No.81 石川士郎 その3
――――――
――――
――
「行ってくるわ」
『気をつけて言ってらっしゃい』
次の日、俺は朝練に出るためにいち早く家を出る。いつものように数個のパンを持ち歩く。朝練の時は、パンを食いながら登校するのが癖になっていた。
「よう」
『あ、おはよう。今日は遅れなかったわね』
家から出るとすぐに久留美が立っていた。どうやらあっちも今出てきたところらしい。
「ねみー」
『まったく…』
そんな会話が続き、知らぬ間に昨日の公園へとたどり着いた。さすがにもういないよな。
『ワンワン!』
「お前、まだいやがったのか」
「あら、この子犬は?ずいぶんとジュンになついてるようだけど」
久留美が不思議そうに犬を見つめる。
「こいつは、一昨日に妹が家に拾ってきた犬だ。結局飼わないことにしたんだがな。お前もさっさと誰かに拾われろよなー」
「ワン!」
「フフ、なんだかこのコ、ジュンにソックリだわね」
「似てねぇよ!こんなマヌケ顔」
どいつもこいつも……。
『クゥーン』
犬は俺の足元に鼻をすり寄せる。
「ん? 腹が減ったのか?そういやぁ、絵梨佳のやつ、まだきてないもんな」
そういって俺は袋の中からパンを1つ取り出す。
「ほらよ。一個だけだぞ」
『ワンワン!』
犬は、そのパンを勢い良く食べ始める。
「あら、意外とやさしいとこあるじゃない」
「死なれたら後味わりーからだよ。ほら、いくぞ。薫にガミガミいわれちまう」
そして俺たちは朝練に向かった。
――――――
――――
――
「ちっ、今日も負けちまったぜ」
いつものように薫との一対一を終え、俺は自宅へと戻る。そして、例の公園にたどり着いたのだが……。
そこにはあの犬の姿は無かった。ダンボールの中は、今朝のパンを含め、何もなくなっていたのであった。
どことなく虚しさが感じられる。よかったなマヌケ顔。
いいやつに飼われればいいな。
そう思い、自宅へと歩を進めようとしたときだった。
『ワンワンワン!』
『ガルルルル』
『キャン!』
公園の木の陰から複数の犬の鳴き声が聞こえてきた。
俺は何かと思い、陰に目をやる。そこには2匹の犬に囲まれ、威嚇されているマヌケ顔の犬の姿があった。
他2匹はそれなりにデカイ。マヌケ顔が不利なのは目に見えていた。
突然、1匹の犬がマヌケ顔に襲いかかる。
『キャン!』
強烈なフックにより、マヌケ顔の体が吹っ飛んだ。
しかし、ヨロヨロと立ち上がり、2匹に向かって突進していく。
『ドン!』
鈍い音をたてて、相手が横に倒れた。それをみたもう1匹の犬が、マヌケ顔に再びフックした。
マヌケが倒れる。しかし、また立ち上がり相手を睨みつけ、吠える。その目はまだ死んでいない。
『ワン!』
かなり瀕死状態だった。2匹の犬がトドメをさしに襲いかかる。
「くぉらぁぁぁっ!」
『!?』
突然現れた俺を見て、2匹の犬は威嚇を開始する。
『ワンワンワン!』
「ほう、俺とやるってのか?」
そう言って俺は近くの木を力一杯殴った。
『ドォン!』
木が激しく音をたて、揺れたあと、木の葉がパラパラと落ちてきた。
「人間なめんじゃねぇぞ!このワンコロが!」
『キャン!』
情けない音をたてて、2匹の犬は逃げ去った。
俺は、マヌケ顔の近くに歩み寄る。かなりフラフラしているようだった。
「俺はお前のようなヤツは好きだ」
そして俺は、犬を抱きかかえ、自宅へと戻ったのであった。
―――――
――――
――
「ただいま」
『あ……』
玄関に入ると同時に、絵梨佳とバッタリあってしまった。俺が抱きかかえる、ボロボロの犬を見て、血相を変えた様子で叫んだ。
「ひどい!お兄ちゃん、そんなことする人だとは思わなかったのに!最低!ママ!」
そう叫ぶと、母さんを呼びにリビングへ行こうとする。
「まてまて、俺じゃねぇよ!」
「じゃあ、なんだっていうの?」
「野良犬に襲われてたのを助けてきたんだよ。その……」
ゴホン、と咳をいれる。
「俺んちで飼ってやろうかと思ってな」
しばらくの沈黙がながれる。
「え?狩って?」
「ちげぇよ!飼う、だ、飼う。なんで俺んちでトドメをささなきゃいけないんだよ」
その言葉を聞いた妹が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「お兄ちゃんありがとう!」
「そのかわり、家の中で飼うなよ。あと、名前を考えたんだが」
不思議そうな様子で妹がが俺を見る。
「士郎……なんてのはどうかな?」
「え〜、もっと可愛い名前がいいよ!お兄ちゃんの事だから、白いからって言う単純な理由なんでしょ?」
興奮する妹を押さえ、俺は続きを言った。
「実はそれもあるんだが、違うんだ。家に帰る途中に、名前を考えてブツブツ喋ってたんだよ。そしたら『士郎』って言葉に妙に反応したんだ」
妹は嘘つきを見るような目で俺を見た後、犬に話しかける。
「チャム!」
『…………』
「ポチ!」
『…………』
「クラウディア!」
『…………』
――クラウディア!?
「………士郎」
『ワンワンワン!』
「ほらみろ!」
「むー、もっと可愛いのがいい!」
騒がしく感じたのか、今度は母さんがやってくる。
「いったいどうしたっていうの?」
そして、俺が抱きかかえる犬を見る。
「ボロボロじゃない!どうしたのよ!?」
「いや、家で飼ってやろうかと思って」
またしばらくの沈黙がながれた。
「え?狩って?」
――お前らいっぺん死ぬか?
************
石川家に突然やって来た白い犬。
妹がたくさん名前を考えるも、失敗に終わり、結局名前は『士郎』に落ち着いたようです。
今では家族の中で一番、純也が可愛がっているとか、いないとか……――――。