No.41 博司の事情
『博司リバウンドだぁ!!』
「ふ、ふわぁい!」
俺は突然叫んだ。それにあわせて博司が慌てて飛び跳ねる。
ドォン!
リバウンドに跳んだ奴らが激しくぶつかり合う。ゴール下では戦争が繰り広げられていた。
「あう……」
博司は情けない声をあげる。
ボールを手にしたのは博司ではなく、キャプテンの薫であった。
「こら博司! 何やってんだよ! もっと体張れよ!」
「じゅ…純也くん、ご、ごめん」
こうして今日も大会に向け、気合いの入った練習が繰り広げられているのだった。
――――――
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――
今日の部活は午前中で終わりだ。練習を終えた俺は今日も秘密特訓を行なうべく、博司を誘う。
「おい、博司! 今日も時間空いてるか?」
俺の言葉に気付いた博司は慌てた様子で言った。
「え? き、今日はちょっと……」
「今日は何だ? 予定でもあるのか?」
その質問に博司はほんの少しの間考えてから
「うん。今日は家の手伝いがあるんだ」
「へぇ〜、真面目だな。でも今まで手伝いなんてなかなか無かったろ? 急にどうしたんだ?」
また博司は考える。そして俺に言った。
「高校に入って家の人は仕事を手伝わなくていいって言ったんだけど、今回は特別でね……」
「特別?」
「うん。家のお母さんが転んで怪我をしたんだ。それで少しの間、仕事ができなくなってね。父さん一人に仕事を任せるわけにはいかないから手伝うんだ」
「大変なんだな」
――しょうがない。
「じゃあな博司、頑張れよ」
「うん。ありがとう」
そう言って博司はバッシュの紐をとき始めた。
まだ慣れていないのかぎこちない。
「なぁ博司、その仕事っていつ一段落するんだ?」
「え? 今日でとりあえず一段落だよ。あとはお母さんの怪我も治るから」
――ちっ、しょうがねぇな。
「よし、今日は博司の家に遊びに行ってやる」
「ええ!?」
その言葉を聞いた博司はかなり驚いた様子だった。
「でっ、でも……今日は仕事があるって――」
「安心しろ、俺も手伝ってやる」
「でも……」
「でもじゃねぇ! そのかわり手伝いが終わったらバスケの練習するからな」
「う、うん」
『へぇ〜、ジュンもいいとこあるじゃん』
突然と俺たちの会話に入ってきた奴がいた。
俺たちはその声の聞こえたほうを振り向く。そこには最近、髪型をツインテールにし、さらにガキっぽくなった久留美の姿があった。
「へっ、明日の練習試合までにシュート練習してぇだけだよ。博司がいるとボール拾いをしてくれて色々と便利だぜ」
「べっ、便利って……なんだか僕、ロボットみたい」
俺言葉を聞いた久留美はあきれた様子で言った。
「はぁ……練習熱心なことは結構だけど、しっかり明日の試合に備えて体を崩さないようにするのよ?」
「わかってるっつ〜の。明日はまかせろぃ! 得点王の俺様がいるかぎり負けることはないぜ! 一週間後の関東大会も優勝だ!」
そう、明日の日曜日は練習試合、そして来週の月曜日には関東大会が控えている。その大会がこの俺のデビュー戦となるだろう。実に楽しみだぜ!
「ま、ジュンが試合にでれるとは限らないけどね」
――くっ、水を差すようなことをいいやがって。可愛くねぇやつだな。
「それで、久留美は俺に何のようだ? わざわざ悪口を言いにきたのか!?」
「違うわよ! アンタと一緒にしないで!」
「じゃあ何だよ?」
「私も博司くんの仕事を手伝おうと思って……」
「はぁ?」
――――――
――――
――
と言うわけで俺たちは博司の家まで移動中。
「わぁ〜、僕んちに人が友達が来るなんて何年ぶりだろう?」
目の前には博司が踊るように歩いている。
その博司を俺と久留美が横に並んで後ろからついていく。
「ふんふんふ〜ん♪」
とうとう博司は音痴な鼻歌まで歌いはじめやがった。
「なぁ久留美」
俺は博司に聞こえないような声で久留美に話し掛ける。
「な、何よ?」
「アイツ、よっぽど友達がいねぇのか、相当喜んでるみてぇだぞ?」
「……そうね。博司くんがあんなに喜んでるの初めて見たもん」
『うんうん』
俺と久留美は同時にコクリ、コクリと納得した。
――――――
――――
――
博司の家は以外と遠く、40分くらい時間が掛かった。
「ただいま〜」
博司がそう言って家の扉をあける。家は古くもなく新しくも無い、普通の家だった。近くにはビニールハウスなどがある。
「さぁ、二人とも入ってよ」
『おじゃましま〜す』
博司の言葉通り、俺たちは家のなかに入った。
すると中から博司の母さんらしき人がでてきた。背は全然高くない。右腕は怪我をしているらしく、吊り下げられていた。
「あら〜どうも。博司のお友達?」
そう言って頭を下げる。とてもニッコリしていて優しそうな感じの人だ。体格は博司と全然似てないが、顔はやはりそっくりだ。
『どうも』
俺たちもつられて頭を下げる。
「いつも博司が迷惑かけてすまないねぇ」
「いえいえ、迷惑なんてとんでも無いです」
それに久留美が対応する。さすがにそれは礼儀だ。
「そうかい? うちの子は鈍いから心配でねぇ……友達もいないのかと心配で。アナタたちを見て安心したよ」
「いや、友達と言うよりは奴隷だけどな」
「コラ、ジュン!」
久留美が俺を睨み付ける。おいおい、冗談だって。そんなに怒るなよ。
博司の母さんはそんな俺の言葉に嫌な顔一つせずに俺たちに問い掛ける。
「アナタは随分と可愛い子だねぇ。何ていう名前なんだい?」
その言葉を聞いた久留美は自分の両手の手のひらを前に突き出し、あわてた様子で言った。
「か、可愛いなんて………わ、私は博司くんと同じ、バスケ部マネージャーの春風久留美です」
「マネージャーさんかい? うちの博司が迷惑かけるねぇ」
「だ、だから博司くんは良くやってますよ。頑張り屋さんです」
「頑張ってもヘタクソだけどな」
「コラ、ジュン!」
またまた久留美が俺を睨み付ける。
「冗談だって。わりぃわりぃ」
「冗談だって言っていいときと悪いときがあるでしょ? ほら、ジュンも自己紹介しなさい」
自己紹介! めんどくせぇな。
「わかったわかった、俺はバスケ部の――」
「石川純也君……だろ?」
「え?」
俺が名前が先に博司の母さんに言われてしまった。
「いつも博司から聞いているよ。もしかしたらこの子じゃないかと思ってさ」
聞いていてる? 何をなんだ? 悪いことか?
「か、母さん! 今日は仕事手伝うからゆっくりしてて!!」
博司が俺たちの会話を止めるようにして言った。いったい何なんだ? 博司の慌てた様子を見るかぎり怪しいぞ? いったい家で母さんに何を喋ってるんだ?
博司言葉を聞いた母さんは少し悩ましげな口調で喋る。
「いいって。もう怪我だってほとんど治りかけてるんだから。それに部活はいいのかい?」
「うん。今日の部活は午前で終わりなんだ。それに今日は友達も仕事を手伝ってくれるって言ってるし」
「そうです! 今日は私たちも手伝いますから、博司くんのお母さんはゆっくりしてください」
久留美の言葉を聞いた博司の母さんは少し考えてから言った。
「すまないねぇ。怪我さえしなければ良かったのに。歳はとりたく無いもんだねぇ」
「大丈夫ですよ。頑張りますから」
「そうだぞ博司の母さん。なんか美味いもんでも作って休んでてくれ」
「コラ! ジュン!」