No.86 ゾーン
――インターハイ予選二日目。
現在、朱雀高校対佐川商業の直前である。アップを終え、部員たちはベンチへと戻る。
そして、両チームからそれぞれメンバー表が渡される。
朱雀高校のスターティングメンバーは一回戦と同じ。そして佐川商業は…。
4番 松岡敬吾 C
5番 高橋竜 PG
8番 佐田満男 SG
10番 加藤良助 SF
15番 武田武 PF
相手ベンチのメンバーを見て、薫が驚いた。それを見た亮が周りに聞こえない声で薫に話しかけた。
「前と違いますね…。佐川のスタメン」
薫は不思議そうな顔で答える。
「ああ…。あの15番は始めてみるな。一回戦でも見なかった」
1番疑問を抱いていたのは純也であった。
「おいおい薫よぉ。6番いねぇじゃねぇか!誰にマークすりゃあいいんだよ?」
「そうだな…。新しく出てきた15番、同じ1年だそうだ。身長差はあるが、抑えてくれるか?」
その言葉を聞いた純也は胸に握りこぶしを当て、勢いよく答えた。
「ったりめぇだ! 俺には身長差なんて関係ねぇ! むしろ1年なんてザコじゃねぇのか?」
「よし、頼んだ。 身長が近い8番の佐田がいるんだが、ヤツは佐川の隠れエースと呼ばれているんだ。スリーを打たれたら厄介だと思う。彼には永瀬をあてる」
「了解した」
永瀬は軽く返事をした。純也が再び薫に言う。
「おいおい、そんな隠れエースこそ俺が抑えるべきじゃないのか?」
「まずはあの15番を抑えてみてくれ」
「はいはい、冗談ですよ~っと」
どうやら薫は純也の扱いかたがわかってきたらしい。純也に言葉を返した後、薫はメンバー全員に向かって言った。
「よし、そろそろ試合開始だ! 気合入れていくぞ!」
『オッス!』
薫の言葉に部員全員が返事をした。そして審判の合図と共に、両チームのメンバーがセンターサークルで向かい合った。お互いよく知っているメンバー同士の対決だ。
両チームから選ばれた選手がサークル内で向かうあう。
青朱雀高校、大山博司と、白に赤いラインのユニフォームの佐川商業キャプテン、松岡敬吾である。松岡は博司よりもわずかに身長が低いのだが、センターとしての技術が優れていて、県内でも3本の指に入ると言われている。
加藤は自分をマークした薫に向かって言った。
「久しぶりだな、薫さんよ。前回はウチの監督に丁寧にも伝言くれちゃってよ」
そして不気味な笑みを浮かべて続けた。
「今日は絶対に俺たちが勝つ」
その言葉に薫はいたって冷静に答えた。
「ああ、全力でこい」
「くっ…」
その冷静な薫を見て加藤が一瞬不機嫌な顔をする。
やがて、審判から上空に向かってボールが放たれる。
パシッ!
ジャンプボールは松岡に軍配が上がったようだ。ボールを受け取った高橋竜がボールを運ぶ。それに長谷川亮がついていく。そのまま加藤にパスがまわされた。
加藤をマークしているのは朱雀高校のキャプテン木ノ下薫。隙のないディフェンスで常に加藤にプレッシャーをかけ続ける。
「くっ…」
そしてハイポストに入った松岡にボールがまわされる。
キュッ!
そのままターンをして一気にディフェンスの博司を抜き去りシュートを決めた。
『ワァァァアア!』
佐川商業の観客席が盛り上がる。
「博司! もっと腰を落とせ!」
「ふぁい!」
薫が博司に向かって叫んだ。情けなく博司が返事をする。
長谷川亮にボールが渡り、相手コートまでボールを運んだ。その時、朱雀メンバー全員が驚いた。
「ゾーンだと…?」
長谷川亮はドリブルをしながらそう呟いた。てっきりマンツーマンで来ると思っていたからだ。敵の陣形は3-2。長身の松岡と新しく出場した15番の武田をゴールしたに置き、残りの高橋、佐田、加藤を前に配置したもの。常に前方のオフェンス側にプレシャーをかけることが出来て、スリーポイントに対応しやすい陣形である。おそらくこれは薫対策だろう。佐川商業の部員が不気味に笑う。
「ち…。ふざけやがって。俺らをいつまでもワンマンだと思ってナメてると痛てーめにあうぞ」
亮はそう言って永瀬にボールをまわす。3-2はインサイドが手薄になるからだ。永瀬はそのままカットインをしてゴールに向かっていく。まさにその時であった。不意に前方の真ん中で陣形を組んでいる佐田が少し後ろに下がり、永瀬にプレッシャーをかけた。
「ちっ…」
永瀬はそのまま強引にシュートへ持っていく。
バシッ!
そのシュートを見事に松岡がブロックしたのであった。
ルーズボールを高橋が拾い、前方に出ていた加藤にパスをだす。
「っしゃぁ! 速攻!」
そのままゴールへと向かっていく。そこへすかさず薫がついていった。
「くっ…どんだけ戻りが速ぇんだよ! バケモノが!」
薫のマークをかわしながら次第にゴールに近づいていく。そして一瞬ブレーキをかけた。
その一瞬のブレーキで隙を作りシュートを放つ。そのボールに薫の指先が少しだけ触れる。
パスッ!
無理な体勢から放たれた加藤のシュートは見事にリングに吸い込まれた。
『ウオォォォ』
『いいぞ加藤!!』
シュートを決めた加藤はそのままディフェンスへと戻る。そしてボールが亮へと渡される。
ボールをもらった亮は再びコートへとボールを運んだ。そしてドリブルをしながら考えた。
(なるほどな…。ウチをよく研究してやがる。ディフェンス力のある2人をゴール下に置き、インサイドが手薄になる陣形を克服したのか…。しかも博司はほとんどポストプレーが出来ない。決して朱雀をワンマンと見てたわけじゃないってことか…。だがな!)
「ゾーンはどこかに必ず空きが出来んだよ!」
そう言って、ゴール真横のコーナーのスリーポイントラインに立っていた薫にパスをだす。その時――。
キュキュキュ!
いつの間に薫付近までディフェンスが寄っていた。
「なるほどな…。そういうことか」
薫は何かを理解したように、素早く亮にボールをまわす。亮もどうやら異変に気づいたらしい。
「今度は2-3だと?」
今、一瞬ではあるが佐川の陣形が変化したのを見逃さなかった。
「これは少し厄介だな…」
亮はそう言って辺りを見渡した。