No.69 嵐の後に
ここはとある病院の一室。
朱雀高校のメンバー数名は純也のベットを囲むようにして立ち、木ノ下薫の話を深刻な様子で聞いていた。主将の木ノ下薫が語り始める。
「ストリートバスケの試合の次の日、例の関東大会予選が行われた。関東の代表を決める大会だな」
選手たちはうなずいていた。純也は何のことか正直わからなかったのだが、とりあえずうなずいていた。
「俺たち、朱雀高校は1、2回戦と順調に勝ち進んでいた。そして3回戦、県でNo、2といわれている黒沢高校と当たったんだ。実力的には今年のメンバーは白川と互角ともいわれている。そこで俺たちは…」
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『お願いします!』
両チームがコートの上で向き合う。青のユニフォーム「朱雀高校」対、深緑のユニフォーム「黒沢高校」の試合である。
1、2回戦と快進撃を続け、勢いに乗る朱雀ということもあって、バスケ関係者、観客席共にすごい人だかりができていた。
ジャンプボールが始まる。朱雀は永瀬勇希がセンターサークルへと立つ。対する黒沢高校は198センチの大型センター細川啓志である。
高校生らしくない髭を生やし、体格も共に高校生離れしていた。佐川商業の松岡敬吾、白川の御庭慶彦と並ぶ、県内三大センターの1人である。
ジャンプボールは当然のように細川が手にして、黒沢ボールのスタートとなった。
「もどれっ!」
木ノ下薫が突然叫ぶ。黒沢の184センチ名PGの進藤鉄也は目にも留まらぬような鋭いパスでスリーポイントライン付近に立っていたSG中野翼にパスをだす。そしてすぐさまシュートが放たれた。
パスッ!
綺麗にリングに吸い込まれる。なんと黒沢高校は開始3秒で3点をとっていたのだった。一瞬何がおこったのかわからなかった観客だったが、次第に歓声があがった。
木ノ下薫がサイドから長谷川亮にボールをだす。そこに黒沢がビッチリとマークした。
「フルコートマンツーだと!?スタミナ消費がこわくねぇのか」
亮がそうつぶやき驚く。亮をマークしているのはPG進藤鉄也である。身長差は20センチ以上のミスマッチがおきていた。他のポジションもそれぞれミスマッチがおきていた。
黒沢高校は県内1位の平均身長を誇るのである。
亮は得意のドリブルで進藤をかわそうとする。しかしなかなか振り切ることはできない。
「くっ」
「亮!こっちだ!」
薫が亮からパスを受け、ハーフまでボールを運ぶ。そしてポストに入った永瀬にパスを出した。そこに細川啓志がピッタリマークする。ここでも15センチほどの身長さがあった。永瀬はスピードで細川をかわしてシュートにいった。
バシィッ!
そこにブロックが放たれる。黒沢高校のキャプテン、PF安倍雅人であった。190センチと恵まれた体を持ちながら、リバウン、ブロック、何でもこなす選手である。そしてボールが進藤に渡され速攻で中野翼が決めたのであった。
再び朱雀ボールとなる。亮は今度こそは進藤をかわしてハーフまで運んだ。持ち前のキラーパスにより薫へとボールがまわる。そして、中へときりこみ身長差も関係なくゴールを決めた。
こうして、わずかながら反撃を試みる朱雀高校であったのだが、PFの吉原さんが、全国でも指折りの選手、安倍をおさえられるはずもなく、大量に得点されていった。
ふと、ドリブルしている亮に向かって進藤が周りに聞こえない声で言った。
「中学で名をはせたお前でもしょせんは中学生レベルということだな」
「なっ!?」
一瞬の隙をついて進藤がスティールを決め、速攻で得点した。
「俺が中学生レベルだと…。ふざけやがって!」
亮はドルブルで進藤を交わそうとするが、進藤のマークがきつくなかなか前に進めない。
「お前は黒沢にきてもレギュラーにはなれない。これでわかっただろ?」
「ふざけるなっ!」
そして、このような流れが続き前半戦は黒沢が圧倒的さを見せ付けて終えたのであった。
黒沢高校のベンチにもどった進藤鉄也は監督の隣にすわった。監督が鉄也に話しかける。
「なかなかいいペースだ。絶対にあのPGをのせるなよ。しかし、長谷川亮…、動きに無駄が多いな。ウチにさえくればもっと強くなっていたんだが」
その言葉に鉄也は一瞬表情を険しくし、監督に言った。
「父さん、あの選手は父さんが思ってるほどの選手じゃなかったよ。僕が証明したでしょ?黒沢は僕がいるから大丈夫さ」
「それはそうだが…。まぁ、いい後半戦は…」
黒沢の監督の話が続いた。今の話からもわかるように、進藤鉄也は黒沢高校の監督、進藤力也の息子である。彼はPGとして実業団で何年か活躍した後、母校である黒沢高校の監督になった名監督だ。
鉄也はなぜ父親が朱雀にいった亮をあんなにも押しているのかがわからなかった。それと同時に嫉妬にも近い感情を抱いていたのであった。
そして多量に点差をつけられての後半戦がはじまった。
「え……?」
「……」
後半戦がはじまり、朱雀高校のメンバーたちの表情が急に曇る。コートにでてきた相手選手の背番号がスターティングメンバーと全員違うからだ。そう、朱雀はレギュラーをみんな代えられて、控え選手を出されるという屈辱を味わうこととなった。
「いくぞ……」
木ノ下薫が言った。試合が再開し、薫のペースもあがっていく。
他の選手もなんとか薫に続こうと頑張るが、前半でつけられた差が響き、やがては試合終了のブザーが鳴り響いていた。
103対72という大差をつけられ、あげくの果てには屈辱的な目に会い、朱雀は3回戦で姿を消したのであった。これには大会関係者、観客共に驚きを隠せなかった。朱雀といえば薫が入学してのここ最近は県ベスト16の常連だったのだが、ここまで差があるとは思わなかったのであろう。
そして関東大会予選は白川第一高校が1位、黒沢高校が2位、城清高校が3位通過で幕を閉じたのであった。