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No.88 勝利のために

 第一ピリオド終了後、朱雀高校ベンチでは、なんともいえない空気が漂っていた。

 

「くそがっ!」

 

 そう言って純也が、かかとで地面を蹴った。やがて、薫が集合をかけ、みんなに向かって語り始める。

 

「俺と亮と永瀬は気づいてるだろうが、全員知ってないと厳しいだろうから説明する。時間が無いから良く聞いて欲しい」

  

 薫が作戦版を取り出し、選手みんなに向かって見せる。

 

「わかってると思うが、佐川のディフェンスは3-2だ。前にいるオフェンスに常にプレッシャーをかける陣形だ。しかし、インサイドは手薄になる…はずなんだが」

 

 そう言って薫は向こうのベンチを軽く見た後に、再び朱雀の部員に顔を向ける

 

「松岡と新しく入った武田が問題だ」

 

 部員たちがうなずく。

 

「負担が増えると思うんだが、そのおかげでインサイドをしっかり守られてる」

 

 その言葉を聞いた3年の小田原は薫に向かっていった。

 

「でも、ゾーンって言うのは、スリーに弱いところが出てくるよね?」

 

「それが無理なんですよ」

 

 その言葉に亮が割って入った。部員たちの視線が寮に集中する。

 

「そのスリーを警戒してか、薫さんが90度のスリーポイントラインに立ったときだけ、ゾーンの陣形が変わってるんですよ。今度は2-3にね」

 

『えぇぇ!?』

 

 部員たちから驚きの声があがった。そして薫が亮の後に続いた。

 

「亮の言うとおりだ。今度は90度からの攻撃に強い2-3へと陣形が変わる」

 

 部員たちは不思議そうな顔で、薫の発する言葉を聞いていた。

 

「ここまで出来るのは、きっと松岡と武田のディフェンスをかなり信頼しているからだろうな。ポストプレーに関しては全滅させられている」

 

「ケッ…」

 

 純也が不機嫌な顔をする。第一ピリオドに関しては、おそらく1番足を引っ張ってしまったと思っているからだろう。

 

「そこでだ」

 

 今度は2年生の我利勉の方を振り向き、話しかけた。

 

「我利勉、純也と交代だ」

 

 その言葉を聞いて純也が黙っている訳が無かった。

 

「お前ふざけんなっ! 確かに第一クォーターは活躍できなかったかもしんねーけど、次こそは絶対にいけるっつーの!」

 

 更に薫の両肩を掴んで訴えかける。

 

「俺に得点を取れるだけ取れって言ってたじゃねぇか! このままだと腹の虫がおさまんねぇんだよ!」

 

 薫がしばらく何も言えなくなった。選手たちも静まり返る。

 

 やがて、薫がゆっくりと口を開く。

 

「10分で3ファール、得点ゼロ。 わかるか? お前はこの試合完全に抑えられている。 だがな、出番はきっとくる。まだ出番が早かっただけだ。 わかってくれ…」

 

 そして、薫がオフィシャルへと向かう。純也にすれ違い際に言った。

 

 

「勝つためだ…」

 

 ベンチが静まり返る。

 

 

――試合に出場している者は、それと同時にみんなの想いも背負っているのだから…。

 

 

――俺の一瞬の判断で選手の3年間を台無しにすることだってあるのだから。

 

 

――わからないのは本当にしょうがないことなんだ。でも、いつか絶対にわかる。 背負うときが来たら必ず…。 それを理解するにはまだ少し早かっただけなんだよ。

 

 

――ごめんな…。わかってくれ…。

 

 

――ごめんな。

  


 

 薫はあえてそのことは口には出さなかった。オフィシャルに向かう途中拳が強く握り締められていた。

 

 純也はその場で立ち尽くす。そして我利勉に向かって言った。

 

「頼むぜ…。絶対に負けんじゃねぇぞ!」

 

「わ、わかった!」

 

 純也も薫の目から少なからず何かを感じ取ったのだろう。その後はたまに地面をかかとで蹴ったりはするものの、部員たちが思っていたほど暴れもしなかった。おとなしく座った純也に向かって、久留美がタオルを差し出した。

 

「ほら、おつかれさん。 昨日は天狗になってたから、いい経験になったんじゃないの?」

 

「ちっ、くだらねぇ」

 

 その様子をみた久留美は、軽く微笑みながら純也に言った。

 

「薫さんは普段からジュンに期待しているのよ。 今日だって決して残念になんか思ってないわ。 さっき『出番はきっと来る』って言ってたじゃない」

 

 そして、軽いゲンコツのようなジェスチャーをし、笑いながら純也に言った。

 

「ここで落ちるなんてアンタらしくないわよ」

 

 そう言って、ベンチへと戻っていった。

 

 やがて審判からメンバーチェンジが告げられた。

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 第二ピリオドが始まった。朱雀高校は純也と我利勉を交代した。永瀬を純也のポジションへ、そして我利勉は薫のポジションと交代となった。

 

 薫は我利勉の近くまで行き、彼にしか聞こえない声でささやいた。

 

「俺がおとりになる。チャンスがあったらどんどん打て。 博司と勇希、そして俺がリバウンドに行く」

 

「わかりました!」

 

 我利勉は気合の入った返事をする。自分がどれだけ重要な役割なのか理解したからだろう。その時、朱雀高校ベンチから、人一倍大きな声援が聞こえた。

 

「亮! テメーヘボるんじゃねぇぞ! 我利勉は積極的にいけよな! 薫はもっと活躍しやがれ! 永瀬の兄ちゃんいつものドライブはどうしたよ!? 博司はもっと跳べ!」

 

 純也である。その声を聞いた亮がその場で言った。

 

「ち…、聞いてるこっちが恥ずかしくなる」

 

 それを聞いた薫は亮に言った。

 

「ハハハ、これはあいつなりのエールだろ」

 

 さらに永瀬も続いた。

 

「不器用なヤツだよな…」

 

 『ピィィィィ!』

 

 

 そして、第二ピリオド開始の笛が鳴り響いた。

 

 


 

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