No.80 石川士郎 その2
「じゃーな、悪く思うなよ」
俺は犬をもともと捨てられてあった公園のダンボールへと戻した。そこで、あることに気がつく。
「しかし、この公園は通学路の途中じゃねぇか」
人通りも多いし、これなら新しい飼い主も見つかるだろう。
「よし、帰るかな」
『ハァハァハァ』
何もわからない犬は、いつもと変わらぬ様子でその場を立ち去る俺たちの背中を見つめていたのであった。
――――――
――――
――
沈黙が続いていた。いつもはうるさいくらいにしゃべる絵梨佳が、今朝の朝ごはんで一言もしゃべらなかったのだ。絵梨佳から発せられる『しゃべったら気まずい』ムードが、部屋中に漂っていた。
さすがに、暗すぎると思い俺はどうでもいいような話題をふってみる。
「なぁ、絵梨佳。昨日の巨人が阪神に―――」
「ごちそうさまっ!」
――ガシャン!
テーブルを叩くようにして立ち上がった絵梨佳は、あらかじめ準備してあったカバンを持ち、すぐに学校へと向かったのだった。その様子を見て、母さんが困ったように言った。
「しょうがないわね。いろんなことを考える年頃なのよ」
そう言って、絵梨佳の残った朝食を片付ける。俺は、絵梨佳がここを立ち上がるときに、テーブルにあった1つのパンを持って言ったのを見逃さなかった。
「ったく…。腹が減ってるならゆっくり食ってきゃいいのに」
そして俺も学校に向かったのであった。
――――――
――――
――
「今日の朝練は間に合いそうもねぇなー」
昨日の夜、あんなことがあったおかげで、すっかり寝坊してしまった。すでに久留美も朝練に参加している頃かな。ストバスの大会といい、最近はさすがにサボリすぎたな。
そんなことを考えているうちに、昨日の公園にたどり着いた。俺は昨日のダンボールの中身を確認してみる。
「ゲッ」
そこにはまだ、昨日の犬がいたのであった。今度はスヤスヤと寝ているようだ。そしてあることに気がつく。
「あれ?そのパンは確か…」
まだ寝ているために食べていないのだろう。犬の隣には、真新しいパンが1つ置かれていた。そのパンは確かに見覚えがある。
「アイツ……」
俺はその場を後にした。
――――――
――――
――
「ふ〜、今日も疲れたな〜」
部活を終えた俺は家路へと急いだ。部活が終わったあとの、薫との居残り1 on 1 により、こんな時間にまでなってしまったのだ。今日も負けてしまった。何度やってもうまくいかない。
「ちくしょ〜!いつか絶対にぶっ倒してやるっつーの。」
久留美は先に帰ったから、弁当を返しに行かないとな。ま、家も隣だし問題ねえか。そこで、俺はあることを思い出す。今日の昼休み、居眠りのことで担任の野郎に呼び出され、ガミガミ説教の続くこと数十分。弁当のを食う時間さえなくなっていたことを…。弁当は何も手がついていない状態だったのだ。
「ヤバイ…。そう考えたら急に腹が…」
よし、途中の公園のベンチに座って食おうか。今なら誰もいないだろうし。
公園にたどり着いた俺は、弁当を広げ食べ始める。さすがは久留美、といったところか。何度食べてもおいしい。
『ハァハァハァ』
ふと、目の前に気配を感じたので目を移す。
「またお前かよ…」
そこには例の犬がいたのであった。まだ、こんなところにいやがったのか。まぁいい。俺には関係のないことだ。今は弁当を食べることにしよう。
モグモグ
『ハァハァハァ』
モグモグ……
『ハァハァハァ』
モグ……。
「あぁぁっ!一体ナンなんだよお前は!」
『クゥゥン』
前傾姿勢で座り、初めて弱弱しい声を出した。
「なんだ?腹でも減ってるのか?」
『クゥゥン』
朝からパン1個しか食べてないだろうからな。まぁ、今は俺も腹が減ってるんだ。
「残念だったな。しっしっし」
モグモグ
俺は食べるのを再開する。犬はマヌケ顔をしながら、ずっとこっちを見ていた。
モグモグ
「くそ!そんなに欲しいなら少しやるよ!」
そう言って俺は、ウィンナーを犬の前に置いた。
そのウィンナーを犬が食べ始める。
「お?うまいか?」
「ワン!」
「久留美の弁当はうまいぞ。お前にはもったいないくらいだ」
「ハァハァハァ」
もっとくれ、と言わんばかりに視線を合わせてくる。
「ほら、もう一個食え」
「ワン!」
再びウィンナーをたいらげた。
「人のものを食べてしまったらすみませんでした、だろ?ハァハァじゃねーっての。おかげで昨日はメシ食えなかったんだからな」
「ハァハァハァ」
「そうか、お前犬だから、言葉しゃべれねぇよな。とりあず返事しとけ」
「わん!」
「お、返事できるじゃねぇか」
「ハァハァハァ」
俺は、携帯で時間を確認する。この公園に来てからすでに30分が経過していた。
「おっといけねぇ。遅くなる前に久留美に弁当返しに行かないと」
そして俺は、犬に一言
「じゃーな。久留美に礼でも言っとけよ」
と、言ってその場を立ち去ったのであった。
『ハァハァハァ』
公園には犬の吐息の音だけが虚しく響いていた。