No.53 黙ってられないね
「ふぅ〜、疲れた」
カズはそう言ってから溜め息をついた。
押しよせるファンも一段落したようであった。
控室には他のチームが沢山いるのだが、彼の所属する『sky bomb』の残りのメンバー二人はここにいない。優は押しよせるファンが落ち着いたところで、ジュースを買いに行ったらしい。
「純也のヤツ、おせぇな」
カズがそう言うのも無理はない。
いつの間に出ていったきり、なかなか帰ってこないのだ。
次の試合まで間に合うのか不安なのだろう。
カズが次の試合に向け、体を暖め始めたときだった。
『やあ、おつかれさん』
「ん?」
カズは突然声のした方を向く。
『こっちはあなたたちの高校を倒すために必死に練習しているというのに、アナタは随分と呑気なものですね。まぁアナタらしいと言えばアナタらしいか……』
その言葉を聞いたカズは軽く笑いながら答える。
「進藤か………お前こそ練習さぼってまでここにきてるじゃねぇかよ」
『おっと、人聞きの悪い。ちゃんと午前の練習にはでてましたよ。そこでアナタがここに出場してるという噂を小耳に挟んだもので
』
「午後からも練習があるならどっちにしろ同じだろ」
『はは、ごもっともで』
少しの間、笑っていた進藤だったが、急に真面目な顔になり話し始めた。
『今年の僕らは去年までとは違いますよ。チームの状態もかなりいい。ですから、今年は………』
今まで笑顔が印象的だった顔が、一瞬にして鋭い眼差しの顔付きになる。
『僕たちが必ず勝ちます!』
しばらく沈黙が続いた。そしてカズが答える。
「ああ、こっちもただじゃやられないさ」
そう言って右手を差し出す。
進藤はその手に自分の手をかさね、握手をした。もう先程の鋭い顔付きはどこかにいってしまったらしい。
『それでは、二階席から応援してますので』
進藤はそういいながらこの場を立ち去ろうとする。
「あ、ちょっと、オイッ」
それをカズは慌てた様子で呼び止めた。
「坊主頭で背が俺より少し低いくらいのヤツをみなかったか? 同じメンバーなんだ」
それを聞いた進藤は少しの間考えてから、なにか閃いたように言った。
『石川…………純也くんかい?』
「ん? なんで知ってんだ? まぁいいや。そうそう。ソイツだよ」
『彼ならさっきトイレであいましたよ。まさかアナタと同じチームだったとは』
「ああ、そうだ。ヤツはああ見えて結構やるぜ? 一対一だけなら五十嵐にも匹敵するだろうな」
最初は少し驚いた進藤だったが、冗談だと思ったらしい。笑いながら答えた。
『はっはっは、またまたご冗談を………。五十嵐とは1on1の実力なら木ノ下薫さん以上と言われている県内最強のフォワード、五十嵐拓磨〈いがらしたくま〉さんのことかな? 僕の聞き間違いだといいのですが』
カズは笑みを一つ見せずに答える。その顔はまさに真剣そのものであった。
「そう。その五十嵐拓磨だ。確かに、まだまだそれを言うには大袈裟かもしれないがな。だが、ヤツはもっと伸びるだろう、ヘタをすると………」
『………』
次の言葉を進藤は無言で待つ。
そして………
「俺たちもそうだが、お前ら、朱雀にやられるかもしれないぜ?」
何をいっているのか分からない、という状況の進藤であった。
『朱雀? 確に木ノ下薫さんは恐ろしい存在だ。だか、僕らが警戒するチームだとは思えないな。それとも何かい? アナタたちのチームがそれほど弱体化していると言うことかな?』
「これを本気ととらえるか、ウソととらえるかはお前次第だ」
その言葉を聞いた進藤は一瞬、真剣な顔付きになるが、
『キツイご冗談だ……』
と言ってこの場を去ってしまった。
――――――
――――
――
ふぅ、トイレも終わったし、控室に戻るかな。
俺は控室に向かった。
控室についたのはいいのだが、そこには優の姿はなくカズが体を温めながらまっていた。
「おう、純也。遅かったじゃねぇか!」
「いやぁ、変なクソガキに絡まれてよ」
「クソガキ? 進藤がか?」
「ん? なんで知ってんだよ。クソガキは進藤っていうヤツじゃなく、茶髪の高校生のヤツ。その喧嘩を止めにきたのが進藤ってやつ」
「はは、相変わらずだな」
カズはそう言って笑った。
「なんだ? カズは進藤ってヤツと知り合いか?」
「ん〜、まぁそんなところかな? 黒沢高校で一年の時からレギュラーやってるヤツだよ。去年一度戦ったときがあるからな」
「ヤツは強いのか?」
「ああ。そりゃあ黒沢高校だからな。その中でもアイツは上手い方だったと思う。今年の黒沢は間違いなく強いぜ」
「ふ〜ん………わりぃ、あんま興味ねぇわ」
「ははは、そうだな」
カズの笑い声がなり響いた。
――――――
――――
――
進藤は再び、黒沢高校に向かう。
先ほどまでは観戦すると言っていたのだが、
『あんなこと言われてだまってはいられないね』
カズの言葉が気になったらしい。急に行き先を変更し、練習に戻るところだ。
黒沢高校高校についた進藤は急いで体育館の扉を開ける。
『失礼します』
急に聞こえた大声に、練習中の部員が振り向く。
「ん? 進藤、お前………白川第一に偵察に行くとか言ってなかったか?」
そう進藤に話しかけたのは、黒沢高校キャプテンの安倍雅人〈あべまさと〉だった。
『いえ、急に気が変わったんで………』
「そうか………」
この日は夜遅くまで、部員たちの声がなり響いたのだった。