』
体に鞭を打つようにして走り回る。それを見た他のメンバーも必死についていく。
「っしゃぁ! そうでなきゃ面白くねぇぜ! かかってこいよ!」
純也がそう叫んだ。それを聞いた加藤も叫ぶ。
「上等だコラァ! 覚悟しやがれ!」
両チームの意地がぶつかり合っていた。