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No.77 バカ正直

『お兄ちゃん! バスケしよーよ』

 

 子供の頃の記憶が夢の中で鮮明によみがえるときがある。1つ下の弟と夜暗くなるまでバスケットをしていた。

 ただひたすらバスケをする夢。やがてその映像は小学校のミニバス、そして中学バスケに切り替わる。

 

『兄さん、俺にもできたよ!』

 

 いつからだろうか。弟のその言葉を聞くのがたまらなく嫌になったのは。俺が練習してできた技を弟はいつも簡単にやってのけた。

 

 

 いつからだろうか。弟と一緒にバスケットをするのがたまらなく嫌になったのは。

 

 

 いつからだろうか……。

 

 


『永瀬兄弟ってさ、弟のほうがすごいよな』

 

『同じポジションだからさらに差が目立つしなぁ』

 

『顔はかっこいいけどね、アハハ』

 

 やがてそんな会話が、聞こえてくるようになる。それでも俺は弟と同じポジションで居続けた。

 そして中学校最後の大会、PFのポジションの座を手に入れていたのは弟だった……。

 

『永瀬君弟にポジションとられたんだってー』

 

『あー、やっぱり?』

 

『弟すごいもんなー』

 

『アハハハハ』

 

 

------

 

----

 

--

 

「!?」

 

 俺はベットから勢いよく上半身を起こした。時計の針はまだ朝の5時をすこしすぎたあたりだった。朝練には少し早い時間だ。

 

「またあの夢か……」

 

 最近になってまたあの夢を見ることが多くなった気がする。白川の試合を見たあたりからだろうか。いったいどうしてしまったものか。

 もう眠れる気がしなかったので、俺はベットから起き上がり適当にTVをつける。

 

 このアパートに1人暮らしを始めてから3年になるが、起きたらTVをつけるのは習慣になっていた。ニュース番組にチャンネルをまわし、俺は朝食の準備をする。昨夜の食べ残しをレンジで温め口に運ぶ。


「俺はいったいなにしてんだろうなぁ……」

 

 高校に入学してバスケットなんてやる気すらなかった。それなのに毎日こうして早く起きて朝練習にまで参加している。本当にどうしたものか。

 

 なんとなく? 薫に誘われたから?

 

 自分がわからない。1人暮らしをしてまで実家を離れ、バスケットをする理由がわからなかった。何度かやめようと思ったのも事実だ。

 でも気がつくと、まだ続けている。弟も高校に入ってバスケを続けてるというのに……。バスケに未練はないはずなのに……。

 

 やがて朝食を食べ終わる。制服を着て、髪型を整えアパートを出た。まだ朝練には時間があった。でも家にいても嫌な考え事しか思い浮かばなかったので、早めに朝練に向かうことにしたのであった。

 朱雀高校は俺のアパートからはさほど遠くはない。歩いてもいける距離にあった。

 耳につけたイヤホンから音楽が聞こえる。1、2曲聞き終わったあたりで朱雀高校に到着していた。裏門から入り、体育館の扉をあける。

 

 

ドンドンドン

 

 

 こんな早い時間にもかかわらず、ドリブルの音が聞こえた。そしてその人物と目が合う。

 

「ん? 永瀬か。どうした?今日はずいぶんと早いんだな」

 

 俺はすこし呆れた様子で、一呼吸おいてから答えた。

 

「それはこっちのセリフさ。まったく……」

 

「たしかにそうだな」

 

 そう言って薫は笑った。しっかりしているようで意外と天然っぽいところがある。長いこと一緒に居たから「木ノ下薫」という人物のキャラは大体わかるようになっていた。学校入学当時は薫のキャラが本当につかめなかったものだ。

 

------

 

----

 

--

 

 

 

*******

 

 

 入学式が終わり、正門には帰りの新入生であふれかえる。永瀬勇希もその人ごみの中に混じっていた。新しい新生活に心を躍らせ、などど彼が思うはずも無く、これから始まるであろう平凡な生活を考えながら、新しく我が家となるアパートへと向かっていた。

 部活など入るはずもない。高校は普通に入学して普通に勉強して普通にテストをうけて普通に卒業する所だけだとおもっていた。

 

そんな永瀬が正門を出たとき、とある人物に声をかけられた。

 

「君、永瀬君じゃないかな?」

 

 永瀬はその方向を振り向く。見覚えのある人物に一瞬驚いたらしかった。永瀬は、その人物とは話すのは初めてだったが知っていた。県内で中学バスケをしていてこの人物を知らない人は、いなかったほどだ。

 

「永瀬だけど、何か用か?」

 

「やっぱり東中の永瀬君か。同じ高校だとはおどろいたよ。高校でもバスケやるのかい?」

 

「俺はそんなに有名ではなかったよ。それに、バスケは高校ではやらないんだ……。すまない」

 

「永瀬君のことは知ってたさ。君ほどのバスケセンスを持った人がやらないなんてもったいないぞ」

 

「俺がバスケセンス? 残念だが思ったことすらないな」

 

そう言って永瀬は歩き出す。

 

「明日から部活が始まるから見学にでもきてみないか?」

 

「考えとくよ」

 

 永瀬は振り向かないまま答えた。もちろん見に行く気などサラサラなかったからだ。

 

そして次の日、永瀬は体育館に向かっていた。あれほど嫌なバスケなのに。薫に言われたことが気になっていた。なぜか自分を知っていたのも気になる。

 

『君ほどのバスケセンスを持った人がやらないなんてもったい』

 

 お世辞かもしれない。みんなに言ってるかもしれない。バスケセンスなんてむしろ無いとまで思っていた。それは弟とのことで思い知らされていた。


  

 体育館ではさっそくバスケ部の練習が行われていた。朱雀高校といえば進学校で、とくに部活で目立ったところは無かった。それどころかバスケか弱小として知られていた。

 その中で薫の実力は飛びぬけていた。3年生相手でもまるで歯がたたない。いくらマークを増やしても、とめることすらできないでいた。

 

 いったん練習が一区切りして、薫は永瀬がいることに気がつく。

 

「お、きてくれたか。どうだい?これから試合形式の練習があるらしいけど、参加しないか?」

 

「いや、俺は……」

 

「いいからいいから」

 

 半強制的にゼッケンを着せられてしまった。キャプテンらしき人も、『薫の知り合いの元バスケ部』ということで納得してしまったようだ。すでに薫は、部活内で信頼を得始めているようだった。

 

 永瀬があたふたしている間にも試合が始まっていたようだった。薫がドリブルをする。そして急に永瀬にボールがまわった。

 永瀬は次々にくるディフェンスをかわし、シュートを決めた。永瀬もまた、このメンツでは抜きでていた。

 

プレーが続き永瀬はあることに気づく。

 

『初めて一緒にプレーするのに、違和感が無い』

 

 薫のアシストの力だろうが、永瀬は公式バスケでは今までに無い、そしてどこか懐かしい感覚がしていた。矛盾しているがそんな気持ちがしていた。

 薫はバスケットというものを楽しんでいる。そして周りもそれにつられて知らぬ間に楽しんでいた。


『いつからだろうか。バスケをするのがたまらなく嫌になったのは』

 

 

『いや、少なくとも今は嫌じゃない。』

 

 そんな力がこの薫という男にはあるのか?永瀬はとても混乱していた。あんなに嫌だったのに。ここでは『バスケット』ができる気がした。

 

試合が終わり、1年生チームは先輩チームに大差をつけて勝利していたのだった。薫が息を切らしている永瀬に歩み寄った。そして上体をあげた永瀬に一言。

 

 

『どうだ? バスケしないか?』

 

 

------

 

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--



******

 

 

「どうだ? バスケしないか?」

 

 薫がボールを持ち、こちらを見てそう言った。

 今の朝練での薫の一言が、入学当初の薫に重なって見えた。それがおかしくて俺は笑ってしまう。

 

「あっはっはっは」

 

「む? どうした?」

 

「あはは、いや…なんでもない」

 

 3年目になるけど根本的なところはかわってないよなぁ。

 

ただひたすら自分に正直で、


バスケットが好きで。

 

 

 あと少しで俺らも引退なんだな。

このバカにもう少しだけ付き合ってやるか。

 

 俺たちの朝練は続いた。

 


 


 


 


 




 


 

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