No.153 もう1人の天才
「ちっ…出来ればこの試合が終わるまでに大人しくして欲しかったんだが…悪い予想が当たっちまったぜ」
黒沢高校の監督が亮の姿を見つめながら、そう呟いていた。
(間違いない。彼は間違いなく『見えている』。俺が現役時代の時のようにな)
(実は亮君をスカウトしようと思ったきっかけが、とある大会でのパスミスだったんだよな。俺は現役主義だからどんな状況でも自分と照らし合わせて試合を見てしまう癖があった)
(その時に『俺ならこのタイミングでパスを出すな』と思っていたら見事に亮君とシンクロしちまったんだよな。そして詳しく調べているうちに、是非ともウチに欲しい選手だってことに気がついたんだ)
力也の息子、鉄也もその違和感を感じ取っていた。しかし、亮から逃げることは彼のプライドが許さなかった。
ダンダン…キュキュ!
今までとは何か違う。鉄矢は全て先を読まれている錯覚になった。その証拠に進行ルートをバッチリ抑えられたうえに、自信に満ちた表情を見せていた。
(それが…むかつくんだよ!)
鉄也は亮をかわそうとするが、なかなか抜き去ることが出来なかった。
「鉄也!他の選手を使え!」
キャプテンの阿部が叫ぶ。しかし彼は言うことを聞かなかった。無理やり距離を詰めたと思ったら、強引にシュートを放つ。
パスッ!
何とかシュートを決めることが出来た。しかし亮の表情は変わらなかった。それを見た鉄矢には再び怒りがこみ上げてくる。
(負け惜しみか!?なんで笑ってんだよ!)
亮がすぐさまボールを拾い、オフェンスを始める。
(鉄也、お前は間違いなく天才だよ。俺の息子だからな。調子に乗られるとマズイと思って最近は褒めることもなくなってきたがな)
鉄也は父親に褒めてもらいたいために亮をライバル視していたのだが、実は力也が褒めなかったのは父親の愛情でもあった。しかし、皮肉にもその愛情が今、マイナスの方向に働こうとしていた。
(あの場面、鉄矢は自分の技術で点を取りにいったが、亮君なら抜け道を探してアシストしただろう。点を取れるポイントガードが悪いわけじゃない。近年、スコアラーのポイントガードも評価され始めてるしな)
力也はオフェンスに転じた亮の動きを見ながら考え事をしていた。
(ただな、純粋なポイントガードってのは、なかなか馬鹿に出来ない。アシストを成功させるための外のシュート、セーフティ、スティールを狙える判断力、試合の『流れ』を意図的に操作する判断力。コート上のコーチとは上手く言ったもんだ。自分が裏方に徹していてもチームとしてはプラスになるから、今だにその役割が残り続けているんだ。不必要なものならとっくの昔に無くなってるさ)
亮が微妙な距離でドリブルをして、それに鉄也がディフェンスをする。
(こいよ…ドリブルで距離を詰めてきたら恥をかかせてやるさ)
突然、亮がその場でジャンプした。
(何!?)
一瞬ドリブルに備えて重心を移してしまったために、哲也の反応が、亮のスリーポイントシュートに対応できていなかった。そして…
スパッ!
「戻れ!」
シュートを決めた亮は冷静にそう叫んでいた。黒沢の速攻を防ぐと、すぐに陣形を整えて守りの布陣を作る。
(鉄也の場合は細川からアシストを受けて点を取っていくタイプのガード。遼君は外のシュートを警戒させつつ、敵の布陣を広げ、他の選手たちが活動しやすいゲームを作る選手だ。断然こちらの方が下がっている分セーフティをかけやすいしな。ディフェンス力が違ってくる)
ドリブルを開始した鉄也に再び亮がマッチアップをする。
「!?」
亮は抜かれた後のことを考えずに鉄也にプレッシャーを掛けていた。
「バカにしているのか?」
鉄也の問いに対して亮が答える。
「いや、きっとアナタのことでしょうから、スリーポイントでやり返して来ると思ってね」
「貴様!」
一気に亮を抜き去ろうとしていた鉄也だったが、その時にはすでに距離を取られていた。
(コイツ…全ての動きを先読みしているとでも言うのか?)
鉄也が何かアクションを起こそうとすると、既に亮が先にいる。確実に選択肢を潰しに来ているのが分かった。
(俺だって…俺だってえええ!)
鉄也が強引にスリーポイントを放った。亮の指先が少し触れていたが、お構いなしにボールはゴールの方向へと飛んで行った。
スパッ!
見事に鉄也のボールがリングに突き刺さった。何をやらせても一流、天才と呼ばれる所以である。
これで鉄也が二連続で得点したことになる。会場中が点取り合戦を見て沸いていた。ただ1人、監督の力也を除いては。
(鉄也…お前は俺の息子だ。しかし、同じ血が流れてはいるが、『純粋なポイントガード』として血は流れていない。亮君と同じ土俵で張り合うな。お前はお前のスタイルで戦えばいいんだ)
結局、黒沢高校も執念を見せ、7点差をキープし続ける。しかし、点の取り方に差があることを会場の人々は次々に気づき始めていた。
あっさりと得点していく朱雀と、個人プレーで何とか引き離されずに戦っている黒沢高校。
試合はまだまだ分からない。そして第3クォーターの終わりを告げるブザーが鳴り響いたのであった。