No.62 信じるように
カズが石塚の『クセ』について語り始める。
「ヤツのクセは舌にある」
『したぁ〜?』
2人とも訳のわからなそうな反応だった。きっとコイツは何を言ってるのだろうか、と言わんばかりである。
「ああ、そうだ。この舌だな」
笑いながら舌をだす。
「石塚はまさに、移動する方向に舌が動いてるんだよ」
「えぇ!?」
当然のごとく、仰天する2人。
「いや、これが人の動きってのは意外と舌と連動してたりしてな。あのジョーダンも実践してたらしい」
さらに続ける。
「舌を移動する方向に動かすと、体もついていきやすいとされる。石塚は意識してか、してないのか、舌を移動させすぎてるあまりに、頬がふくらむんだ」
こう、プクっとな。と言いながらカズは口内から頬を舌でつつく。
「し、しかし……よく見つけたなぁ」
苦笑しながら優はそう言った。2人が驚くのも無理はないだろう。
「一度、じっくり見すぎてアッサリ抜かれてしまったがな」
冗談まじりにカズはそう言って笑った。
************
『後半戦を開始しますので、両者コートに集まってください』
「っしゃあ!いくか」
『おう』
純也の掛け声に2人が続く。
そして、試合がはじまった。純也たちの攻撃である。
ボールが何回かまわった後、優がスリーポイントを決める。
そしてすぐさま城清の攻撃。石塚が気合を入れてカズに突進するも、あっさりとカットされてしまった。
その後も石塚はカズばかりでなく、今までの猛攻が嘘のように残りの2人までにも止められはじめる。
「くっ! 杉山!」
「うい」
石塚から杉山にボールがまわり、シュートが放たれる。
本当に狙ってるのかも分からないようなシュートがリングに吸い込まれた。
城清はオフェンスの軸を変更してきたようだ。アッサリと潰れないところが、さすがは名門といったところである。
「くっ、やはり石塚を止めただけでは倒せるチームじゃないな……」
カズが純也にそう呟いた。それに純也がかえす。
「もはや作戦もクソもねぇな。点の取り合い、『戦争』だ!もはや俺らの土俵だぜ!」
その後はまさに点の取り合いだった。
純也、カズが決め、城清は杉山、大蔵が決める。スコアも瞬く間に加算されていく。
後半も残り3分をきっていた。
純也は周りを見渡してから中に切り込む。そのままパスする方向を見ずにカズにボールをまわした。
スパッ!
カズはそれをあっさり決めた。
城清の攻撃。大蔵が中に入りボールをもらう。そしてそのままシュートにいこうとしたのだが――。
バァン!
鈍い音と共に純也にブロックされてしまった。
そのままsky bombの攻撃になり、カズがアッサリ決めてしまった。
あっというまに城清ボールになる。大蔵が中に切り込むが、純也の気合いの入ったディフェンスにより、止められる。そして、
「隙ありぃ!」
純也がボールをカットしたのだが、ボールはそのまま転がってしまった。
「とらせるか!」
石塚が飛び込み、ボールを死守する。そして杉山にボールがまわる。
またまたボールが放たれた。余りにも『デタラメ』で『セイカク』なシュートは綺麗に決まった。
しかしまだ1点差で純也たちがリードしていた。純也が相手の勢いを沈めるべく、ダンクを狙った。
バシィィ!
「オーット!ソウ何回モ決めさせマセンヨー」
大蔵に叩きおとされた。ルーズボールを石塚がせいする。
「うおりぁ!」
石塚がカズにディフェンスされながらも気合いの一本を決めた。
試合に城清の逆転である。
『ワァァァ!』
まったくよめない試合展開。観客はどちらを応援するわけでもなく、ただこの試合に酔いしれていた。
残り15秒をきる
どうしても決めたいsky bomb――。
意地でも決めさせない城清――。
このワンプレーで試合が決まることは観客はもちろん、選手も確信していた。
カズが辺りを見渡しながら、ドリブルをする。石塚は下手にカットは狙わない。ただ『止めさえすればいい』からだ。しかも、相手は森村一樹。一見隙だらけに見えるドリブル自体が『フェイント』だったりする。
石塚の判断は正しかった。カズは相手が来ないと思うと、ドリブルで左方による。
純也が走りながらトップでボールをもらう。大蔵は純也がスリーポイント、またはミドルシュートがないと思い、ゴール下をかためた。
案の定、純也はゴールに向かってつっこんだ。
「とりゃぁ!」
「あ、バカッ!」
あまりにも想定外の動きにカズはおもわず声をあげていた。
さらに純也の予想外な動きは続いた。
ゴールに向かって加速したと思ったら、今度はフリースローライン付近でジャンプしたのだ。
「まさかっ!」
優は2つの意味で驚いた。1つは純也があの『エア・ウォーク(大空時間が長く、宙で歩いてるように)みえるダンクシュート』をくりだしたこと。
そしてもう1つは……。
「純也! お前それ一度も成功したことないだろ!」
――え?
観客たちはその言葉に唖然した。
試合時間は残り5秒をきっていた。
************
俺はフリースローラインで地面を蹴り、ジャンプする。
とにかく時間がなかった。
俺の体がリングに向かってとんでいく。
『純也! お前それ一度も成功したことないだろ!』
優の声が聞こえてきた。
――あぁ、まさにその通りだよ……。
――気付いてくれ……。
俺の体は勢いをなくしていく。
――たのむぜ、気付いてくれよ!
純也の体はさらにリングに向かって行った。
************
リング付近にて、純也は失速していた。
やはり、いくらなんでも無理がありすぎたのだろうか。
そして次の瞬間純也はノールックで見向きもしない方向に向かってボールを放りなげた。
まるで『誰かがいてくれる』と信じるように。
そして、なんと驚いたことにそこにはカズがいたのであった。
そして0度のポジションでパスを受け取ったカズからボールが放たれる。
……パスッ!
リングの縁に当たることなくボールは吸い込まれていた。
ビィィィ!
ほぼ同時にブザーが試合の終りを告げる。
一瞬の静寂の後大歓声が巻きおこった。
『ウワァァァ!』
『スッゲェ!』
耳が痛くなるような大歓声。
石塚が膝をガクリとさせ、地面を叩いた。
「くそう! チクショウ!なんで気付けなかったんだ!」
そんな石塚に純也がいった。
「俺だってあそこに誰かがいるなんてわからなかったぜ」
「まさか……今のは作戦でもなかったと言うのか!?」
純也は笑いながら答えた。
「あぁ。そのまさかだぜ。カズならいるかなと思ってさ。何年一緒にバスケやってきたと思ってんだよ」
「………」
石塚は信じられないような顔をしていたが、やがては落ち着き、
「次に会うのは関東大会、またはインターハイだな。覚悟しとけよ!」
「なんで俺が公式バスケやってること知ってんだ!?」
「城清の情報網をなめんじゃねぇよ」
笑いながらそういい放つと、城清メンバーは控室へと消えていった。
『よくやったぞ!』
『城清! 城清! 城清!』
その後もしばらくは、エールがなり響くことはなかった。
――――――
――――
――
sky bomb控室。純也がカズに言った。
「しかし、カズ。よく気付いたなぁ」
カズの凄さに改めて苦笑いをしながら。
「お前ならパスもあるかなと。それに、優の言葉を聞いて確信したんだ」
優はすこし考えた後答えた。
「ん?ああ、あの『一度も成功しなかっただろ』ってやつね」
「ああ。あの点差、あの時間で純也はつっこんだ。あまりにもバクチすぎる。しかも一度も成功しなかったときいたら、『もしかしたらな』と思ったんでな。パスする方向は『勘』だ」
『………』
白川のレベルの高さを知った2人だった。