No.52 進藤鉄也
「いや〜、勝った勝った」
俺は満足げに言った。
「ああ、楽勝だったな」
優も同じ様子だった。
一回戦終了後の控室。
一回戦はまさしく『快勝』だった。
十分、十分の計二十分の試合なのだが、あまりにも楽勝なため全然疲れなかった。
相手びびってたし、この大会の手応えもバッチリだ。
そんな勝利の余韻に浸っているときだった。またもや俺の気分を害するヤツらが現れたのだった。
『きゃ〜! 優くん、お疲れ様です』
「う、うん」
『カズくん、お疲れ様! これ、ジュースです。もらってください!』
「あ、ああ」
来たぜ、追い掛けどもが! しっしっ! さっさと行きやがれ!
ドカッ!
「いてっ!」
突然、俺にぶつかってきたやつがいた。
『ちょっと〜! 邪魔よ! どいて、私は優くんに用があるんだから』
そう言って追い掛け野郎は優に向かっていった。
「……………」
トイレに行こうか………。
敗者?は去るのみ。
――――――
――――
――
「ちくしょう、あの追い掛けどもなんとかしてほしいぜ」
俺はトイレにて、用をたしながらそう呟く。毎回毎回あの追い掛けがくるたびに居場所がなくなる。
困ったものだな。
トイレを終え、控室に戻ろうとしたときだった。
ゴンッ!
またもや、俺にぶつかってきたヤツがいた。
念のために確認しておく。
『いってぇな! どこ見てんだよ!?』
「ああ!?」
よく見てみると、茶髪の高校生くらいのヤツだった。目付きが悪く、俺に向かってにらんできた。
当然俺もにらみかえす。
『どこみて歩いてんだよっつってんだ。殺すぞボケェ』
「ほぉ」
俺を殺すって?
その度胸は誉めてやろうか。
だがな、
「今の俺は優しくねぇぞこの野郎!!」
『上等だコラァ!』
お互い物凄いスピードで間合いをつめる。
まさに、互いの拳がぶつかりあおうとした瞬間、
『まあまあ』
突然俺たちの喧嘩を止めるように、どこからか声が聞こえた。
俺たちは喧嘩を中断し、その方向を見る。
そこには、いかにも人が良さそうな、ロン毛の男がいた。
伸長は優より少しデカイ。180センチはあるだろう。
笑顔が印象的で怒った顔が想像できないくらいだ。
『なんだてめぇ!? 死にてぇのか!』
茶髪の野郎は矛先をロン毛に変え、物凄い勢いでとびかかった。
『おっと』
ロン毛は特に慌てた様子もなく、向かってくる野郎をみていた。
そして、
ササッ!
――なっ、速えぇ!
あっという間に、相手の後ろにまわりこんでしまった。
『喧嘩は良くないな。いきなり殴りかかってくるとはどういうことだい?』
ロン毛は笑顔でそう言った。
それが挑発に聞こえたのか、男は再びロン毛に向かっていった。
『っのやろう!』
『はぁ、やれやれ……』
ロン毛はまた鮮やかに向かってくる男をかわし、足をかけた。
男は、自分の勢いを止めることができず、そのまま地面に激突する。
『いってぇ……』
『お互いにバスケットボールプレイヤーなんだから、仲良くしようじゃないか』
そう言って、ロン毛は右手を差し出し、倒れた男を起き上がらせようとする。
『ちっ……』
男はその行為を受け入れず、差し出された手を弾いた。
そして、この場を去るようにトイレから出ていってしまった。
俺とロン毛だけがこの場に残されたのだった。
ロン毛はこちらをみて、ニコッと笑いながら話しかけてきた。
『どうしたんだい? 喧嘩なんかして』
「別に喧嘩じゃねぇよ。あの野郎がからんできただけだ」
『そうかい? そうは見えなかったけど?』
またもや、笑顔をみせる。おめぇはそんなにニコニコするのが好きなのかよ。
「関係ねぇだろ」
『ふふ、そうだな。失礼した』
そう言ってロン毛は自分の右手を差し出してきた。このタイミングからにして、握手を求めているのだろう。
べつに拒否する理由もないので、お互いに握手をかわす。
『よろしく』
「ああ」
そして、男はハッと気付いたように言った。
『そういえば、自己紹介がまだだったね』
ん? 確かにな。まぁどうでもいいけど。
男はこちらの返事も聞かないうちに自己紹介をしはじめた。
『僕の名前は進藤鉄也〈しんどうてつや〉。黒沢高校二年生ガードだよ』
黒沢高校? どっかで聞いた名前だな。
とりあえず、俺も自己紹介することにした。
「俺は石川純也、朱雀高校一年だ。普段はフォワードをやっている。この大会はセンターってことになってるがな」
『へぇ、朱雀か。木ノ下薫さん率いる高校だね』
「いや、違う。石川純也率いる高校だ」
『はは、そうかい? でも薫さんって言ったら県を代表するような選手だからね』
はぁ、だめだな。ここにも亮みたく勘違いしてる野郎がいるぜ。
「お前もこの大会に出場してるのか?」
『いいや、僕はある選手を覗きにね。この大会に出場すると聞いたもので』
「ある選手?」
そんなに凄い選手が出場しているとは思えないが………。
『こっちの話さ。じゃあ、頑張ってくれよ。陰ながら応援してるからさ』
そして、お得意の笑顔をみせる。そして、そのままトイレから出ていってしまった。
「黒沢の進藤…………か」
動きをみただけで上手いとわかる。相手をかわすときに、無駄なタメがなかった。
一応覚えておいてやるぜ。